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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章6、『理』


 時系列は少し巻き戻る。

 【不死鳥】フェネクスとの殺し合いに決着をつけたのち、アズマは『シスター・ネクロ』に氷漬けにされて衰弱していたレクシーやトム、イドラの救出を終える。

 その後、『何らかの手段』を用いて、教師や生徒たちの傷や建物の損傷を直してみせた日比谷博文は、携帯電話を片手に誰かと電話をしていた。


「――うん、そうだよ土御門。【太陽の巫女】を貸し出して欲しいんだ。一応、『三枝学園』は日本だからね。正しくはその土地を日本が買い取っているなのだけれど、それでもその地域で暮らしている人間はやはり日本人だろう? 日本の法律で生きている以上、それは日本人なのだからね。それに、ほら、連中の知名度が上がって強くなっても君たちも困るだけだろう? 君がゴーサインを出してくれたら、私の【霊術】で『交換』するから移動手段は大丈夫だよ。……ん、今着替えさせてる? え、君たちそういう関係……あー、冗談だって。でもほら土御門、案外お似合いだと思うけど――暫くかかりそう、ね。了解、いくらでもとは言えないけれど、彼女の到着を心待ちにして待っているよ。うん、いつもみたいに準備が出来たら電話で呼んでくれ、うん、うん、了解了解。それじゃ、失礼するよ――」


 日比谷博文。

 日本における『二大神秘組織』の片方、【零課】の頂点に立つ【管理者】にして、何かしらの思惑をもってアズマを援助しているのであろう人物だ。正直なところ、アズマは彼について何も知らない。この一連の出来事についても、突然彼は巻き込まれたようなものだった。その元凶がたとえ自分だったとしても、それは不審でしょうがない話であった。

 さて、日比谷に呼ばれたアズマは、彼のその会話を聞き終わると、温和そうな表情で話しかけられることになる。

 彼は困ったように笑った。


「――待たせたね、アズマ君。どうも、年を取るといけないね。ついつい、長話をしてしまうよ」

「……いえ、大丈夫です」


 人気はない。

 その場では、アズマと日比谷以外の全ての人が眠っていることが見て取れることだろう。それはまるで、道端やそこら中で倒れていることもあって、気絶している風にも解釈することが出来るはずだ。

 そんな静寂の世界で、日比谷博文は一人立っていた。


「――それなら良かった。うん、これから、【太陽の巫女】と呼ばれている『霊術師』がここに来る。彼女さえ来れば、全てが元通りで一件落着ってわけさ。それはそうと、それまで雑談をしてくれないかな?」

「構いませんよ」

「――うーん、堅苦しいなぁ。私はもっと、君と仲良しになりたいんだけどね? まぁ、それは時間が解決してくれるとして――日本の【神秘】事情について話しておこうか」


 彼は片手に握ったままだった携帯電話を右のポケットに入れると、どうも歩きながら話すつもりのようで前へと進んでいく。話に聞いていないと、アズマはそれにせかせかと付いて行った。


「――日本には【魔術師】がいないんだ。日本という地域は随分と珍しくてね、【魔術】が唯一発展しなかった国――地域なんだ。その代わりに発展をした技術が【霊術】であり、それを扱うのが【霊術師】なんだ」

「【魔術】とは、違うんですか? 実際に戦ってみて、そこまで差異はなかったように感じられたんですけど」

「――この世界には、あるルールが存在していることには気づいているかい?」

「いえ……まったく」

「――世界そのものが何かしらを与える【摂理】、その与えられたものを世界を騙すことで使用する【魔術】、偽りの偉業をもって世界に何かしらを与えさせる【霊術】。【摂理】、これに君は組み込まれているはずだよ」

「……」


 嫌な予感がした。

 否、嫌な気配がした。

 何か、生命の危機――これからの人生に関わるような、そんな領域に片足を突っ込んではいないかと、本能が語りかけてくる。


「――【五英雄】……いや、この話はやめよう」


 だからだろうか。


「案外、私には時間が無くてね。世間話のフリをする時間は限られているんだよ。ちょっとした約束事で、私はあまりこの手の話をすることが出来ないんだ。まぁ、何はともあれ、【霊術】って言うのは、偽りをもって世界に与えられた技術なんだよ。偽札を本物のお金にする技術と言っていいね」

「偽物が……本物になる?」

「――エクセレント。その通りだよ、アズマ君。まぁ、そんな世界観だからね。偽物の神が本物の神になることだってある。噂話が現実になるし、都市伝説は神話になる。そんなハチャメチャな存在を我々は【怪異】と呼んでいるんだ。そして、それを殺す技術として【霊術】が存在しているわけだね」

「そう、なんですか」

「――他にも【霊能】というモノもあるんだけどね。これについてはまだ知る必要ないだろうし、そろそろ本題を話すとしようか」

「……」

「――【対神格・一級怪異殺し】。言葉の通り、神に等しい【怪異】を殺せる【怪異殺し】。私はこれの一員でね、こっちにおける【魔法使い】のようなものだと考えてくれて構わないよ。違うところは、【魔法使い】は共通の技術である【魔法】を扱い、【対神格・一級怪異殺し】は多種多彩な技術を扱うこと、かな?」

「……そ、それが?」

「――【対神格・一級怪異殺し】は日本に九人……いや、七人いる。九人いた、というべきかもしれないかもね。どうも、【対神格・一級怪異殺し】は問題児が多くてね。私は二人、国外に追放された人間に関わったことがある。ご存じの通り、そのうちの一人が【最悪の呪術師】なんだ。意外だろう、アズマ君? あいつと私は友達だったんだ。友達でありながら、あいつの凶行を止められなかったんだ。結果として、私は、あいつを倒すことに成功した。そして、後になって……、いや、何でもない。そんな【最悪の呪術師】が引き起こした最新の大騒動――この騒動を除いてだけど、それは君がノエルさんと接触した十月ごろに発生している。その一連の出来事で、三人の【対神格・一級怪異殺し】が覚醒したんだよ。その一人が、天後苦守って言うんだ。彼は色々あってね、彼も、日本を追放されることになったんだ。そして、僕は彼を助けるべきだった。でも、私にも立場があってね。ここですべてを無駄にはできなかったんだ」

「えっと」

「――あぁ、すまないね。思い出話に耽ってしまったみたいだよ。本当に、年は取りたくないよ。苦しみだけが積もっていく、楽しみは一瞬だって言うのにね」


 電話が鳴る。


「――どうやら、時が来たようだね。アズマ君、今ヨーロッパにはその天後苦守がいるはずなんだ。きっと、君を自らの同類だと思って、君に接触してくるはずだよ。その時彼が、敵か味方なのかは知らないけれど、分からないけれど、言いたいことはハッキリ言ってやった方が良い。確かに君と彼はよく似ているけれど、それは飽く迄、似ているだけだからね。偽物は本物になれる世界だけど、似た者はその者にはなれないんだよ、この世界は。他人は他人、そこだけははっきりさせておいた方が良い」


 日比谷博文は静かに笑う。

 まるで、何かを諦めたように。


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