私はオニロ!
次に俺が目を開けたのは、仮眠して数時間経ったときだった。椅子の上で寝たから体の節々が痛いし、目の前にはあの女にそっくりだがまた違う雰囲気の女がいる。なんてったって幻覚だ、あまり良い気分ではない。体も心も病んでいるのかもしれない。
「私はオニロ!先にいたプラグは私の双子女神だ。私たちはお前をこちらの世界に呼びにきた」
ベッドにふんぞり返って座る女は、先ほどまでの女と全く同じ声で言う。美しい声色に対し豪胆な口調が魅力的に映った。彼女のまとう絹よりも美しい真っ白な布地と髪飾りの宝石が、俺の部屋のよれたシーツのみすぼらしさを一層強調した。
にしても、女神だったのか……。後光がやけにギラギラ光るこの女は容姿が美しい。キャラデザが女神という設定によく合っている。流石に俺の想像から生じた幻覚なだけはあるな。
「そんな死んだ目で睨まないでくれよ……だがお前の目は好きだ!私の世界に夢を取り戻すのにふさわしい光を宿してる。さあ、行こう!」
「睨んだつもりはないな。見ていただけだ」
「喋った!」
「舐めてるのか?」
到底女神と思えない騒がしさには呆れるが、なんだかこの女神には、人を寄せ付けるものがあるようだ。思わず話を続けてしまう。
「で、異世界はどんなところなんだ?」
「この世界でいう中世ヨーロッパに近いな。こちらの住民はみんな能力を持ってるんだが、それが楽しいんだよ」
異能力アクションもののような感じだろうか?にしては、みんな能力をもっているというのが不思議だ。俺が考え込むのを見て、オニロはにこにこ笑っていた。
「興味を持ってくれたなら今すぐ行こう!この世界に心残りはないだろ?」
確かにない。俺には物心ついたころから何もないのだ。両親もおらず、いつもぼんやり空想にふけってしまう俺はどんな集団に所属しても浮いていた。ただ一つ没頭していたのは創作活動のみ。物語も絵も音楽も、全部好きだ。現実世界はずっと陳腐に見えていた。
「書き途中の小説があるんだ。大作になる予定だし、何より現実世界にはそう興味がない」
「拒んでも連れていくぞ?」
「そうか」
プラグとは違い強硬手段をとる気でいるようだ。しかし所詮は幻覚なのだし、適当に答えておけば大丈夫だろう。オニロは俺の返事を了解ととったのか、真剣な目で見つめてきた。黒い瞳が俺を映す。オニロは俺の手を握ったが、やはりそこに感触はなかった。すり抜けていく。
「私の世界は未曽有の危機に襲われているんだ!……では、転移させるぞ」
「いや待て待て待て、流れ早くないか?」
「時間がないのだ!プラグもどうしてこんなに時間をかけたのかわからない」
深夜、ますます暗くなった部屋が突如発光しだした。目の前がチカチカして、赤だとか青だとかいろんな色が見える。なんだか体が熱い。こんなことが現実世界で起きるだろうか。俺はどうなってしまうのか。大体、展開が急にも程がある。本来大事なことを決めるときはもう少し何かあるだろ。これだけしか会話を交わさずに今すぐ異世界だなんて、俺の想像から生じた幻覚にしては随分お粗末だ。
オニロは俺の両腕を掴み、どこかに思いきり引っ張った。冷たい手だと思った。ところで、俺は一体何をすればいいのだろう。
「詳しい説明は端折るが、よろしく頼むよ」
「え」
夢崎姿はこうして世界から消えた。オニロは汗を拭うと、ふっと立ち上がった。その拍子にしゃんしゃんと音を鳴らしたのは彼女が身に着けている装身具である。姿がいじっていたスクリーンに目をやると、彼が書いていた小説があった。オニロは楽しそうにそれを読み始めた。