召喚した人された人
俺は倉田緋彩。大学を卒業したばかりの新社会人だ。
小3で両親を事故で亡くし、当時高2だった兄貴が高校を中退して親代わりになって俺を育ててくれた。
そんな兄貴も5年前に癌で死んだ。それは俺が高校2年生の時だった。兄貴は俺の大学までの学費と生活費は残してくれたので、俺は無事に大学に進学し、卒業することができた。
兄貴には感謝しても感謝しきれない。
仏壇に手を合わせると、兄貴のふざけた遺影に向かって、「いってきます」と俺は言った。
大学を卒業して社会人1年生。初出勤の日なのだ。兄貴の期待を裏切らないように真面目に頑張ってきた甲斐もあって、それなりの大企業に就職することができた。
感慨深いものがある。兄貴のお陰でここまでこれたんだ……。
俺はふざけた遺影に向かって無意識に、「ありがとうな。兄貴」と言っていた。目を閉じ、もう一度手を合わせた。心の中でも「ありがとう」と強く思ってみた。天国にいる兄貴へ気持ちが届くように。
――目を開けた瞬間。
「うわぁー!!」目の前にあった遺影が叫んだ。
「うわぁー⁉」俺もびっくりして一緒になって叫んだ。
「ひ……ヒイロか⁉」遺影が叫んだかと思ったら、今度は話しかけてきた。
「あ……兄貴ぃ⁉」と俺は返す。
遺影ではなく、生身の兄貴がそこにいた。
俺は混乱していたが一度目を閉じて「すぅーはぁー」と深呼吸をしてみた。
よし落ち着いた。
「初日から遅刻するわけにはいかないんで。じゃ」と兄貴に手を振り玄関へ行こうとするが、ここはどう見ても家ではない。なにやらとても巨大な大聖堂の中とでもいうべき薄暗く不気味な空間にいた。まるで悪魔召喚の儀式でも行っていそうな雰囲気だ。
「ははーん。これは夢だな」俺は一旦思考を停止して、その場に寝転がってひと眠りすることにした。だってこれは夢なのだから。次に目が覚めたらいつも通りの日常が始まるだろう。
「こんなところで寝るんじゃない弟者よ」と兄貴。
「弟者と呼ぶんじゃない弟者と」俺は兄貴に詰め寄ってキレ気味に言ってやった。
そしてまじまじと兄貴を見た。生きている。なんか司祭服みたいな変な恰好ではあるが生きている。兄貴が目の前にいることを改めて実感すると胸に込み上げてくるものがあった。
「あ……兄貴」目からこぼれ落ちるものを必死にこらえながら俺は兄貴の肩をガシっと掴んだ。
「兄者と呼びなさい」
「それは無理」と無表情に言ったところで我に返った。
――何が起きている……?
俺は思考を巡らせた。
5年前に死んだはずの兄者が、いや、兄貴が目の前にいる。
実は死んでなかった?それはあり得ない。俺は兄貴を看取ったのだ。最期の瞬間に手を握って立ち会ったのだ。俺の為に高校を中退して働いてくれた兄貴の最期を、俺は知っている。5年経った今でも思い出すと涙が出る。
兄貴の葬式だって俺が喪主として執り行った。……遺影がふざけていたせいで、お坊さんが笑いを我慢しながらお経を読み、数少ない参列者からはクスクスと噛み殺した笑い声が響く葬式を忘れられるはずもない。
そうやって思考を巡らせていると兄貴が……。
「弟者よ。こんなところで何をしている」と表情も変えずに言ってきた。
「いや俺が聞きたいんだけど……」と俺が言いかけたところで、兄貴の眼鏡の向こうの目に今にもこぼれそうな涙が輝いていた。
その目を見た俺の涙腺は崩壊した。
「兄貴の方こそ何やってんだよーっ!」と俺は声を震わせ、兄貴の胸ぐらを両手で掴んだ。そしてそのまま兄貴の胸に顔を埋めるように、カクンと膝から崩れ落ちた。兄貴は162cmで俺は183cmだ。膝で立つと兄貴の胸元にちょうど顔が来る。
兄貴は俺の背中をトントンと優しく叩いた。俺が幼かった頃、兄貴が寝かしつけてくれた時のことを思い出した。
そして兄貴は優しい笑顔で俺の質問に答えてくれた。
「兄者はここで召喚魔法の実験をしていたのだよ」と。
「は?」と俺。
「え?いやだからイフリートを召喚しようとしています」と兄貴。
「ちょっと何言ってるかわからない」冗談を言うタイミングじゃないだろ……。昔から空気の読めない人ではあったけど。
「心に強く思い描いたモノを召喚する魔法を作ろうと思ったんだけどさー。どうやら失敗」テヘペロ。いや兄貴……。ビデオレターの時もそうだったけど、キャラがブレ過ぎなんだよあんた……。俺が呆れていると兄貴は続けた。
「ゲームをしている俺の横で、お前はよく応援をしてくれたじゃん。召喚魔法イフリートを使ったときにさ、うぉーかっこいいーって目をキラキラさせるお前を思い出してたらさ、急にお前が目の前に現れたからびっくりしたよ」懐かしい光景だ。
俺にはまだ難しかったRPG。兄貴の横で、俺はワクワクしながらゲーム画面をのぞき込んでいた。そんな光景を思い出していると……。
「あ、言われてみればイフリートではなくて、イフリートに興奮する弟者を思い出して弟者が召喚されたんだから、実験は成功だな」と兄貴がブツブツ言いだした。
「は?」と俺。
「え?」と俺を見つめながら、しばし熟考している兄貴。そんな兄貴を見返していると冷や汗だか脂汗だかをダラダラと流し始めた。これはあれだ……なにかヤラかしてる。
「あにきぃ?」俺はじっとりとした視線を送りながら、問い詰めるように言った。
「あ……あっちに俺の部屋があるから、そっちで話そうか!ね?ね?」動揺しまくっている兄貴。
「あーにーきぃ?」俺はさらに詰め寄った。
「ど……どうやら、お前を召喚しちゃったみたい。ハハ……ハハハハ……ゴメン」