清ぬ情
専用車……とは言えないような長いリムジン。
ストロンとニックは別だが、私たちは職員に招かれるなり車に乗った。
車内は無駄に金がかけられた高級感ある内装で、外から見たときより広く開放感を感じる。
「ちなみにESP(EAO安全保護協会)の副会長?……の名前は何だ?」
「あー、こい…この副会長さんはシムナって名前だ。だからシムナ副会長。」
ニックがストロンにそう答える。
「その通りだ。で、君は確かストロンだったな。ストロン、君はこれからどうするつもりだ?」
副会長はストロンの方に体を向けるた。
専用車はデコボコなはずの道を揺れることなく進んでいる。
「俺は……何もわからない自分が嫌いだ。何もわからないままあの無機質な白い天井の下で暮らしたくない。この世界を知りたい。……だから瞳と一緒に行きたい」
「ESPに入らなくても知れるだろう?」
「いや、別にこの組織に入らなくても知れるが……でも、でも俺は瞳とじゃなきゃ嫌だ。ずっと一緒に──」
「…………それってどう言う──」
「ああ、うるせぇ! そういう意味じゃねぇ!」
ストロンは少し顔を赤る私に怒鳴った。
この車って暑かったけ?
何で赤らめてるんだ私。
「まあEAOだから何を言おうとESPには入らないといけないがな。べニートあたりに調整は任せておこう」
「あ、ありがとうございます?」
「良かったねストロン!」
私は誤魔化すようにそう言ってストロンの手を持ち上下に振った。
でも断られなくて良かったのは事実だ。
「では、久しぶりに皆いるのだし君たちに聞きたい……いや、言いたいことがある」
「言いたいこと…?」
こんなのは初めてだ。
副会長は相談に乗ってくれるはものの、自分から話題を出すことはない。
私がいない、ほんの少しの間に変わったのだろうか?
でも、なんだろう?
副会長は前のめりになり、鋭い目つきで口を開いた。
「どうやって、EAOが生まれるのか知っとるか?」
EAOが……どうやって生まれるのか?
それってつまり……
「同系統の粒子で構成されるEAO波長同士の干渉。それにより低確率でバントン現象が発生し、アダム粒子が変異して新たな一つ粒子となる。それでEAO発生物質となり、消滅前に極低確率で生物が吸収し運良く粒子が細胞内に入り、細胞分裂によって新たなEAOが誕生することですか?」
「バントン現象? アダム粒子? それはなんだ?」
カラの淡白にスラスラ述べる言葉にストロンは思わず聞き返す。
「えーバントン現象は、量子力学、物理学・生物学の第一人者のバントンが提唱した理論で、全てのEAO粒子はアダム粒子が基盤で、アダム粒子から全てのEAO粒子を作れるというやつだ。で、肝心のアダム粒子は全ての原子に含まれてて、肉眼や光でも観測できない代わりに近くにEAO粒子が通過すると疑似原子崩壊の誘発とかしてくるヤバいやつ」
「なるほど…つまり分からないな」
ニックの説明にストロンは納得できてないようだ。
「で、その現象が起きたのは、57年前の上海事件での特例だな。あれは特例中の特例だよ。普通は起きん」
副会長はそう言う。
「じゃあ一体生まれる原因はなんですかー? 副会長さーん」
「さーな、知らん」
「……じゃあなんで聞くんだよ!」
ニックは立ち上がり、副会長に向かってそう言う。
「カッカッカッ! 若いやつらはよく吠えるわい。その元気を頭に回すと良いんだがな。あと座れ」
「ほらほらニックも、副会長はこういう所あるの忘れちゃだめだよ?」
「あーこの……」
ニックは背もたれにずっしりと腰掛け、頭をかいた。
「シムナ副会長、じゃあ俺も聞くけどなんで俺のEAO波長って低いんだ? オーストラリアで測ったんだけど、船で測ったら前より0.2減ってたんだ……」
「……そうか、まず、EAOはEAO粒子を体外放出、体内循環の二つの方法でエネルギーを分散しているが、二つの比率は無意識か意識的、または純度で変わるのだよ。普通はEAO粒子の濃度が多いと体外放出を行うから主は濃度が極端に低いのだろう」
「そうか、分かりました。てことは瞳も意識的に体外と体内を切り替えてるんだな」
「いや、私は切り替えているというより、そもそも粒子が発生する量を抑えてると行ったほうがいいかな? 一般的なEAOにはできないけど、こうしたらニックとか耐性がない人は被曝しないからね」
被曝──
EAO粒子によるアダム粒子が引き起こした擬似原子崩壊運動によって発生する原子の電離や崩壊、化学変化。
これらを総称してEAO被曝、日本だと地曝と言われているな。
対EAO粒子物質を持ってる人とか、EAOだったら地曝を防げるけど、普通の人からしたら放射線並みの殺傷能力だからな。
濃度やエネルギーが高いと防ぎきれないこともあるし。
…………
でも、EAOがこの世に生まれる理由ってなんだろう?
過去の事例を見ても、胎児、ましてや受精卵の時からEAOだった事例は一つもなく、どれも生まれてから時間が経ってから発見されている。
初めてEAOが見つかったのは1940年、フランス。
フランスへの電撃戦を止め、開戦からわずか四年で降伏したドイツ。
EAOは連合国が生み出した人間なのかな?
いや、だとしたら私たちはもう人間じゃないんじゃないの?
……でも、それすらもわからない。
EAOは生物が変異しただけのもので、それ以外は変わりない。
そう思っていた私には、何が人間で、化け物なのか分からない。
私もストロンと同じだ。
人を傷つけて、殺して、決意すらも揺らいだ私は、もはや何も分からないのか──
「瞳、見えてきたよ」
窓にかかるカーテンをめくる。
外は荒れた木が漂い、朽ちた荒野が広がっていた。
しかし、この景色の背景には明らかに不自然な巨大建造物が見える。
それこそ、調和と創始の場、ESP本部「セード・デ・ビリャ」
「うん」
私は期待と不安、そして疑問を思い、返事をした。
次回はようやく日本に行きます。




