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第5話 この娘を怒らせたら絶対にダメ

「椿さん。これって?」

「うふふ。物理障壁です。いわゆるバリアーですね。この程度の火器では破れません」

「すごい……」


 オヤジの会社が世界最先端の技術を持っていると知ってはいたが、こんな夢のような装備まで開発しているとは初耳だった。


「正蔵さまはここを動かないで」

「はい」


 俺は素直に頷いた。

 椿さんは二歩ほど前に出て黒仮面を指さす。


「そこの仮面男さん。貴方は殺しますから、逃げないでくださいね」


 椿さんの口調は丁寧だが、空恐ろしいことを言っている。これは殺害予告じゃないか。


 ガシャガシャと音を立てながら、パワードスーツ二機が歩行し近づいてきた。一機は赤色で白のラインマークが入っている細身の機体。もう一機は黒色でグレーのラインマークが入っているゴツイ機体。両肩に箱型のミサイルランチャーを担いでいた。赤色が高機動型のクフィール、黒色が重火器装備のマクマトだろう。


「火器がダメなら格闘戦だ。そのポンコツを叩き潰せ!」


 黒仮面が叫ぶ。

 マクマトのミサイルランチャーが火を噴いた。そして、背のバーニアを吹かしてクフィールが突っ込んでくる。椿さんは迫りくるミサイル両手でつかんでから投げ返した。それはマクマトの直前で爆発した。そしてクフィールは、両腕から伸びた淡く光る刃を突き出していたが、それが突いたのは椿さんの残像だった。あり得ない速度でクフィールの背に回り込んでいた椿さんは、その背に飛び蹴りを叩き込んでいた。強烈な衝撃でクフィールは地面にめり込んで動かなくなった。チェーンソーのような刃が回転している剣を構えたマクマトが突っ込んでくるが、椿さんはその剣を瞬間的な移動でかわし、腹部に正拳を突き込んでいた。装甲の破片と血を撒きながらマクマトは吹き飛んでいく。


 強い。あのイスラエル製だというパワードスーツをまるで相手にしていなかった。椿さんが家庭用だというのは絶対に嘘だと確信したその時、俺はハゲの大男に首を掴まれてナイフを喉に突き付けられていた。


「動くな」


 低いしゃがれた声でハゲが脅してきた。黒仮面は立ち上がって胸から大型のナイフを引き抜いた。


「そこまでだな。綾瀬のアンドロイド。動くんじゃないぞ。せっかく用意したパワードスーツをスクラップにしやがって。お前は切り刻んでやる」


 黒仮面はそう言って、椿さんへと向かってゆっくり歩いていく。アサルトライフルを構えた二人は椿さんへ向かって近づこうとしたが、その場で倒れてしまった。ピックアップの荷台に陣取っていた機銃手は既に倒れていた。椿さんがやったのだろうか? いや、いくら常軌を逸した速度で移動できる彼女でもそこまでは無理だ。ならば、もう一人味方がいるんじゃないか?


「何だ! 皆どうした!」


 黒仮面が叫ぶのだが、しかし、ハゲの他は誰もいなかった。そしてハゲの右腕、俺にナイフを突きつけていた腕の肘から先が、鮮血を撒き散らしながら脱落した。


「ぐおお……」


 ハゲは左手で右腕を押さえながらくぐもった叫び声を上げる。振り向いた俺が見たのは、光る剣をハゲの心臓に突き刺している黒人男性の姿だった。短めの縮れたドレッドヘアが特徴的なその黒人男性は、AYASE☆SECURITYとプリントされたブルゾンを羽織っていた。綾瀬重工の警備関係者だった。


 黒人男性は、「椿様。後はそいつだけです」と黒仮面を指さす。


 椿さんはゆっくりと黒仮面に近づき、その腹に前蹴りを食らわせた。黒仮面は身体を折り曲げながらその場にうずくまる。


「覚えてろよ。このポンコツが」


 尚も悪態をつく黒仮面の頭部を、椿さんの蹴りがとらえた。その頭部はあっさりと胴体から離れ、路面を転がっていく。その先に立っていた黒人男性が、それを足で踏み止めた。


「この頭、作り物ですね。アンドロイドでしょうか?」

「そうみたい。遠隔操作してたようですね」


 ポンとその頭を蹴飛ばした黒人男性は、椿さんに向かって深くお辞儀をした。


「椿様。遅くなって申し訳ございません」

「一人でも大丈夫でしたのに。でも、あなたがいてくれれば心強いわ。黒猫さん」

「ご期待に沿えるよう、努力いたします」


 黒猫と呼ばれた黒人男性は、再び深くお辞儀をした。まあ、綾瀬重工から警備が来るのは当然なんだろうけど、椿さんにあんな態度を取っている理由がわからない。確かに椿さんは高価で機密性が高いアンドロイドだが、まるで身分の差があるような、君主と臣下の関係であるかのようだった。一般的な感覚なら、上司や社長に対してもあそこまでの態度は取らないと思う。


「紹介します。こちらが黒猫さん。もちろん通称ですけど、本名は……」


 黒猫は首を振る。


「やっぱり内緒ですね。こちらが綾瀬正蔵さまです。私の恋人なのです」


 恋人だと紹介されて気恥ずかしかったのだが、俺は黒猫に右手を差し出した。


「黒猫さん。よろしくお願いします」

 

 黒猫は俺の手を握るのだが、その目は笑っていない。


「よろしく」


 冷たい一言だった。


「話がある。ついて来い」


 黒猫は俺をブルドーザーの影へと誘う。不穏な空気を感じたが、俺は黒猫について行った。


「おい。正蔵」

「何でしょうか」

「お前の事は気に入らねえが、クレ……いや、椿様が選んだ男だから認めてやる。ただし、変な事をしやがったら焼き入れるからな。覚悟しておけ」

「変な事って何だ?」

「ああ?」


 黒猫に睨まれた。俺より少し背が高い。そして、筋肉質で強靭な肉体をしている。きっと強い。俺じゃあ歯が立たないのは間違いないだろう。


「椿様を泣かせるなって事だ。浮気なんかしやがったらぶちのめすぞ」

「分かっている」


 黒猫は俺をギロリと睨んだ後、すうっと姿を消した。俺は周囲を見渡したのだが、黒猫は何処にもいなかった。これは忍者かって信じたくなった一幕だった。


「今夜はどうしましょうか?」


 さすがに困ってしまったので、椿さんに尋ねてみた。俺は友人の部屋に転がり込むとしても、椿さんをどうすればいいのか見当がつかなかった。


「二人で温泉宿に泊まるのはいかがでしょうか? 正蔵さまと初夜を迎えるのにふさわしい宿は……おおっと、湯田温泉に空室がありますよ。えへへ。どの宿にしようかな?」

「あの? 椿さん」

「?」

「スマホも見ずにどうして?」

「いやー。私、通信機能が標準なんですよ。デジタル無線の各チャンネルに接続できますし、ネットも携帯電話も標準装備です」

「あれ? 出会ったときに持ってたスマホは?」

「アレは紀子博士のスマホですよ。私は基本、不要ですから」

「なるほど。そうだったんですね。しかし、こんな事があった後では、俺たちが行っても断られるんじゃないかと思いますが」

「あっ! それもそうですね」


 さすがに彼女も気づいたようだ。黙り込んで、色々思案している。


 そうこうしているうちに、パトカー、救急車、消防車などが集まって来た。自衛隊のトラックや装甲車も何台か来ていた。

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