第二章4、『アズマ・ノーデン・ラプラスの憂鬱』
さて、少しだけ話を戻そう。
アズマの所属するクラスの教室は三階にある。
その教室に入ると、
「アズマさん、おはよーでーす!」
と彼がゲームにハマってしまった全ての元凶が声をかけてきた。
アズマは親しげな笑みを浮かべながら、
「あぁ、おはよう」
そう口にした。
――イザベラ・ダーレス。数少ないアズマと親しくしてくれているクラスメイトのうちの一人であり、唯一彼が『思惑』無しで接することのできる人物である上に、アズマの知り合いで唯一【神秘】との関わりのない人物だ。
そして、アズマに続く形で一緒に登校していたノエルもまた声をかけた。それも、見て呆れたような声色で。
「今日も徹夜したんですね、イザベラ」
「はっはっは、私が徹夜をするのはゲームをする時か、流言を調べる時だけだ!」
「流言?」
「噂話や都市伝説、根拠のない話のことです。今じゃ、この言葉を使っている人は少ないですけどね。私の知る限りではイザベラぐらいしか使っていません」
「……噂話に、都市伝説、ねぇ」
心当たりがあった。
あれは、おおよそ一か月前の話である。
『オカルト部部長』にして、世界に十人――現状は九人しかいない【魔法使い】である天月未来からの経由で、この学園に伝わる【七不思議】をアズマは知ることになった。すると、その【七不思議】を起点として、【最悪の呪術師】と呼ばれている人物はこの場所で、生徒や教師だけでなく一般人までも巻き込んだ大騒動を起こしたのである。その結果として、それがアズマの味方であることを伝えるためだけに起こしたものであり、ある意味アズマが『三枝学園』にいたから発生したものだということが分かっている。
彼はその一連の出来事のケリを一応つけていた。
「っふ、良いじゃないか」
閑話休題。
イザベラはふてぶてしく笑う。それに冷たい瞳を差し向けながら、ノエル・アナスタシアは子供に教え込む教師のようにこちらを向いた。
「アズマ君、こういう人にはなってはいけませんよ。人は彼女のような人物を『中二病』と呼び蔑むんです」
「……ふぅん」
アズマはそう声を唸りながら、自分の席に座る――つもりだったが、実際には席に荷物を置いて、そこから一番近いノエルの方へと向かう。
騒がしい雑音の中で、はっきりとそれは聞こえてくる。
「だまらっしゃい! この道は誰でも通るんだから別に恥ずかしいことじゃないんですぅ! 昔の自分がそうだったからって言って自己嫌悪に陥って元同類を馬鹿にするなんて酷いっ!」
「ん、なら、ノエルも「違います」
笑って、ふざけた調子のその言葉は上書きされてしまう。
「い、いや、イザベラの言い分が正しければ」
「正しいですよ。ただ、『中二病』を忌避するのは元『中二病』だけではなく、それを見て呆れる一般人もいるって話です。もちろん、私は後者です」
――こ、これは、どっちかなぁ。
どうとも判断できる状況だ。だからと言って、どうとも判断していいわけではないだろう。これは、どのように判断するべきか。
「……それで、その噂話ってのは」
目を逸らす。
ふざけた調子で、やはり目を逸らす。
「あ、アズマ君っ!?」
「いや、それは分かってるって。普段のノエルからはこの大問題児みたいなことをしないってことぐらい分かるって」
「おいおい、アズマ氏。それは随分と酷い言い分じゃないか。……それはそうと、気になるか噂話」
「すっごく気になる、教えて教えて」
みたいな感じで煽てれば、イザベラ・ダーレスという人間は誰よりも調子に乗るなんてことはもう察していたアズマである。
「ふふん、聞いて驚け。私は裏ルートから驚きの情報を得たのだ!」
「うんうん」
「今日、転校生が来る!」
「……」
「あ、あれ、万人受けするであろうネタが死んでいる? 大切に温めておいた私の切札が、一瞬にして他界したっ!?」
「いや、そうじゃなくて……流行ってんの、転校?」
アズマは知っている。
アズマ・ノーデン・ラプラスは知っていた。若干感覚が麻痺ってその『行事』が普通かと錯覚しかけていたが、それは珍しいことなのだということを知っていたのだ。イギリスの事情は知らないが、イギリスにあるにも関わらず日本のルールやマナーだけでなく常識までもが浸透してしまっているこの『三枝学園』では、義務教育の性質上は小学校や中学校は転校生がいてもおかしくないのでともかくとして、高校では珍しいことを知っていた。
