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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章5、『予想外の来訪』


 どうやら、【最悪の呪術師】が再びレクシーに接触したのは、あの戦いのすぐあととのことだ。話の通りに、【超能力】を手に入れた生徒への対応――アフターケアと称するべきか――をするべく、今日までアズマの知れぬ存ぜぬように戦っていたらしい。


(……罪滅ぼし、みたいなもんかな)


 あの事件で、悪と呼ばれたのは確かに【最悪の呪術師】側だった。

 自分勝手な話だが、彼女はアズマの苦痛を代わりに担うために力を求め、その結果として、アズマからその立場を奪い取るために対峙することになったのだろう。悪に付いたのなら、彼女が何もしていなかったとしても、悪と呼ばれても仕方ない話だった。――まぁ、正義についても正義と呼ばれるわけではないので、悪しからずだろう。

 ――如何にも開発された都市の道のりを進むこと数十分、そこがくだんの転校生が移り住んだという寮らしい。


「あぁうん、やっぱり二年か。結局のところ、俺の二つ上ってことは変わりないんだな」

「え、あんた私よりも年下なの?」

「知らんかったん?」

「いや、まぁ、飛び級もありえるから普通か。……あんた、成績悪いのにどうして飛び級なんてできたの?」

「権力」


 ニヤリと笑みを浮かべて、親指と人差し指の先を繋げる。

 そんなアズマの目に捉えられたのは、呆れたようなレクシーの顔だった。


「……知りたくなかったわ」

「へへ、世の中全部これなのさ」

「知りたくなかったわっ!」


 互いにふざけた調子だ。

 それは、友人同士が楽しそうに会話をしている空間のように見えるだろう。


「……あぁ、でも、そうなの。だったら、納得だわ」

「ん、何が?」

「あんたがまだ、子供っぽいと思ったことよ」

「え、なに、俺今絶賛馬鹿にされた?」

「褒めてるのか侮辱してるのかそれじゃ分かんないわよ」

「しまったっ!!」


 自身の馬鹿具合を自分から口にしてしまった!

 茶化すように、そんなでたらめを口にする。そんなアズマの目を覚まさせるように――ゆっくりと諭すように、レクシーはアズマの方を見る。


「良くも悪くも、いや、これは悪いんだけど、あんたは今にしか生きていないのよ。その理由は簡単で……、ダイレクトに言うと、一切の余裕がない……私にはそう見えるの、あんたってやつは。ほら、子供って、案外単純だから、顔に出るのよ。それで、そのことに見て気づけるのは、余裕を持った人間だけ。大人って、その余裕を余った部分として別の仕事に回すから、結局は余裕のない子供と同じになっちゃうのよねぇ」

「……はは、頑張らなくちゃな」

「が・ん・ば・る・な!」

「結局は、俺の心の問題だろ? こう見えて、案外余裕って奴が出来てきたんだ。その結果、俺は納得できりゃぁそれでいいってことが分かったわけだ」

「納得できなきゃ駄目なんでしょ、それ」

「だったら、納得できるように頑張るしかないだろうさ」

「……」


 唸り声が聞こえる。

 随分と、不服そうなものだ。――どうしたのもかと、アズマは苦笑いを上げると、一方で、彼女は足を止める。


「ここよ」


 彼女は静かだった。

 静やかで、ついこの前の喧騒がまるで嘘のようだった。


「ここの三階らしいわ」

「そうか」


 閑話休題。

 【最悪の呪術師】側の目的は、アズマの味方をすることだった。

 さて、そのアズマ自体は日比谷博文と共にそれを返り討ちにしたわけだが、趣味の悪い人間はこう言うことだろう。

 ――アズマがいなければ、こんなことになっていなかった。

 と、そんな風に。

 諸悪の根源は【正義】に付いた。

 アズマは何と形容されるべきか。

 何はともあれ、そんなことを口に出されたら、何と返すべきかは明白だ。

 ――だったら、みんないなければ良いじゃないか。

 などと、そんな暴論を口にすればいい。

 そうすれば、その持論も又暴論であることに気が付くことだろう。――もしくは、どちらも当たり前のことだと思い、勝手に自滅していくかだ。


「……」


 例の寮の構造は、アズマのよく知るテンプレ的な建物と言えた。ノエルたちの過ごす寮とそこまでの差はない。差分なんて、若干人気がないぐらいだろう。

 そんなことを考えていた最中。


「よぉ、アズマちゃん」


 背後からだ。

 聞き覚えのない声だった。

 その割には、やけに馴れ馴れしい風を装っている。嫌な予感と共に咄嗟にアズマが振り返ると、そこには、


「っ!」


 半透明な業火が放とうと――その寸前である一人の男が立っていた。

 黒いオールバックの、季節外れなアロハシャツの青年が。

 音もなく、そこで立っている。


(不味いっ!)


