序章8、『少女の独白』
どうしよう、暇だ。
ベットに飛び込んで、ふと『ノエル《わたし》』はそう思った。
取り敢えず、どうしてこうなったのかを私は考えてみることにする。
死んだはずの幼馴染が生きていた。
正しくは『行方不明』だったわけだが、私は自然とアズマがすでに死んでしまっているものとして、何処にもやりようがない感情を収めていた、蓋もせずに無視し続けていた……そういうことにしていた。
しかし、生きていた。
けれど、あのアズマはある意味死んでいる。
そうとも思う。
だって、あのアズマ君は、この私のことを知らないのだから。
それに、もしかしたら、あのアズマ君は、ただのそっくりさんかもしれない。
なのに、私はあの他人に等しいアズマ君を死ぬほど愛おしく感じてしまう。
愛情という感情に見えない蓋をしていなかった所為で、すっかり感情の抑え方を忘れてしまっていた。
だから、私にちょっとした感情が湧き出る。
今度こそ、アズマ君を私だけのものにしたい、と。
「――そういえば、母様と私って、血の繋がりなかったっけな?」
結局は、唐突な思い出しでその思考さえも意味はなくなる。
【パンドラ】と言う名の母親を持つ生徒は、校長室に来てください。
考えてみれば、アズマ君の取ったこの行動も、なかなかに不安点で確実とは言えない方法だったとも思う。だって、他に【パンドラ】と言う名前の母親を持つ生徒がいたら、この作戦は絶対に失敗していた。
――いや、違う。
逆に、何故自分が正解であると考えた?
私は間違いの可能性だってある。
実は母様に私とは違って血の繋がっている娘がいて、だから母様が指す娘が私じゃない可能性だってある。
ノエル・アナスタシア。
考えてみれば、この名前だって、母様じゃない母と父が残したものだ。
私は、母様が生きた意味として成立しているのだろうか?
何故、人が生きるのか。
アズマは、子供を産んで育てるためと言った。
母様は私を生んだわけじゃない。
母様は私を育てた。
母様は生きる意味を果たせているのだろうか。
「――って、駄目だなぁ、私。この癖直さなきゃ」
信じられないような現実が目の前にある時。
人はとりあえずは『受け入れる』か、『拒絶』する。
私の場合は、信じたくもない可能性をわざわざ考えて、そしてわざわざ自滅する。
聖人のように受け入れて、風船のように破裂する。
それは、人間らしいのか、それとも、人間らしくないのか、私には分からない――判断することは出来ない。
ただ、少なくとも、その時は、どんな風な声色になるのかは、よく体験するからこそシッカリと理解できていた。
だから、私の失言から、彼が……アズマが現実逃避できるように、わざとらしく茶化したのだ。
――私は母様に愛されているのだろうか?
意味もなく、そんな言葉が脳裏に浮かんできた。
そして、その疑問が『いけないこと』だと瞬時に首を振る。
「……はぁ、暇だな」
何をするべきか。
「あはは、まったく――憂鬱だなぁ」
考えるだけで嫌になる。
レールの上を歩けることが、どれほどに楽で。
そして、同時に辛いのか。
私は分からない。
きっと、私には分からない。
私は私が分からない。
携帯の着信音にしていた最近の流行りの音楽が鳴りだす。
「……ん、ん?」
――『トム・ジェイソン』。
そう名前が出されている。
「――もしもし?」
「良かった、繋がって! 本当に、どうしようかと思って!」
いつも無気力な声をしているトムにしては、随分と声を荒ぶらせていた。
「ど、どうかしたんですか?」
「イザベラが攫われた!」
「……え?」
「黒いローブを着た男に連れてかれたんだ!」
「ひ、ひとまず、警察に連絡を……」
「駄目だ、したら殺すって!」
考えなくては。
そんな義務感が私を襲う。
だから、ひたすらに、思考する。
あの放送の時、イザベラは何をしていた?
――確か、寝てたはずだよね?
黒いローブの男?
――もしかして、アズマじゃないよね? ……違う!
殺す?
――あの、善良なイザベラを?
私には何が出来る?
――勘違いの責任を果たすこと。
「……今、何処にいますか?」
気が付けば、考えるまでもなく、そんな言葉を口に出していた。
「学校の屋上、とりあえずここは安全だろうし」
……何故、安全なのだろうか?
――分からない。
だけど、けれど、私はこう口にした。
「分かりました、私もすぐに向かいます」
ここで一つ。
私は約束を破った。