1.再会した君は
※シナリオ形式
※モノローグ=M表記
その日、坂野李璃は、引越しの準備をしていた。
仙台から愛知へと出発したトラックを見送り、電車へと乗り込む。
イヤホンを耳にさし、スマホでラジオを聴くと、偶然あの懐かしい曲が流れて来た。
『今わたしの願い事が叶うならば 翼がほしい この背中に鳥のように 白い翼つけて下さい……』
李璃M:10歳のわたしには、この距離を飛ぶ翼はなかった。でも今は、どこへだって羽ばたける。10歳の君が、未来に願いを込めてくれたから。
× × ×
2016年、5月。宮城県仙台市。
その日、李璃は高校から帰宅すると、ポストを覗き込んだ。
そこには、李璃に宛てた一通の手紙が届いていた。
差出人の名は、『田辺翼』とある。
李璃は、躊躇することなく、その手紙を開封した。
× × ×
翼:『李璃へ 久し振り。覚えてる? 田辺翼です。今年の夏、伊良湖岬に遊びに来ない? 父の経営する貸別荘が新しくできるから、花火大会の日にでも。李璃とは随分会ってないけど、他のみんなとも高校に入ってバラバラになって、ずっと会ってないから、ここらで集まって、タイムカプセルでも掘り起こそうぜ!』
× × ×
李璃M:わたしは、10歳まで、愛知県田原市に住んでいた。わたしが転校することになり、仲良し6人は、タイムカプセルを埋めた。いつかまた、この6人で集まった時に、掘り返すために。優は、どうしてるだろう? あの頃はまだ、恋を知らないわたし達で、その“さよなら”は、彼のことが好きだったと、わたしに告げるかのようだった。
李璃は、閉じ込めていた思い出を取り出すように、棚の引き出しを開けた。
そこには10歳の李璃と、奥田優、今井美佳、田辺翼、須藤佳純、橋本和也の6人が科学館の前で撮った写真があった。
そして、『李』という文字が手書きで記された、ちぎれた消しゴムの欠片があった。
李璃は、それを手に取り微笑んだ。
李璃はベランダに出ると、夕日を見つめ、歌を口ずさむ。
李璃:(歌)今わたしの願い事が叶うならば 翼がほしい この背中に鳥のように 白い翼つけて下さい……
× × ×
愛知県田原市。
恋路ヶ浜の浜辺に、波が押し寄せる。
歩いている優を美佳が追いかける。
美佳:ねぇ、翼から手紙来た?
優:ああ……
美佳:まったく、受験前の夏に何なのって話だよね。ただの現実逃避みたい。ねぇ、優は行く?
優:別に、俺がいなくたって、なんも問題ないだろ?
美佳:李璃……どうしとるかな
優:さぁ。俺には関係ねぇーよ
優の反応に、美佳の表情は曇った。
朝からギラギラと太陽が照り付ける8月、貸別荘の窓が開き、翼が顔を出した。
貸別荘のロビーは広く、一台のピアノが置かれていた。
佳純:こんにちはー
翼:おお! 佳純
佳純:うわっ、広っ!
佳純は中を覗き、思わず声を漏らした。
佳純:あれ? まだみんな来とらんの?
翼:あっ、うん
佳純:そっか……。ねぇ、優って来る?
翼:え? あぁ、あいつには強制参加って書いといたから
佳純:そっか
一番乗りで来た佳純は、優のことを気にしている様子だった。
美佳:お邪魔しまーす
翼:おお! 美佳久し振り!
美佳:久し振り
佳純:久し振りー!
美佳:あれ? 佳純? 髪茶に染めたの?
佳純:あぁ、高校入ってからね。高校デビューってやつよ!
美佳:そうだったんだ
美佳は、ふと、ピアノに目をやった。
美佳:ピアノ、あるんだね
翼:あぁ、それ? お父さんの趣味だよ。ここに置きたかったんだって
美佳:そっか……。相変わらず翼んとこはお金持ちね
佳純が窓から外を覗き、思わず声をあげる。
佳純:すごーい! ここから海見えるんだ!
翼:そう! 花火もここから見れるよ!
佳純:へぇー! いいねぇ!
外を走る一台の自転車が、ブレーキをかけ、貸別荘の前で止まる。
佳純:あっ、あれ和也じゃない?
翼・美佳:ホントだ!
窓の外には、辺りをきょろきょろする和也の姿があった。
翼が扉を開ける。
翼:よっ! 和也!
和也:あっ、翼!
中から美佳と佳純が顔を出す。
和也:もう来とったんだ! ここなんだね。立派過ぎて来るとこ間違えたかと思った
佳純:別荘から花火も見れるんだって
和也:へーそうなんだ!
翼:すごいだらー
和也:李璃は?
美佳:まだだよ
和也:そっか……
和也は李璃のことを気にしていた。
電車に揺られ、貸別荘を目指す李璃の心は踊っていた。
ノートに絵を描いては、懐かしい思い出に浸り、ぼんやりと青空を見つめていた。
バス停に一台のバスが止まる。
李璃を降ろし、バスは再び出発した。
李璃は深呼吸をし、想いを噛み締めた。
海岸で海を眺め、大きく伸びをする。
李璃:逢いたかったぁーー!
李璃は閉じ込めていた気持ちを解き放つように、海に向かって叫んだ。
李璃:ただいま……
李璃の後ろ姿を見つけ、誰かの自転車のペダルを漕ぐ足が止まった。
李璃の様子を見つめ、再びペダルに足をかけると、自転車を走らせた。
貸別荘に向かって進む李璃。
美佳:あっ! あれ、もしかして李璃じゃない?
佳純:あぁ、そうかも!
翼:そうだっけ……あんなだっけ?
和也:李璃……
4人が待つ貸別荘の前で、李璃は足をとめる。
美佳:李璃! 李璃だよね! 待っとったよー
李璃:みんな……、会えるの楽しみにしてた!
李璃の顔がほころんだ。
李璃:美佳、大人っぽくなったね
美佳:そう?
佳純:李璃こそ
李璃:佳純だよね? 染めたんだ! 全然イメージと違った
翼:俺はどうよ!
李璃:うーん、翼は、雰囲気は変わんないかな? 手紙ありがとね
和也:李璃……元気にしとった?
李璃:和也、うん、まぁ、元気だったよ
李璃はあたりを見回した。
佳純:優はまだだよ
李璃:そう……
李璃の背後から、誰かの自転車が近づいて来る。
翼:あれ? あれ優じゃね?
翼の言葉に、李璃は思わず振り向いた。
自転車に乗った優が、次第に近づいて来る。
李璃:優……
翼:やっと来たよ。おせーぞ!
5人の前で、優の自転車が止まる。
優:何? 翼が強制参加だって言うから来ただけだけど?
李璃M:えっ……
冷たく放たれたその言葉に、李璃は衝撃を受けた。
チラッと李璃を見る優。
李璃と目が合い、優はすぐに顔を背けた。
李璃M:今、わたし、優に目線を外された……? うそ、どうして……!?
翼:よっしゃ! じゃ、みんなで2泊3日盛り上がって行こうぜぇー!
李璃M:ずっと逢いたかった優との再会は、想像していたものとあまりにも違っていて、そしてここから、恋路ヶ浜の2泊3日が始まった……。