現実は重い
俺はあのオニロとかいう女神の石像を前にして、愕然としていた。目の前に広がるのは妙にカラフルな教会のような空間である。ベンチは黄土色、床は青とか緑とか。壁は赤。極めつけに天井は金色。何もかもぐちゃぐちゃだ。心から美的感覚を疑うが、でもなんだか好きだ。色んなジャンルの好きなものを全部詰め込んだような楽しさと幸せがここにはある。まるで風邪引いたときに見る夢のような。
手入れがなされていないのか、そこら中に埃が散っているのは不気味で仕方がないけど。
からんと後ろから音がした。振り向くと、どうやら黒色の杯がどこかから落ちたようだった。他にも調度品は黒一色で纏められているようだ。
俺は柔軟な人間だ。先程まで散々幻覚がなんとかと言っていたが、なんとなくわかった。俺、本当に異世界転移したみたいだ。
帰りたい。とりあえず帰りたい。ダメ元でこの女神像に何か言えば帰れるだろうか。
「起きてる?俺帰りたいよ」
物に語りかけても無駄なのはわかるけど、ありえないことが起きてばかりなのだから、女神像が喋るくらいのご都合展開は起きてもいいだろう。起きなかったけど。
いや、どうしよう。前途多難だ。衣食住創のうち衣と住はどうにかなる。衣は今着てるジャージでいいし、住はこの悪趣味空間で済むはずだ。だってこんな場所に先住民がいるはずがない。そんな人間がいたら気が狂っている。天井が金だぞ、天井のシミを数えるとかそれ以前の問題だよ。
食をどうするかだ。今日一日を生き延びるためには、絶対に食事がいる。食べ物なんて絶対なさそうなこの神殿から出なければいけない。俺は急に面倒くさくなった。ぼさぼさの頭を掻きむしって床に寝転がると、あまりに埃臭くて少しむせた。
俺は何もせずぼんやりしていた。現実がまだ受け入れきれていない節がある。そして何もかも面倒になったときにすべきことはただ一つ。小説の続きを考えることだ。
一日くらい何も食べなくても持つだろうと安易に考えた俺は、想像の世界に飛び立った。この後寝てしまうまでがワンセットだ。