揺れる水面
ザザァ──……
空は季節にしては珍しく晴天で、月光が海を照らしている。
観光地として有名なビーチから少し離れたこの砂浜は人影一つすら見当たらない。
海岸に打ち付ける波は旋律を覚え、静寂な夜に波音を渡らせていた。
「へっくし……ごめん」
砂浜に両手を突いて座っていた私は小さくくしゃみをした。
南半球の7月冬なので、下はパンツだけでタンクトップの上からブレザーを着ただけの姿だと寒い。
ここに来て1時間ぐらいは経ち、もうそろそろ船も来る頃なんだけど遅いなぁ……話す話題尽きちゃうよ。
横目でストロンを一瞬見たら、シャツと短パンだけなに寒くないみたいだけど。
しかし私は寒いので、私は姿勢を体育座りに変えて体を縮こませ、少しでも体温を逃さないようにして体力消耗を抑えようと努力をした。
「なあ、瞳」
「……なに?」
「いや、なにもない」
「……………………からかってる?」
私はわざと口を膨らませてストロンを横目で睨む。だがすぐに恥ずかしくなってやめた。
「……やっぱり俺が国籍取る必要なくない?」
少し悩んでストロンはそう言った。まあ普通なら当然っちゃ当然か。
「あーそれはね……」
私はぐいっ背筋を伸ばし、掴んだ砂を海の方に向かって投げた。
砂は海に入らず、目の前に力無く落ちた。
「ほら、私日本人でしょ?」
「まあそうだな、肌の色も日系だし」
「でね、えーと、その、あの………」
私は妙に緊張して、少し間を開けてこう言う。
「ストロンと日本の高校行きたいなーって……」
「え……日本? しかも高校!? メキシコ国籍取るのになんで日本人に?」
ストロンはそう質問する。
「えーっと、日本ってセキュリティがメキシコよりずっと高いし、だからカモな方で取って日本に行くの」
「あと、やっぱりストロンも高校で集団生活に慣れとくべきだし、私も中学……」
私は言葉が詰まった。頭がモヤモヤする。
まただ、いくら思い出そうとしてもに思い出せない中学までの記憶……
そして、思い出す時にどこか嫌な気分になる。
でも、繰り返し同じ言葉が言われていたような……気もする。……なんだっけ?
「まあここでは決めれないから、ニックとかとも相談してみるわ。」
「うん、ありがとう。無理にとは言わないけど、行けたら嬉しいな」
そう言って海の方を見ると、海岸のずっと奥にフェリーが横に移動しいるのが見えた。
瞳たちが乗る船だ。
「あ、ちょうど船来たから行くよ。ほら、手掴んで」
瞳は立ち上がり唖然とするストロンに手を差し伸し、そして強引に手を掴む。
「ちゃんと握っててね、海の上走るから落ちても知らないよー?」
私はそう言うと全力で海に向かって走った。海岸がどんどん近くなる。
海の上に着地した。スライムのように水がぶわぶわと動いている。
「……な、なんだ」
ストロンはそう驚くように呟いた。私の能力見るの初めてだっけな。
「EAOはそれぞれ能力があって、私は炭素以外の物質を操れるの。まだ、話してなかったっけ?」
「いや、車で聞いたよ。でも本当に操れるのか…」
水は無機物だから操れる範囲内だから、水を動かないようにすれば海面に立てると言うわけだ。
他の客員になるべく見られないよう、船がこちらに背を向けた時息良いよく海面を蹴った。
そして数十秒経った時にはもうフェリーが目の前まで来ていた。
「よーし着地っと……」
私は華麗にジャンプして甲板の着地し、息を整える。
途中ストロンが振り落とされそうになったりしたが、問題なさそうだ。
「うぷ……うっ!」
ストロンは端まで思いっきり走り、船から身を乗り出して口からゲロを吐き出した。
……問題あったようだ。
「よーちゃんと来れて良かったなー」
「うわっ……て、ニックか〜びっくりしたぁ」
ニックが後ろから私の背中をポンと叩く。どうやら甲板で待ってくれていたようだ。
「お前もほら、部屋に行くぞー」
ニックは吐いてるストロンの腕を鷲掴み、ストロンは引きずられていった。
「相変わらずだね……」
私も後ろから着いて行き、客室へと向かったのであった。
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101号室。あまり広い部屋ではないがベットルームが二つある大きい部屋だ。矛盾したな……
窓からは海が見え、空には星が浮かぶ。
ニック曰く、ここから1ヶ月と半月ぐらいでメキシコに着くみたいだ。
私たちは不法乗船なんだけど、ここの船にもESPの工作員がいるのおかげで監視カメラの映像は偽造できる。
戻ることはないからもうEAO波長検査を受けないしね。
「じゃあおやすみなー、寒いからしっかりと布団かぶって寝って――痛! なんで急に叩くんだよ!」
ニックは寒さで震えそうな私の下半身を指差しながらそう言う。
今思うとパンツで町中うろちょろしていたのだ。
私はことの深刻さに気づき、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「そりゃあ叩くよもう! どこ見てんの! はぁこの……おやすみ」
「まあまあ、おやすみなー」
「ん、おやすみ」
ストロンの声も遠くからした。
私は部屋に入り、扉を閉めてベットに勢いよく飛び込む。
ベットはマシュマロのように沈み込み、ふかふかとしている。
数週間振りのベットは気持ちよく、体が溶けてベットに吸い込まれてしまいそうだ。
私は明かりを消して、仰向けになり大の字でベットの上に寝転がり天井を見つめる。
この一週間は色々あったなぁ……ニックとも久しぶりに直接会えたし、ストロンも良い奴だし……
私は体を起こして自分の手の平を見た。
「人、たくさん殺したなぁ……」
水滴が手のひらにぽつりと落ちる。一滴、また二滴と。
あれ……なんで私、泣いてるんだろう?
今もどこかで見守ってくれている大切な人のために私は戦うって決めたのに……
なんで人を殺すことに後悔の念があるんだ?
もう、ずっと前から決心していたことなのに──
「……もう……ねぇ……ほ、本当に、本当にこれで良かった?」
もう、後戻りができないのはわかってる。でも、考える時間はある。
私は暗闇の中、手で口を押さえ静かに泣いた。
後悔の涙溢れる目を手で擦りながら。
そして、その声は部屋全体に広がり、窓の外では一つの月に照らされた水面がゆらゆらと揺れていたのだった。