先々月にアズマは表向きは『転校』という形で『三枝学園』に滞在することになった。そもそも、中高一貫である『三枝学園』に転校してくるなんて話自体が珍しいのだ。
彼の口にした疑問には、そんな意味が含まれていた。
「いや、私に聞いても分からんことは分からんよ」
この発言によって噂話について確かに調べていたのだろうが、そのほとんどはゲームに費やしていたいことをアズマは察した。時間に対して得た情報量が少なすぎるのだから、当然の判断であった。
ただ、それでもまだ、
「それにしても、これはアズマさんもウキウキの情報なのだよ」
とのことである。
「何故に?」
「その転校生は日本人なのだ!」
「……あぁ、うん、話し相手が増えるかもな」
「えぇ、反応が薄いんだけど」
「いや、俺は俺の今の環境に満足してるからさ。友達がこれ以上増えたところで、疲れるだけじゃんって話なんだよ」
「平然ととんでもないこと口にすんじゃん、この人。ま、確かに、その転校生に構ってばかりで私をポイッと捨てられるのは堪えるかなぁ」
寂しいなぁ、と。
笑う。
笑ってしまう。
「アホか」
チャイムが鳴る。
ちなみにだが。
先生の口からは終ぞ転校生について言及されることはなかった。
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そんなわけで放課後である。
大抵の生徒は掃除を終えたのちはそそくさと教室を離れ、自習室へと勉学に励むか、青春を謳歌するべく遊びに向かうかで、教室に残る奴なんていないことは明白だった。そんな教室にて、イザベラ・ダーレスは不思議そうに頭を掻く。
「おっかしいなぁ」
やはり、アズマは笑った。
「裏ルート(笑)」
「うるせぇいやい!」
多分、嘲笑っていた。
「も、もしかしたら、明日の話かもしれませんし、ね?」
「そうそう、ノエルの言うとおり!」
「おいおい、ノエル。あんましこの女を甘やかすなよ、ほんと」
「いや、甘やかしているつもりはないんですけどね……?」
こう言ったら何だが、ノエルはいつも口だけだ。それを何とかするために――自分が何かを変える――というよりも、それを何とかするために――自分が何かを変えさせる――という感じだろうか。例えばの話、イザベラの生活習慣を何とかするのなら、アズマは無理矢理家に突撃して物理的に改善させるし、トム・ジェイソンならばその生活習慣の元凶を没収するなんて手段を取るはずだ。
ノエルの場合は、警告するだけなのである。
そんな雑談に勤しんでいると、
「アズマ、ちょっといいかしら」
そんな委員長委員長しているような凛々しい声が教室に響いた。
のらりとくらりとアズマは視線を後ろに移す。――現状、【神秘】を知る人間の中で最も信用できる人物がそこには鋭い顔つきで立っていた。
「委員長、何用で?」
レクシー・ブラウン。
彼女はクラス委員長である。
件の大騒動が起きる以前、何だかいろいろとむしゃくしゃして屋上に向かったアズマに関わったことで、同じくいろいろと面倒な目に遭ってしまった被害者とも言える人間だ。実際のところ、どうしようもない問題児を何とかするのが趣味のただの物好き――世話焼きである。同時に、唯一、アズマが無理をしていることに気づいている存在でもある。
「先生が呼んでいるわ、一緒に職員室に来て」
「えぇ、授業態度は改善したんだけど」
「成績は?」
「今日は天気が良いですね!」
「……はぁ」
ため息が聞こえた。
ため息をつかれてしまった。
きっと、疲れているのだろう。
いや、憑り『つかれて』いたというべきか。
何の力のない自分への嫌悪。
何もかもが口だけになってしまう自分への殺意。
何をどうしても当たり前から抜け出せない自分への怨み辛み。
そんな【呪い】に、憑り『つかれて』いた――若干、これは無理矢理かもしれない。
彼女は【最悪の呪術師】という物凄くはた迷惑な人物と関わったことで――それも、アズマを何とかするために――自らに【呪い】をかけることになったらしい。……と、アズマは伝聞として聞いている。ただし聞いていると言っても、実際に彼は一度としてそれの詳細を聞いていないためにそれが事実なのだと確証はできないのだが、確かなこととしては、彼女は【超能力】を手に入れたとのことだ。
