2.入学はガキ大将と共に
「あなたは、誰?」
誰、か。
僕はどこの誰でもなくて、それでいて誰でもいい。
僕がどこの誰であれ、こいつらにはどうでもいいし、僕もこいつらはどうでもいい。
なんでもいいのに、そんなところに今を見出す理由があるのか?
「それ、本当に言った方がいいもの?問題ないよね?」
「問題大アリよ。これから過ごしていくクラスメイトなのにあなたは偽名を使った。何か………
隠したいことがあるんじゃない?」
おっと、やぶへび、やぶへび。
ここで色々とバレるわけにはいかない。
これ以上の質疑応答を繰り返すと真実に辿り着かれてしまう。
ここらで僕は退散するとしようかなぁ…。
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「私は、あなたの嘘の理由について知りたいの。初めて出会い、これから行動を一緒にする人に嘘をつけば、いずれバレるはず」
「……………」
「なぜ、嘘の名前を使ったの?」
「……………………………………」
………おかしい。
今さっきまでの彼ならば、飄々と全てを流すように嘘をつくはずなのに、たった今、別人に変わったような雰囲気になった。
きっと、彼の変化に気づいてる人は少ないだろう。
それくらい、この変化は、すごい微々たるものでしかないけど、確かに変わっている。
「あなたは、本当にだ……」
「いやぁ、ごめんね?僕、無意識のうちに嘘をつく習性があったのかもしれないネ。嘘をついたことは本当に反省しているよ!」
「………」
「まぁ、そんなのあり得るかって思うけど、実際起きてるわけだからねぇ。みんなもごめんね!朝っぱらからこんな騒がしくしてさ!」
彼はそのまま席についた。
あからさまな変化に戸惑う人、安心して席に戻る人、絶対にまだ何かあると身構える人。
それぞれ行動に移っていたが、何かが変わることはなかった。
「そう言えば!」
ただ、彼は私に一言。
「僕の本名は神咲 帝だよ。よろしくね?未来?」
これが、私………
宇賀田 未来と神咲 帝の出会いだった。
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「ねぇ、あなた」
「??、どうしたんだい?菜々。そんな怖い顔して」
菜々。
今、彼は私をそう呼んだ。
さっきは私を『菜々ちゃん』と呼んでいた。
つまり、さっきの彼と今の彼は、違うと言うことだ。
たぶんだけど、今の彼の思考の中はかなり複雑だろう。
「あなた、私に嘘をついたの?」
「あぁ、それはごめん。僕も君を貶めようと意図的にやったわけじゃないんだ。気づいたらってやつ。理解してもらえないかもしれないけどね」
「じゃあ、私に教えたものは全部嘘だったの?」
「それはわからない。君との会話も、ついた嘘も、今ではそこまで明確に思い出せないんだ。難儀な体質だよ」
「ふぅーん。じゃあ、【特技】を教えて?」
「それは………………ごめん。言いたくない」
「へぇ、じゃあ、少なくとも一つは嘘をついていたみたいね」
「!?そうなのか!?僕は自分の【特技】を言ってた!?!?」
「えぇ、言ってたわ。はっきりと」
「マジかぁ〜………」
そこまで言いたくなかった【特技】だったのか?
まぁ、この様子なら、さっきまでの会話は嘘で、今はそこまで嘘を喋っている感じではなさそうだ。
「まぁ今はいいわ、これから気を付けてくれればいいし」
「まぁ、できればの話ね?」
「………」
「そこは『わかった』って言って欲しい。って顔してるよ」
「うるさい」
「はーい、担任の先生が来ましたよー?一回自分の席に座ってくださーい!」
ちょこんとした先生が教室に入ってきた。
これから僕らは引率されて体育館へ行き、入学式をする工程だ。
問題なければいいのだがね……。
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「寝たなぁ…………」
入学式の校長先生の長ったらしい話が終わり、教室に戻ってきた。
次の工程は、クラス別で行う自己紹介だ。
そう、コミュ障にとっての地獄である。
俺の席は右から2番目の列、最後尾の席だ。
つまり、かなり早いほうと言える。
なんせ出席番号12番。
「はーい!私、宇賀田 未来。15歳!趣味は他人のアカウント特定することでー☆ーす!特技は人を可愛く撮ることでぇ、戦闘の方の【特技】はぁ〜……内緒☆」
宇賀田さんの自己紹介が終わった。
出席番号順だからもうすぐだよなー。
と思っていたら僕の番になっていた。
「えーと、先ほどはお騒がせしてすみません。神咲 帝です。趣味は読書。特技はテストの平均点を狙って取れる。戦闘の方の【特技】は、なるべく言いたくないです」
宇賀田さんの自己紹介を真似して同じ項目を言ってしまった。
というか、なんかざわざわしてる…!
