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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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プロローグ2、『現実逃避』


 アズマは訝しんでいた。

 所謂、お金の話である。

 ラプラス家……と言うか、アナスタシア家の財政状況は、その一員であるノエル・アナスタシアでさえ、よく分かっていない。ただ、理解をしようとしてないわけではない所だけは知っておいて欲しい。これでも、努力はしているのである。

 【世界神秘対策機構】、それに所属しており、尚且つ、その組織の中では参謀とされる立場に立っているのが、【パンドラ】である。それゆえに、この組織の平均収入は知らないが、その額は莫大なもののはずだと考えられる――のだが、依頼者に対して必要経費たるスマートフォンを買い与えない時点でそれは怪しくなってきてしまっている。と言うか、あれの中毒性を考えてみれば、【剣聖】だとしても、アズマがまだ若いことを知っていれば、仕事の邪魔になれないようにしている可能性もわずかにはある。

 否、その可能性が何よりも高い。

 ノエルがバイトもせずに好き勝手に買い物や料理をしているところを見れば、財政面が残念なことにはなっていないことは明白であった。――その財政にものを言わせず、これは高い、これは安いと判断を下せる程度の常識をノエルが持っているところを見ると、もはや流石としか言いようがない。

 さて、本題を話そう。

 なんやかんやあって、アズマは今、ほとんどノエルと家族に等しい密度で行動している。その関係上、お金とか必要なものは必要経費として、ノエルが支払っている(もちろん、それが本当に必要かどうかは話し合っている)。そんなある日、実のところ、あまりアズマとノエルの関係を知らない――護衛と護衛対象の関係と思っていたのであろう――我らがクラス委員長レクシー・ブラウン氏(十六)が、こう尋ねてきたのである。


「……ヒモ?」


 この言葉の意味をアズマは知らない。

 だからこそ、こう口にした。


「紐って……あの、結んだりするやつ?」

「自らは働かず、女子を自分の魅力で惹きつけて経済的に女子に頼る、あるいは女子を人材供出して収入源とする男性って意味だけど?」

「――なるほど、喧嘩を売っていることだけはよく分かったぜ。と言うか、胸を張って教えることじゃねぇよ! まぁ、良いさ。さっさと来いよ、レクシー。俺はもう、女だからって一切の容赦はしねぇからな?」

「……あぁ、なるほど。そゆことね」

「おい、人の話を無視した上に勝手に一人で納得すんじゃねぇ」

「あんたの給料をノエルさんが管理してるってことでしょ?」

「待て待て、話が飛躍しすぎてる」

「いや、あんたがお金払ってるところ、一度も見たことがなかったから」

「……、あ、あぁ。うん、それは納得だわ」


 こんなエピソードがあったわけである。

 よって、アズマは訝しんだ。


 もしや、自分はただのダメ人間ではないか、と。


 ただし、これは深く考えてはいけないなと、すぐに思考停止したわけではあるが。

 自宅にて、アズマはポツリと呟いた。

何の脈絡もなく、呟いたのである。


「もう、十二月かぁ」

「そうですねぇ」


 ぼんやりと言葉を返してきたのは、ノエル・アナスタシアだ。

 さて、アズマ・ノーデン・ラプラスはニートではない。

 逆に、むしろ、常に仕事をしていると言える。なにせ、彼の仕事は『ノエル・アナスタシアの護衛』であるからだ。具体的には、同じ家に住み、共に学校に通い、行動を共にする、というものである。さて、十二月と言うと、学生にとってのビックイベントが存在している。


「冬休みって、あるじゃん」

「ありますね」

「冬休みって、休暇みたいなもんじゃん」

「そうですね」

「俺に休暇って、ある?」

「……」


 黙られてしまった。

 そう、アズマには休暇がない。

 その仕事の性質上、常に仕事をしているまでもある。もはや、これはブラック企業ではないだろうか。


(いや、不満はないんだけどさぁ)


 その思いに、一切に嘘はなかった。

 口下手なアズマからしてみれば、ちょっとした世間話をしたようなつもりで口にしたことだったのである。その思いを口に出せば、気を使われていると思われかねないし、口にしなかったとしても、ノエルはそのことを深く気にしてしまうかもしれない。無限地獄とはこれのことである。


「で、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて、俺はスケジュールを確認しておきたいわけなんだぜ」

「……確かに、そうですね。アズマ君って、結構融通が効きますから大体のことには対応してくれていましたし……それについて深く考えていませんでした。……すいません」

「いや、それはそれで退屈しないでいいんだけど。――まぁ、何だ。来月は一月でお正月だ。所謂、ニューイヤーって奴だ。流石に里帰りするだろ? 今月、思った以上に行事が多すぎるんだよ。だから、事前確認をな。一人でこれをするのは、結構寂しけり」

「しましょう!」


 さて、これはいわば、どうせイレギュラーでメチャクチャになるから、せめてレギュラーだけは、今後対策できるようになろうという発想からきた、ただの雑談だった。

 そう、それだけだったのである。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 まず、最初に三枝学園日本校との交流会がある。

 全ての元凶はノエルを誤魔化すために咄嗟に嘘をついたアズマである。事前情報が正しければ、主な内容は日本校とイギリス校の生徒同士の食事会、その後日にルール内容不明の勝負事をする、らしい。ちなみに、勝利した方が、日本校の場合、イギリス旅行のチケットを、イギリス校の場合、日本旅行のチケットを手に入れることができるらしい。


 次に、ノエルの里帰りがある。――ノエルとアズマの里帰りというのが正しいかもしれない。

 ただ、ノエルの護衛の他にも、【魔法会議】という、【魔法使い】の会議にアズマは招集されている。このこともあって、正月だとしても、アズマには仕事が残っていると言える。

 つまり、学校が終わったら、まずは日本に向かい時差ボケに溺れ、それが終わればすぐにイギリスに向かって【世界神秘対策機構】のお偉い様と情報交換をして、その後、【魔法会議】とかいう訳のわからない会議に、アズマは参加しないといけないなんてことになっているらしい。

 多忙な人生だなぁ、と。

 アズマは切に思う。


「……頑張るか」


 自身に休日があるのか、それに関して、アズマは考えることをやめることにした。

 どうしようもない悪癖だ。

 どうしようもなく現実逃避だ。

 どうしようもなくたって、時間は前に進んでいく。

 少なくとも、それが停滞を生み出すことを彼は自覚しているのだ。

 それでも、だとしても、かの臆病者は。

 ワールシュタットを目指し、前へと歩む。


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