何はともあれ、アズマ以上の問題児であるはずのイザベラ・ダーレス氏(十七)は思わず殴りたくなるほどの輝かしい笑顔を向けてくる。
「頑張れ、アズマさん!」
「えっと、帰ったら慰めてあげるね?」
イザベラもノエルも、その台詞の内容的にアズマが怒られることが前提なのが、どうも信用の無さが垣間見えてきて何とも言えない感情にアズマは蝕まられてしまう。
「……あぁ、頭が痛い」
「取り敢えず、言われたとおりに付いて来なさい。どうせ、まだ、校舎のどこに何があるかも覚えてないんでしょ?」
「あはは、クソったれ」
それもそうだな、と呟くとアズマは静かに席を立つ。
そして、
「ノエル」
「何ですか?」
声を掛けられたノエルが僅かに首を傾げる。
「イザベラと一緒に……てかお前、今日部活来る?」
「っふ、クリスマス付近の日程は残念ながらナイアガラ……つまるところ、ゲームにおけるクリスマスイベントで埋まってしまっているのだよ、アズマさん。と言うわけで、私がしているゲームのクリスマスイベントが終わるまで行くつもりはナッシングゼロ!」
「お、おう。――じゃ、じゃあ、ノエル。一人で部活に行けるか?」
「それは私の台詞なんですけど」
「その調子なら大丈夫そうだな。ちなみに、俺はまだ行き方を覚えていないのでブラウン案内ヨロシク!」
「……早くしてくれない?」
「へーい。じゃ、後でな」
そそくさと、他の生徒のように前に進んだ。
時刻は黄昏。
日本において、黄昏時というのは【怪異】が動き出す時間帯に相当するらしい。世間一般のイメージでは、そのような存在は暗闇の中で蠢くような光を嫌っているような存在のように思えるが、それは間違いなのかもしれない。飽く迄、苦手というだけで嫌いというわけではないのかもしれない。やはり、その朱色はアズマの心情を落ち着かせる――静かにさせる。波のない海のような、そのような心情にさせてしまう。
「……転校生が来るという話は知っているわね?」
レクシーはそう言って話を切り出してきた。その声は先程の世間話とはまったくの遠くに位置することをほんのりと香らせる代物だ。ふと、いつの間にか、周囲に人がいなくなっていることにアズマは気が付く。
ただ、人の気配が消えたわけではない。
どうも、どうやら、部外者には聞かせたくないような話らしい。
「あぁ、イザベルの話は本当なわけか。知ってる知ってる、それがどうかしたのかよ?」
「本来なら、今日から学校に通うはずだったらしいんだけど」
「来なかった、と」
そこまで言われれば、流石にアズマでも予想が出来る。それはともかくとして、イザベラへの評価を多少は改善させないといけないのかもしれない。そんな他人事なことを彼が考えているともいざ知らずに、イザベラは静かに続けた。
「ご名答よ。それで、先生はその生徒の経歴を見たらしいんだけど、酷い引きこもり癖があったみたい。私も必要だからって見せてもらったんだけど、酷いというよりも、まるで何かの仕事をしているみたいだったわ。ただ、知っての通り、うちはバイトが禁止。少なくとも、『三枝学園』が基本のこの街ではこれが破られることはないけど、もしも彼女が何らかの仕事をしていて、尚且つ今回もそれだったら……色々と不味いことになるのよ」
スラスラと頼んでもいない経歴を話されて、それは話のネタとして利用しているのだろうかと――何だか、嫌な臭いを感じ取ったアズマ。この手の話、大体の流れを彼は理解している。そして、彼女の遠回しな頼み方が病的なまでに良心的に見えてしまっているところも色々と染まってしまっているとアズマは思う。
念のため、彼はこう口にする。
「え、いや、何でそんな話するわけ?」
「今日の昼休み……と言うか、さっきにね。先生に頼まれたのよ、その生徒と話をしてくれって」
アズマは足を止める。
心底、嫌そうな顔をして。
「ヲイヲイ、その話に俺を巻き込むおつもりで? ……俺は何でも屋でも、何にでも使える万能な形容詞でもないのだよ。そーゆーのは、もっとコミュニケイションが特異な奴にやらせろよ。てか、そうするべきだ」
アズマ・ノーデン・ラプラスは孤独を好む――否、孤独が彼を強くする。それは誰しも、それが人間である以上、人間という生き物が一人では生きていない関係上、その道のりから外れるからこそ、予測もできず、当たり前では測れなくなってしまうからこそ得られる強さだ。