もしや、宇賀田さんのパクったこと、バレた!?
「え、さっき未来さんと揉めてた人だよね?」
「平均点狙って取れるってすごくね?どんな特殊訓練してんだよ…」
「【特技】って言わなくていいのか…いいこと聞いたな」
………う〜ん。
なんか僕のおかげで話が弾んでくれるのはいいことだけど、僕の自己紹介の内容について全く触れられていないのは悲しいな。
てかうわ、気づいたら右からも左からも視線を感じる………。
気まずいなぁ…。
僕本当にちょっと無意識に嘘ついただけなのに……。
多分二人ともまだ根に持ってるしなぁ……。
そんな怒らせるようなこと、僕したのかなぁ……。
考え込んでいると、僕の次の男子が自己紹介を始めた。
「うぇ〜い、俺は黒田、黒田純也どぅえ〜す。彼女いませ〜ん、未来ちゃんみたいな人募集中〜、特技は両利きで、普通に書くのと同じスピードで鏡文字が書けること。戦闘の【特技】の方は【必勝の運否天賦】です」
なるほど、【必勝の運否天賦】……。
それって、運勝負では絶対に負けないってことだよね?
最高では?
未来の名前が出て思わず聞いちゃってたけど、この人のやつは聞いておいて正解だな。
出席番号順であれば一番近い男子は彼だ。
仲良くすることも視野に入れよう。
そして、逆原の番になった。
ちらっとこっちを見て、何かを言おうと逡巡し、やめた。
普通に立ち、自分の自己紹介を始めた。
「逆原 菜々。【特技】は【焦土】。よろしく」
「うわっ、あの人めっちゃ美人じゃない?」
「逆原……?珍しい苗字してるんだな?」
「ア"ッ…しゅき………」
「お前がその言い方してもキモいだけだからやめろ」
淡白な自己紹介だが、見た目によって話題が出てきていた。
正直、かなり容姿について言われるのはコンプレックスだと思うのだが……。
『私、ああやって自分の体で色々言われるの嫌なの』
『あ、やっぱり?』
ヒソヒソと言ってきたが、ビンゴだったようだ。
『だから、あなたの私との接し方、すごく落ち着けたの。ありがとね』
あぁ、なんか友達できなさそうなオーラ纏ってるなと思ったけど、そんな感じだったのね。
てか、待って。
僕、早々にみんなから殺意の目を向けられている……!?
やだやだ!もうこんなやつとは縁切るもん!(この学校初の友達としてこれからも仲良くやっていきましょうの意)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
自己紹介も続々と終わり、終盤に差し掛かったところに、事件(仮)は起きた。
「あぁ、次俺か。ワッリィ寝てたwwww」
なんか、菜々が好きじゃなさそうなやつが出てきたな。
金髪の角刈りに、金のリングのピアス。
うん、陽キャも陽キャ。
しかも、クソの部類に入るクソ陽キャ。
つまり、僕の苦手な部類の人間。
面倒ごとを起こす第一人者だ。
「は〜い、俺は山岸 春太。中学で喧嘩で負けたことがねぇから全員俺に逆らうんじゃねぇぞ。【特技】は《スーパーエネルギー》。さっきの『菜々』ってやつ、俺の好みだから後で俺と一緒に帰るぞ。俺の部屋来いよな」
………わーお。
ここまで強烈な自己紹介始めてだよ。
告白というか、自己紹介で誘ってるし。
あと、自分の喧嘩自慢するとかただの痛いやつにしか見えねぇ。
あーあーあー。
菜々のことをもはや彼女扱いするからみんなからの殺意の目線が僕よりも集まってやがる。
と言っても、これからはこのクラスのメンバーでやっていかなければならないのか。
約一名、『未来』という不仲が存在するし。
もう約一名、『山岸』とかいうヤバいやつがいるけど。
もう学校生活は始まってしまった。
三年間。
僕は生き残ることができるのか?
