25.執事は去り際に
『おいおい、こんな簡単に体取られちまうなんてなぁ。もうちょい対策取った方が良かったんじゃないか?』
『うぅん…………。光榴か。アイツを押し退けてお前が出てくれれば問題にはならなかったぞ』
白く光り輝く光景が続く中、全く同じ容姿、声、背格好の男2人組が話し合っていた。
『俺が?井狩を?ハハハッ!無理無理!義手使ってならまだしも、この意識世界は己の身と精神力が全てだ。勝てるわけがなかろう』
彼………上代 光榴が言ったように、この男2人がいるのは、神咲 帝の意識世界だ。
この世界は、ずっと神咲 帝の心の中にあったものだ。
ただ、ここにいるはずの男…………加闘 井狩がいない。
加闘 井狩は、元々ここで眠っているはずだったのだが、神咲 帝の意識が『沈んで』しまったことで目覚めてしまったのだ。
それもこれも、春太を抜け出して僕に追いついてしまった国満のせいだ。
『にしても、もうバレたね。僕もバレないように頑張ったんだよ?』
『やっぱり、【特技】対策が必要だったなぁ。でも、お前の嘘は速攻で未来にバレてたから時間の問題だったけどな』
人格の変更によって周囲の態度が変わるのを恐れた僕は、光榴と協力して、嘘をつきながら、交代でこの体を使っていた。
交代で使わなければ、自身が変わろうと思ってないタイミングで強制的に交代しなければいけない時がたまにあるからだ。
仮にそうなって、井狩にでも交代させられたら僕はもう終わりだ。
平穏のため、いつでも出動できる状態にはしておいたが、井狩は3年間使わない予定だったんだ。
第三番席殿にも逐一『彼の調子はどうか』と書かれていたが、いつかこうなる状況を見越していたのだろうか。
いや、今はそれどころじゃない。
こっちの世界で目を覚ましてしまったからには、井狩を引き摺り下ろさなければならない。
『んじゃあ、僕はアイツから体を取り返してくるよ』
『ガンバ〜。僕はこれからもお前の体にお邪魔した方がいいんだろ?』
『その通りだ。でも、嘘を見破られることはないようにな?』
光榴と別れて、意識世界のどこかで本体を操っている井狩の元へと向かう。
(この景色の中、あの野郎が本体を動かす前に、行きそうな場所は……)
意識世界といっても、何故か普通の地球と同じくらいの大きさがある。
特に変わり映えはないから、場所が変わっても真っ白な風景だし、こんな広くする必要があるのかと思うが、彼を探す分には見つけやすくて助かっている。
思い当たる場所へ行くと、本体を動かしているはずの井狩がいた。
『お前、今出てるんじゃなかったのか?』
『残念ながら、あのクソ野郎どもにしてやられたよ』
『そっか……………。僕の友達は、どうだった?』
『……………あの3人、執事と坊ちゃんとヤンキー。あいつらとは縁を切れ。黒田 純也は大切にしろ。それだけだ』
『そっか』
静かな時間が過ぎていく。
井狩は身勝手で怒りっぽいし、何に対しても理不尽な難癖つけて詰め寄ってくる。
光榴も似たようなものだ。
口を開けば嘘ばかり、本当のことを話す時と嘘を話す時の違いが全くないから見分けることも難しい。
井狩は化け物じみた筋力を持ってるし、光榴は未来以外が相手なら容易に騙せる悪知恵を持ってる。
俺は………そこまで突出してしてるわけじゃない。
国満と夏樹の気持ちなら、少しはわかる。
【洗脳の加護】と井狩の浮上の中微かに聞こえてきた話には、共感できるものが多い。
だけど、決定的に違うのは………。
「僕はもう、起きるよ」
『そうか。お前のことだからどうせ、謝罪から入るんだろう?』
「何か悪いか?」
『…………そういうことは、別に他の奴に押し付けたって、悪いわけじゃないんだぜ』
「自分がやったことなんだから、自分で謝意を示さなきゃ」
『違ぇ。俺が言いたいのは…………』
「なんだよ」
『一緒に謝ってくれるような友達を大切にしろ、ってことだ』
「…………丸くなりやがって。保護者ヅラかよ、クソが」
井狩の口から出てきた言葉に思わず苦笑する。
そうして、数十分ぶりに、意識が本体に戻った。
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「………ぃ、…ぁど。ぉk………ぃかーd…ぃろー……」
うーん、なんか僕を呼ぶ声が聞こえるなぁ。
なんてテンプレ展開を目の当たりにしながら、起きるタイミングを伺う。
実はもう起きてるし、声も全部聞こえる。
今さっき言ってたのは、『おーい、みかど、おきろ、みーかーど!おきろー!』だ。
いやはや、この回復力。
さすが体内ナノマシンだ。
もはや骨折もほぼ完治、筋肉疲労すら取れる働きぶりである(それは嘘)。
そして今、そんなちっぽけな傷よりも大きな問題に直面している。
このまま起きて超人ムーブをかますか、それともまだ一般人のふりをして機を窺うか。
やはり男子が憧れるのは後者、だが、前の菜々の心配(ほとんど介護)を見てしまうと前者の方がいい気もしてくる。
やはりここは、まだ実力を隠すしか………。
やだ、菜々、怖い(光榴の深層心理)
やめろやめろやめろ!!
