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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
十月の例外
92/133

えくすとらA-3『浮いた人、逆らった人』


 風はない。

 翼もない。

 だというのに、彼女はそこに降り立った。


「よっと」


 天月未来、彼女は類稀なる『才能』を持っている。

 この世界で数人程度しか――それぐらい珍しいと言う意味で――これまで存在していなかった【魔法使い】に成れる素質を持っているのだ。そんな彼女が、いつから【浮遊の魔法使い】として名を上げたのか……それを知る人は少ない。そもそも、やろうと思えば誰でも手を伸ばせる【魔術】ならまだしも、その希少性から名前はまだしも使い方は周囲にハッキリとされていない【魔法】に関する情報はほとんどない――【神秘】の技術体系がまったく異なる――日本において、魔法使いに成れる素質がある子供が生まれるならまだしも、文字通りに魔法使いが誕生するなど前代未聞だった。

 彼女は何処までも前代未聞だった。

 さて、そんな彼女は今、『三枝学園』からおおよそ一時間程度をかけて、イギリス本土のとある場所に着陸していた。何を隠そう、アズマとノエルから盗み聞きをしたことによる逃げるついでの行動である。


「【黄金】、久しぶりだぜい」


「……何の用だ、【浮遊】の」


 年齢に沿った風の大人びた女性だった。その風貌は美しく、服装が違えば何処かの貴族かと思われることだろう。若すぎた外見と言うわけでも、年老いている外見でもない。おそらく、文字通りに丁度良い外見を持ち合わせていた。

 天月は箒を宙に浮かせると、それを椅子代わりに座った。


「いやはや、情報伝達をしてほしくて。流石にこれを機構の連中にもう知られるのは早すぎるだぜい」


「要点を話せ。こう見えて、私は多忙なの」


 不機嫌な大人を見て、「やれやれ、こんな大人にはなりたくないぜい」とわざとらしく告げると、飛び上がるように箒から降りた。


「【魔法会議ワルプルギスのよる】の開催を要求する。強制参加者は全員、特別ゲストは【剣聖】、アズマ・ノーデン・ラプラスってことで一つよろしく」


 それを聞いた【黄金】は目を見開く。


(うまく興味は引けたみたい)


 そして、彼女は口を開いて言った言葉は、


「……全員だと?」


 時の人である【剣聖】が会議に参加することではなく、【魔法使い】を全員参加させろと言うこれもまた前代未聞の要請への驚愕だ。それだけで異常と言うのに、そもそもの根本の話で、【理想郷アヴァロン】に幽閉されているはずのマーリンさえも参加要請するのは、どこかおかしい話だったからだ。

 そもそも、山奥に引き篭もっている魔法使いに回ってくる情報は少ないだろう。

 天月は箒の方を向いて、片足を上げて、そのままもう片方の足を上げて、両足の裏を箒に乗せて、バランスゲームのように両腕を広げた。


「あぁ、【夢幻】は気にしないで欲しいぜい。死人までも、【魔法使い】として数えるわけじゃないだろ?」


 その一言で、空気が凍り付いた。


「……ありえない、【奇跡の担いアルカナ・ジーザス】でも相手しない限り、あの方が死ぬわけがない!」


 その叫び声と同時に、天月の体が揺れた。バランスが崩れたのか、そのまま地面に倒れそうになる。


「あっそ」


 そして、止まった。


「固定概念でアイツに倒されたきゃ、好きにしやがれってんだい」


 次に彼女は箒を握る。すると、月夜に照らされるように蒼穹に上昇し始めた。


「待て、まだ話は!」


「終わってる。わっちはそっちの言うとおり、話の要点だけを話したぜい?」


「……いちいち、気の触ることをする」


「テストに出るから忘れないように……わっちは【浮遊】。当たり前の中で浮いているのはもちろん、異常の中でも浮いている、そんな何とも言えない属性を持つ魔法使い。じゃあの、【黄金】。心配しなくても、今代の【剣聖】はフレイ・ノーデン・ラプラス以上だぜい」


 風はない。

 翼もない。

 そんな彼女にとって、空気なんてものは無いも当然だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 要求書

                         アンナ・フォーチュン


 【浮遊】及び【黄金】の推薦から、【白銀】、【元素】、【錬金】、【占星】、【北欧】、【禁呪】の魔法使いに対する【魔法会議】の招集を命じる。これを放棄した者には、しかるべき罰が与えられることとする。