「最後に先生が自己紹介しまーす!あ、先生、子供じゃないからね!?背が小さいからって間違えないように!!」
あ、思っていたことを言われてしまった。
反省反省。
今喋っているのは担任の先生。
ちょっと背伸びをしなければ教卓から顔の全体が見えないくらいの身長だった。
腰あたりまであるブロンズの髪も相まって、普通に美人な先生だ。
「はい、先生は福島 叶恵と言います!担任は三年間同じなので、これから三年間お願いします!!」
「「「「「「「「「お願いしまーす」」」」」」」」」
「こえがちいさ〜い!」
「「「「「「「「「「……………」」」」」」」」」」
「はわっ、もしかして先生、うざかったですか!?わわわっ。し、失敗じだぁ〜!!調子乗っちゃったぁ〜〜……」
今、この教室の生徒ほとんどが同じ意見に達しただろう。
((((((((((((この先生、かわいいな!!!))))))))))))
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
教科書も配られ、授業などのガイダンスがあり、各教科ごとで話も受け、明日から授業かと思いきや、明日は【特技】を使った体力測定らしい。
その他もろもろの説明が終わり、そして、問題の放課後。
「どうしよう、私、行った方がいいのかな……?あの、山岸君のところ……」
そう、これ。
お互い、この高校唯一の友達として、これからのことを相談しようとしていたのだ。
だが、一方的な帰る約束だ。
これは、別に断ってもいいんじゃないだろうか。
それに、あいつの部屋に行ったら菜々がレ◯プされたりしそうだな。
うん、ここは思ったことをストレートに言った方がいい。
「別に、あいつは喧嘩で負けたことがないって言ってたけど、所詮僕よりは弱いから、別に断ってもいいと思うよ?」
「そ、そうかな…でも…………。」
そうこうしている間に、山岸が近づいてきた。
「おい、お前。なに俺の許可なく女に近付いてんだ。離れろ」
僕は手首を掴まれて軽く投げられた。
綺麗に並んだ机の列に突っ込んで爆音を立てて注目が集まると。
て、照れるのでこっちみないでくださぁ〜い……。
「おい、行くぞ」
そして菜々の手首を掴んで強引に連れて行こうとする。
だが、軽く投げられただけで止まる俺ではない。
「僕だって大事な話し合いの途中なんだから邪魔しないでくれる?」
素早く立ち上がり、菜々を連れて離れようとする山岸の肩をつかんで引き止める。
「あぁ?おい言ったよな?逆らうんじゃねぇってよぉ?」
「あ、そんなこと言ってたのか。ごめんごめん。君の発する言葉全てに面白みがなくて多分寝てたみたいだ。それも、寝たことすら自覚できないほどの快眠で」
「お前、死にたいのか?」
「まぁまぁ、ここ教室だよ?ここで暴れたら何が起きるかわからない………」
「別にいいだ、ろッ!」
右脚で地面に水平な角度で蹴りを入れようとしてくる。
それを、僕は右手で受け止める。
「性欲サルじゃねえんだから一日ぐらい大丈夫だろ?僕と勝負しようぜ?明日。【特技】含む体力テストの後、自由時間の【特技】使用の練習の時間。タイマンしようか」
「へぇ、でも、今日じゃないと気が変わっちまいそうなんだ」
「なんだ?明日僕に勝てる自信がないから今日楽しんでおきたいってことか?正直じゃないか」
「…………チッ、いいぜ。その挑発、乗ってやろうじゃねぇか」
ここに、明日の体力テスト後の、
山岸 春田 VS 神咲 帝
の戦いが、約束された。
「覚悟しろ。命乞いのセリフでも考えておくんだな」
「それ、言ってて恥ずかしくならないの?負けた時哀れになるの君だよ?」
うらめもっ!
「わ、私の担当するクラスの雰囲気が剣呑………はわわわわわ……………私、何かやらかしちゃったんですかぁ…?」