彼はいつの間にか、孤独になった。
孤独な彼に手を差し伸べた人がいた。
そこで、優しさを知った。
結果的に、それが彼をどこまでも弱くさせた。
だからこそ、もしもその生徒が自分と同類――もしくは、それに類似する存在ならば、自分は関わるべきではないとアズマは考えている。確かに彼は孤独を殺す優しさを知っているが、その存在を知っているだけで、彼自身がそれになれるというわけではない。少なくとも、表向きにしかそれが出来ない……そのことを自覚していた。それ故に、その役回りは自分には相応しくないのだと、茶化しながら口にしたのである。
ただ、
「分かるんじゃない、見知らぬ国で過ごし始めた時の気持ちは?」
彼女も考えなしってわけではないようで。
「……」
納得できるだけの理由が、そこにはあった。
救う術はない。
けれど、寄り添う術はある。
「手を貸して、アズマ。どうしても、あんたの力が必要なの」
どうしても。
どうしても、かぁ。
「……分かったよ、貸し一だ」
「ありがとう」
「それで、俺は何をしたらいいんだ?」
「ついてきてくれたらそれだけで良いわ。あとは、話をしている時に後ろからフォローしてくれたら嬉しいかしら」
「ん、あんま期待すんなよ」
「それなりに期待しとくわ」
この関係がどうしようもなく心地よく感じてしまうことに、その事実からアズマは目を逸らしている。言うなれば、この関係は信頼関係に値しているのだ。信頼関係、それを彼は心から待ち望んでいたと言うのに、彼はそれから目を逸らしている。――彼の抱えている問題は、思っている以上に重苦しかった。
「……つまり、この話をするために先生の名前を出したわけか」
「いや、それだけじゃないわよ」
「? じゃあ、それも終わらせようぜ」
早く帰りたいし、と。
そう口にしようとした時だった。
「では、そのご要望にお応えしましょうか」
その人物と関わりはない。
以前に、その体で接触したのは、彼女であって彼女ではない。確かに、妖精のような彼女の肉体とは関わったことがある。だが、その肉体を主は、彼女ではなかった。そして、それが発生するために必要な条件は、あの青年――日比谷博文によって、完全に失われたはずだ。
「……生徒、会長?」
「いいえ、違います」
日本で最初に国外追放処分を受けた【呪術師】――人間と切っても切り離せないものを【呪い】と解釈した狂人――当たり前を受け入れられなかった人間のうちの一人――生徒会長の皮をかぶった『人間』は、違和感を覚えてしまうほどの馴れ馴れしい笑みを浮かべた。
そして言った。
「僕は今、【最悪の呪術師】としてここに立っています。ふふん、日比谷が僕を舐めすぎた結果がこれでしょうね」
得意げに、そう言ったのだ。
「い、いや、はぁ!?」
「ふふふ、あなたは僕の想像以上の――想定以上の反応をしてくれるので、何だか調子に乗っちゃいそうです」
「れ、レクシー、これ、え、どういうことだ!?」
「私が聞きたいわよ」
「まぁ、これはただの残り香と思ってください。おそらく、これ以上の接触は不可能と思ってくださって結構です。……実のところ、後始末をしたくですね」
「後始末?」
嫌な予感がした。
さっきの面倒ごとよりも、また違うベクトルの面倒ごとの匂いがしていた。
振り返りをしましょう、と。
「僕はとてもすごくて強いのでこの学園の生徒と教師などなどエトセトラなる全員に【呪い】をかけることに成功しました。それも、【超能力】を【呪い】だと無理矢理定義して。それによって、学園で過ごす『ほとんど』の人間が【超能力者】になったわけなのですが、あの日比谷博文に『ほとんど』見事祓われてしまって。結果として、実質的に被害は『ほとんど』ない状態で終わりました」
「待って、『ほとんど』を強調しているところを見るとこの先の展開が見えてきたけど、待ってくんない?」
【最悪の呪術師】は口をつぐんだ。
代わりに、レクシー・ブラウンはこう告げた。
「……【超能力】は使えないけど【神秘】と関わっている判定を受けてしまっている生徒が多数存在しています」
「何やってんだよっ!」
「だって、しょうがないでしょう、僕は呪術を極めた頂点に立つ【霊術師】です。神の力に頼っても祓いきれない【呪い】の一つや二つ意識しなくても作ってしまいます」
「しまいます、じゃねぇよっ!」
