7.翼をください
※シナリオ形式
※モノローグ=M表記
翼・和也:わぁーー!
翼と和也が、岬小学校の校庭を走る。
美佳:(笑いながら)子供か
佳純:ホント、男子って変わんないよねー
岬小学校の大きなクスノキの前、李璃がクスノキに話しかける。
李璃:久し振り。覚えてますか、わたしのこと
風が吹き、クスノキがザワザワ音を立てる。
李璃:あなたはここで、沢山の卒業生を見てきたんですね。わたしは……、この学校の卒業生にはなれなかったけど
美佳がやって来る。
美佳:李璃? 何してるの? 教室行くよ!
李璃:あっ、うん
夕日が差し込む『4年2組』の教室に、6人が入って来る。
佳純:懐かしー
翼:こんなに椅子って小さかったっけ?
和也:こんな時代があったんだなぁ
嘗て座っていた座席に、李璃は腰を下ろす。
列を挟んだ反対隣の座席を見つめる。
美佳:ここが優の席かぁ
李璃と美佳は、顔を見合わせた。
優は、窓の外を見ている。窓からは大きなクスノキが見える。
やがて、優は一人そっと教室を抜け出す。
優の姿は音楽室にあった。
ポケットから砂だらけの塊を取り出すと、こすって砂を落とす。
やがて、『璃』という文字が見えてくる。
不意に、優の顔がほころんだ。
それは、消しゴムの欠片だった。
音楽室の扉が開く。
優が振り返ると、そこには李璃が立っていた。
李璃:優……!
優は、スッと消しゴムをポケットに戻す。
李璃:ここに居たんだ
優:ん……まぁ……
李璃は、音楽室の窓を開ける。
そこには、古いツバメの巣があった。
李璃:まだあったんだ……
優:いつの間にか、ツバメも戻ってこなくなった
李璃:そうなんだ……。覚えてる? 優は巣から落ちたヒナを戻してあげたんだよね
優:そうだっけ?
李璃:優は優しいから
優:それは、昔の話だろ
李璃:優は今でも優しいよ
優:……
二人の間に沈黙が流れる。
優:俺の両親離婚してさ、それから母さん、とっかえひっかえ別の男連れてたこともあった。大人って勝手だなって思った
李璃:え……
優:でも、それは俺を育てるためだったのかもしんない。最近はそう思う
李璃:優の気持ち、わたしには分からないかもしれない……。うん。8年一度も会ってないわたしに、分かるわけないんだよ……
優:惨めに感じるんだ。こうやって昔の自分を探してしまうと
李璃:(歌)今わたしの願い事が叶うならば 翼がほしい この背中に鳥のように 白い翼つけて下さい……
李璃の突然の歌に、優は目を丸くした。
李璃:仙台行ってからずっと思ってた。翼があったら飛んで来れるのにって。10歳のわたしには遠かった。この距離が
優:……
李璃:わたし、好きだった!
優:えっ……
李璃:優の弾く、ピアノが!
優:そ、それは……。言ったろ、もう弾かないって
李璃:うん、分かっとる。だから、最後に聴けて良かった。優のピアノであの日歌えてよかった
優:もう、ピアノの話はやめろよ!
李璃:ごめん。でも……、じゃあどうして、優は今、音楽室にいるの?
優:へっ……
翼:ったく、あいつらどこ行ったんだよ!
美佳:翼が行こうなんて言うから!
翼:李璃が一番行きたがってただろ?
佳純:ってか、あの二人でおらんくなるとかありえないんだけど!
和也:あれ? 何か聴こえない?
翼・美佳・佳純:えっ?
耳をすますと、ピアノの音が聴こえて来る。
佳純:ヤダ、ホラーじゃない!
和也:一階の方だな?
翼:よし、行ってみよう!
美佳:え、本気?
皆、音の方へと走り出した。
音楽室からは、ピアノの音と李璃の歌声が聴こえる。
李璃:(歌)この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみのない自由な空へ 翼はためかせ 行きたい……
美佳:李璃……
佳純:ピアノ……
和也:弾いてる……!?
翼が音楽室の扉を開ける。
李璃:みんな……!
優は我に返った様子の優。
翼:おいおい! 翼は俺だろ? 一人じゃ合唱じゃねーぞ! こういうのはみんなで……
美佳:(被せて)さっ、そろそろ戻らない? 日が暮れちゃうよ
李璃:ごめん。そうだよね
翼:何はともあれ、ホラーじゃなくてよかったな
李璃M:その日、8年ぶりに優の弾くピアノで歌を歌った。優は、わたしの知ってる優のままで、わたしが好きな優だった……。