なんか念話かよくわからないような、とにかくねっとりとした気持ち悪さがオエエェェ…………。
「みんな!安心しろ!!僕は元気オロロロロロ…………」
「帝ーーッ!!!」(純也)
「誰か!消毒とか!袋とか!嘔吐物処理セットみたいなのないー!?」(夏樹)
「待て待て帝おぅっ!!かかったんだが?かかったんだが!?」(春太)
『落ち着け!落ち着け!落ち着けぇーーっ!!!』(国満)
今日も、神咲一派は平和なのであった。
((((どこがじゃーーーーーーっっ!!!!!))))
4人は、どこまでも広がる青い空に向かって吠えた。
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「どこが『安心しろ』、『僕は元気』だ!!帝の嘔吐を見て心配しない方がおかしいでしょ!!!」
偶然この光景を見てしまった涙目になった菜々に心配されて介護を受けることになりました。
結局されるがままの神咲 帝である。
いや、ありがたいんだがありがた迷惑というか、大々的にやられるのは小恥ずかしいというか………。
だが、これを受けずに逃げれば菜々が最低3日間は落ち込むし、逃げたことも含めクラスメイトからの当たりがかなり強くなる。
まぁ、クラスメイトからの当たりは別に逃げても怨み、逃げなくても嫉妬で変わらないんだけどね。
こうやってされるがままに介護されていると、怪しげなドローン………
…………じゃなくて教師長操作のドローンがやってきた。
「えぇ、何あれ………ドローン?」
「え?この高校ってドローン使えるの?」
と、教師長の存在すら知らない人も多いだろう。
ここの生徒は教師長と関わることはほとんどないから、基本名前を提示することもないし、登場する時はホログラムとかドローンとかだ。
『おつかれー帝クン。いや〜、あんなところで井狩を出すなんて、かなりいい性格してるよ?』
「あれは僕が出したんじゃない」
『誰が出したかなんてどうでもいい。君と彼が、一瞬でも入れ替わったという事実が一番大事だ』
ワクワクした様子の声色をスピーカーから出しながら僕の後ろで旋回し、右の耳元で止まりヒソヒソと質問してきた。
『久々に会っただろ?彼はどうだった?』
「久々も何も、アイツはずっと頭の中でうるさくしてるんだ。感慨深さなんて感じないよ」
『つれないことを言ってやるなよ帝クン。奴も数少ない家族の1人だぞう☆』
「他人格を家族っていうならそうだろうが、僕にはしっかりとした母と父がいる。行方不明だけどな」
『………そうだな』
僕が嘲るように笑うと、第三席殿は申し訳なさそうな声を出す。
まぁ、僕はそんなとこまでズケズケと無遠慮に入り込むような奴ではない。
何があったかここで聞こうとは思わなかった。
け、けけけ決してチキッたとか、そういうわけではない。
「とりあえず、俺と他人格の関係はもういいだろ。僕は疲れたから帰る」
「あら、じゃあ私も部屋まで付き添うわ」
「あ、おもろそうだから俺も行こっと」
「俺も暇だしそうしよっと」
「「「お前は来んな(来ないで)」」」
僕が立ち上がるのに合わせて菜々と純也と春太も立ち上がる。
春太は大ブーイングを受けたせいで口を尖らせて先に一人でトボトボと帰ってしまった。
なんか………すまん。
そんなことよりも、と空を見上げる。
まだ5月だから日は高いが、僕が気絶したり、僕が治療されたり、そこから菜々が飛び込んできてさらに治療されたからかなり時間がかかっている。
もう15時とか16時とかなんじゃないか?