「と言うわけで、後始末をあなたたちに任せたいわけです」
無責任な話――ではないのか。
責任を取ろうと責任を押し付けられている、が正しい表現となることだろう。そもそも、責任を取ろうにも【最悪の呪術師】はもうここへ接触することは出来ないはずだ。こうして、話せているだけでも奇跡的だろう。
「で、どうやって【呪い】を祓うんだ?」
「僕の作った護符で祓います」
「うん、それはどこにあんの?」
生徒会長に残った『残り香』……とやらのおかげで今話せている関係上、これが最後だと言っている関係上、その護符とやらを作る時間もないのではなかろうか。そもそも、見たところではそれを【最悪の呪術師】が持っているようには見えなかった。
「これよ」
「……レクシーが持ってるわけを聞いても良い?」
「実のところ、今までブラウンさんに協力してもらっていたんです」
「だから、あと一人よ」
「レクシーでも対処できることなのに、どうして俺を巻き込んだ?」
まるで、もうレクシーだけじゃ対処できないようではないか。
それを肯定するように、【最悪の呪術師】は笑う。
「【零課】から【霊術師】が派遣されたからですよ」
【零課】。
【怪異】を殺す【怪異殺し】の中でも、異彩を放っている集団。イドラから話に聞いたところによると、【神社本庁】――日本古来から【怪異】を殺してきた組織――が集団戦の数の暴力ならば、【零課】はそれを一瞬で覆せるほどの個を保有していると言える……らしい。
つまり、今回の敵は一際強い。
「……え、つまり、それと戦うための要員として俺は呼ばれたわけ?」
「はい」
頷かれる。
「はい?」
「はい」
「はい、じゃねぇよぉぉぉぉぉぉお!」
戦うのは良い。
だてに戦闘狂をやっていないのだから、むしろ喜ぶべきでもある。問題は、味方のはずの【零課】と戦うことが前提になっていることだ。絶対、絶対に、これには裏がある。
そうに決まってる。
「一応、【霊術師】との本格的な戦闘経験は積んでおいた方が良いと思いまして。あれを【魔術師】と同じだと考えていたら、後々痛い目を見ますよ?」
余計なお世話だ。
そう思いながらも、その気持ちだけではもったいないと思うアズマは、不機嫌そうに眉を顰め、頭を掻きながら、
「……はぁ、了解了解。承った。俺はもう帰るぞ、ノエルも待ってるだろうしさ」
そう言って、背を向けた。
これ以上、関わるべきではないから。
正直に言うと、もっと関わりはしたいけれども、世界の闇と馴れ合ってしまったら最後、ノエルの元に居られなくなってしまうだろうから。アズマはもう、これ以上は関わるべきではないのだ。
「返答を変えるつもりはないですか?」
救いの声。
「何度も言わせるな、気持ちだけ受け取っておくよ」
それは既に、拒んでいる。
「それは残念ですね」
「レクシー、【超能力】の件で文句を言いたいなら今だぞ」
「……別に、何もないわ」
案外、この生活は退屈じゃないし。――随分と意外な話だが、レクシーは享楽主義なのかもしれない。
「じゃあ、何度でも言うけどさ。もう、二度と俺の身内に手ぇ出すなよ」
「身内、ですか。あなたにとって、どこからどこまでが身内なのか、これほど判断しかねる話はないでしょうね」
「ま、もう二度と悪いことをすんなって話だ」
「それは――」
――無理な話ですね。
やはり、彼女は笑った。
苦笑いだった。
「……ついでだ、レクシー。今から例の転校生の寮に行くぞ」
「急じゃないの、それ」
「知るか、こっちに合わせない奴にこっちが合わせる必要はねぇよ」
社会不適合者予備軍が何を言ってるのかと言われそうだったが、生憎とそれを言及する者はこの場には居なかったようだ。彼の言葉を誰も遮ることなく、静かにアズマは言葉を続けた。
「イドラ、いるよな?」
霧が晴れるように。
いや、霧が一つに集まるように。
「ここに」
シスター・イドラはそこに居た。
「ノエルを連れて帰ってくれ。多分、オカルト部にいるはずだから」
「了解致しました」
五里霧中。
それが相応しい言葉だろう。
「……まるでメイドみたいね」
「そういやぁ、アイツも常時仕事みたいなもんだよなぁ。うん、俺も頑張らないと」
「? 何の話よ?」
何でもない、と。
そう告げて、平然と二人は足を揃えた。
彼らはここで気づくべきだった。
どうしようもない、その異変に。