 アズマの弱点は意外と多い。

 大火力かつ広範囲の攻撃をされたら最後、受けきる手段はもちろんないうえに、回避することだってできない。核爆弾を落とされたらもちろん死ぬし、それ以下の爆撃でだって死んでしまう――いや、無傷は無理だろうが、生き残ること自体はできるだろうが、それでも自分しか生き残ることは出来ない。広範囲な攻撃である限り、そこに味方がいる可能性は非常に高く、誰も死なせないという足枷を自らの課しているアズマにとって、それは弱点と言うよりも、天敵に等しい。

 例えば、目の前の業火なんかもそうだった。

 それゆえに、その類の攻撃に対する恐怖心は、何よりも大きい。少なくとも、ビビッて両目を思わず綴じてしまう程度には、だ。


 ゴォォォォォォォぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! と。


 対処が出来ないどころか、無防備な状態の彼に向かって、容赦のない焔が襲い掛かった。

 けれど。

 焦げたような匂いはしない。

 むしろ、熱くない。


「へぇ、あのクソ野郎の用意した【超能力】ってのも、意外と便利だな」


 今度は、感心したような風だった。


(……、なんだ?)


 ザー、と。

 形のある何かが波を起こすような音が耳に入る。


「大丈夫かしら、問題児」


 砂鉄の壁。

 普通に考えてみて、そんなものを作るための砂鉄なんてどこにもない。

 その勢いのままにレクシーの方を見てみると、彼女の体と服の間から、その砂鉄が湧きだしていた。おそらくは、いつでも戦えるように自らの体に仕込んでおいてのだろう。その準備のよさに感心しながらも、アズマが己の敵に視線を戻す。

 風が吹く。


「……あぁ、大丈夫だ」


 殺気はない。

 ただ、戦いを楽しんでいる類の気配がそこにはあった。


「あぁ、うん、こいつはヤベェな。あちゃぁ、コイツは不味い。ついつい、アイツの匂いがしたから攻撃しちまったけど、ここでドンパチやるつもりはねぇんだよなぁ。そもそも、用事は別だし」


 まぁ、丁度良いか。――笑みを浮かべられる。

 その口頭は吟味しているようで、面白そうにニヤリと笑っている。


 ――戦いは避けられない、か。


 【剣聖】はあるはずのない刀を握る。

 あの一瞬で自覚していた。

 相性は最悪であると。

 だからこそ、確信していた。

 これは倒すべき大きな壁なのだと。


「レクシー、防御は任せた」

「任されたわ」


 そんな戦時体制に入った二人を見据えながら、その青年はポツリと、あっけらかんと、平然と告げた。


「だからさ、降参するわ」


 その一言で、二人の全身が強張った。

 策略か。

 それとも、真実か。


「「……」」


 青年は楽しげに笑いながら、両手を上に挙げる。


「ほら、そうカッカしなさんな。俺ちゃんの目的はあんたらじゃねぇからさ。そもそも、ここには気まぐれで来ただけだしな」


 こちらに近づく様子もなく、彼はただ立っているだけだ。

 捕まるのではなく。

 捕まってやる、みたいな。


「……テメェは、何者だ」

「【対神格・一級怪異殺し】が一人、人呼んで【感情の美食家】」


 その若すぎる外見にそぐわない肩書きを高らかに彼は謳う。

 その様は負け知らずのレーサーようにも見えることだろう。――その雰囲気のベクトルは、アズマが『強者』と認知している人間とは違う方向性の強さを秘めていた。今を変える支配者ではなく、未来を変える革命家のような。

 彼はふてぶてしく笑う。

 そして言った。


「俺ちゃんの名は『天後苦守あまのち くもり』。よろしくな、ボーイエンドガール」


 とても犯罪者には見えない、明るい声色を含めながら。


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