せっかくのGW初日。
なんでダラダラ過ごさず、こんな大集結してるんだ。
まぁ、とりあえず、今日は帰って寝よう。
うん、それが一番だ。
「じゃあ、国満……」
「…………………」
「レポート、見せろ」
「ごめん、寮にある」
しょうがないから、大人しく国満を殴り倒しておいた。
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帝が帰った直後。
国満と夏樹は話し合っていた。
「なぁ、俺………僕に間違いがあったか?」
「あぁ、ありまくりだ。日本人の消極的な部分がよく出てる」
夏樹は嘲笑する。
「所詮俺はお前から見たら大層なことをできるわけじゃないだろ?」
「そんなことは…………」
「ほら。お前はそうやって自分を客観的に見たりできない。それに、相手も、自分も。誰も傷つけないように無意識にバリアを張ってる」
「傷つかないことが悪いことみたいに……っ!!」
国満は激昂するが、夏樹はそれを片手で制す。
「そうじゃない。そういうのは美徳ってやつだが、全ての人間に順応できる存在なんて、それこそ帝みたいな多重人格とかじゃないと無理だ。生きていれば多かれ少なかれ、ぶつかる瞬間が誰にでもある」
「いいや、違う。できるはずだ!!」
「憶測でものを喋るな!それができたら、殺人で捕まる人もいないし、殺人をするほど恨みを持つ人だって生まれない」
国満は夏樹にここまで自分の考えを否定されたことが初めてで固まってしまう。
「いいか、国満。人として生まれた以上、人を傷つけることが何度もあるんだ。しょうがないんだ。今まで運が良かっただけなんだ。これからはお前は、何かを傷つけて生きていかなければいけない」
「なんでそんなこと言うんだ…………」
「………………憶測だが、俺はもうこの高校にはいられない」
ハッとして顔を上げて、国満の目から一筋の涙が流れていく。
「……なんで……………」
「お前が考えればすぐにわかるだろ。前の春太と帝の争いや、ここに教師長とかいう奴のドローンが来たってことから考えるに、帝はコイツと関わりがある。俗に言う………」
「……特待生、か?」
夏樹は頷き、背後にまだ残っていたドローンに問いかける。
「おい、教師長殿。俺の処分はいつ決まるんだ?」
『もう決まっているよ。【洗脳の加護】。なんとも、凶悪すぎる【特技】だ。日常生活で使っていたとなれば、学校での不正行為が疑われるのは当然だ。よって、無期限の停学処分がくだっているよ』
夏樹は冷静に頷き、再び国満に向かい直る。
「お前に処分がないことや、停学で済んだことを祝おう。だから、お前に最後に教えておこうと思う。いいか?」
国満は少し涙目になりながらも、たどたどしく頷き返す。
「お前は、人を傷つけることを恐れず、素直に生きるんだ。自分のレベルに対して自覚を持ち、相手を持ち上げようとすることをやめろ。そうすりゃ、これからの生活、少しは過ごしやすくなるだろ」
「夏樹は………」
「俺は帝がどうやって春太を倒そうとしたのか知りたかっただけだ。その結果これだし、アンタがなんかする必要ないよ、おぼっちゃま」
夏樹は立ち上がり、自身の寮に帰ろうとする。
だが、彼の歩みを止めたのは旧友の声だった。
「なぁ、夏樹」
「なんだよ」
「結局お前は、『ご主人』と呼ばなかったな」
「…………意味がわかりませんね、私には」
それ以上、彼らの間に交わされる言葉はなかった。
うらめもっ!
「なぁ、『ぼっちゃん』って呼び方、俺たちもしていいか?」
「ダメだ。それは………アイツだけに許した呼び名だよ」