 議題内容は『【夢幻の魔法使い】、マーリンの死亡に対する対処』である。

 彼の者の死を見届けたとされている【剣聖】、アズマ・ノーデン・ラプラスを客人とし、約九名を想定とした話し合いを行いたい。

 また、これらの情報を外部に流出することを禁ずる。



 思わず、絶句してしまう。

 いつの間にか、机の上に置かれていた紙をすらっと見通すと、何やら不穏なことが書かれていたのだ。状況は何やら読めないが、面倒ごとであることに違いはなかったのだから。


(……マーリンが死んだ、ですか)


 【黄金魔法】。

 これを大雑把に説明するのなら、形あるものを自由自在に呼び出したり送り出す代物だ。おそらくは、それを活用して、【世界神秘対策機構】の【統括団長】、またの名を【白銀の魔法使い】に、彼女――ウムル・ノーデン・ラプラスに【魔法会議】の開催を要求する手紙が送られてきていたのだろう。


「いつもの嫌がらせですか、【浮遊】のやつめ」


 彼女はそう口にすると同時に、自然と手紙は燃え始めて、彼女はびくりとしてそれを地面に落としてしまった。そのまま、手紙は灰となり、塵と化そうとしている。それをしゃがんでぼんやりとウムルが眺めていると、バシャ―と上から水を掛けられた。


「……僕までかけられた理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


「思い付きで火遊びをする成人女性に対して、少々のしつけが必要と思いまして」


「……」


 【統括団長】と【白銀の魔法使い】。

 これらの肩書を持つのは同一の人物である。しかし、それに応じて、彼女は対応を変えなくてはならないのだ。【統括団長】としての立場を【白銀の魔法使い】として使用してはならないし、【白銀の魔法使い】として得た情報を【統括団長】として使用することは出来ない。むろん、この手紙の内容も知られるわけにはいかなかった。ここまで考えて天月が手紙を送ってきているのだとしたら、それこそ、天才の、前代未聞の領域だろう。


「統括団長様、彼女はどうするおつもりで?」


 どうやら、仕事の時間のようだった。

 ウムルは一つ咳払いすると、


「どうもこうも、無罪放免しかないでしょう」


 私情抜きでそう告げた。

 古くからの無礼者かつ『支援者パトロン』である、ジャック・ド・モレーは納得しきれないように顎に手を当てた。


「……確かに機構は、パンドラが裏切るという形で派遣した【剣聖】に救われました。おそらく、彼がいなかった場合、機構の刺客はノエル・アナスタシアと接触していたはずで、それにより【三枝財閥】との対立は確定したことでしょう。しかし、これはただの偶然です。パンドラの叛逆は明確かと」


「これまでの彼女の偉業を見れば、それは帳消しになるはずです。そもそも、僕でもできない組織の管理を他の誰がするんですか?」


「だからと言って、彼女に罰を与えないのは間違っています」


 効率論から見た結果が、この結論である。

 ならば、それに影響の出ない程度の罰を与えるべきなのも確かだ。


「……感情論はお好きですか、ジャック?」


「と言うと?」


「しばらくの間、彼女とノエルの連絡を取れないようにしましょう。表向きは、立場上の話と言うことにして」


「……娘の声が聞けないことが、罰と?」


「これが一番でしょうね。いえ、母親にとって、最大の苦痛でしょう。保証します、その苦しみは、僕が一番知っていますから」


 正しくは、娘ではない。

 彼女は先代の【白銀の魔法使い】、ウムル・アナスタシアが死ぬところを目前で目の当たりにしている。死人に会えないのは当然のことで、会えない人は死人に等しいという逆説論だった。


「了解しました」


「世話を掛けますね」


「いえ、これが私の仕事ですから」


「では、その仕事のついでに一つお願いが」


「何でしょう?」


「……ごめんなさい、と。そう告げておいてください。後日、直接謝罪に向かいます」


「自分勝手な行動をしたのは、あちらだと思いますが?」


「……かもしれません。ですが、それは僕の思いが許せない。言ったでしょう、感情論だと。結局は、気持ちの問題です」


「ウムル、あなたの弱点は身内に甘いことです」


「しょうがないでしょう、僕は機械じゃありませんよ?」


「……その名前を受け継いでから、随分とあなたは人間らしくなりました。だからこそ、私は憂いているのです。まさか、【転生者アナスタシア】に復讐心を抱いているのではないだろうか、と」


「まさか、僕は【賢者】ですよ?」


 おどけるような調子だった。

 自分が頭が良いことを主張する子供の様にも見える。


「ええ、そうでしたね。あなたはやはり、賢者と呼ばれるに相応しい。……では、これで失礼します」


 それを聞いて優しく微笑んでジャックはそう返すと、静かに部屋を出る。

 そして、ウムル・ノーデン・ラプラスは静かに笑った。


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