第一章終幕、『合コンにて』
夜が来た。
今回の一連で、多くが失われた。
しかし、ありがたいことに、命までは無くなることはなかった。
つまるところ、【剣聖】アズマが恐れる日常の崩壊は起きないわけだった……のだが、しかしながら、非情なほどに非常に運が悪い。
ポツリと、ボンヤリとした風に、唖然としながら彼は呟く。
「家が、焼けました」
黒焦げだった。
アズマ当人からしてみれば、別に燃えても困るようなものは全て持ち歩いているからか、大きな影響はなかったが、拠点を失ったのは本当にきつかった。
そんなアズマに対して、日比谷は平然とした様子で言う。
「ノエルさんの寮でしばらく過ごしてね」
それを聞くと、アズマは困惑したかのように顔を顰ませた。
「え、いや、それは困るんですけど……」
日比谷は諦めることを推奨する。
「拒否権はないよ。頑張ってね、アズマ君」
と。
先日にこんな会話があった。
一人用の部屋に、三人が住むって、相当ヤバくはないだろうか。
倫理的にも、面積的にも。
「アズマ君、一緒に寝ましょう?」
「……それ、恥ずくないの?」
「いえ、まったく」
「俺は恥ずかしいんだけどなぁ」
「……アズマ君は、私のことが嫌いですか?」
「ちょ、好き、好きだよ。うん、大好き。だから、泣くのはやめてくれ」
「……泣かないと、好きになってくれないんですね」
「いや、違うから」
「わ、私は、嫌われてる?」
「……普通はさ、好きな奴には、中々人間って奴は素直になれないんだ」
「じゃあ、好きなんですね、私のこと!」
「察してくれ、お願いだから」
「じゃあ、察します」
「寝るか」
「寝ましょうか」
「床で寝ようかな」
「それくらいなら、私の抱き枕になってくださいよ」
「……ノエルが望むのなら、俺はそれで構わないよ」
多分、きっと、かつての自分なら、そうしただろうと無理矢理にアズマは納得する。それを聞いて、ノエルは笑った。
「なぁんて、冗談ですよ」
「……冗談か」
「でも、一緒に寝ますよ」
「え、何で?」
「私と一緒じゃないと、アズマ君寝ないじゃないですか」
「えぇ、だけどさぁ」
「ほら、愚痴愚痴言いません!」
「……はぁ」
日常は流れゆく。
状況は何も変わらない。
信用もできない仲間が増えただけ。
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同時刻。
街の景色はガヤガヤと。
その場所は、福岡県の博多。
黒く短い髪に蒼い瞳の青年は、スマートフォンを素早くいじりながら、静かに誰かを待っていた。すると、その手が唐突に止まる。そして、彼が顔を上げると、パッと表情が明るくなった。
スマートフォンをポケットにしまい、片手を上に挙げて大きく元気そうな声で。その和服を着た同年代らしき青年に話しかける。
「や、そうちゃん。久しぶりだね!」
日比谷博文。
日本の【神秘】を牛耳る一角である【零課】の頂点に当たる人間。
それを聞いて、面倒くさそうに黒い髪と黒い瞳の青年は苦笑いする。
「……お前も元気そうで何よりだ、ひろちゃん」
土御門相殺。
日本の【神秘】を牛耳る一角である【神社本庁】の頂点に当たる人間。
「それで、何の用だ?」
「ちょっと、会ってほしい人がいてね」
「『ちょっと』で、一組織の頂点を呼び出さないでほしいんだがな」
「ごめんごめん。でも、後悔はさせないからさ」
「期待はせんでおく」
「変わらないね、君は」
「お前は変わりすぎだ、馬鹿野郎」
「それで、どこで会うんだ?」
「ここで集合。ちょっと待ってね」
「日比谷さーん」
「お、来た来た。噂をすれば、何とやら、だね」
「……外国人か?」
「イグザクトリー、マイベストフレンド」
ルーン・ワールシュタット。
ヨーロッパの【神秘】を牛耳る一角である【奇跡の担い手】。
「こんばんわ、ルーンさん」
日比谷はニッコリと笑う。
土御門はこの笑顔が嫌いだった。
普段の日比谷を知っている彼からすれば、その笑顔は不自然以外の何ものでもない。率直に言ってしまえば、気持ち悪かった。
「このオッサン誰?」
一瞬、誰のことだと思う。
「強い人」
と、日比谷が言って、初めて自分のことを言っているんだなぁと気が付いた。
聞かなかったことにした。
もちろん、少女の発言の方を。
「間違いじゃないが、多分、自己紹介としては間違ってるぞ、博文」
「へぇ、結婚できなそうな人だね」
「……ひろちゃん、俺はコイツを殴るか、ここで帰るかの二つの選択肢があると思うんだが、どう思う? 俺は女性に、それも年下には、手を出したくないから、後者を選びたいんだけど」
「駄目だぞ、本当のことをそうストレートに言ったら!」
「やっぱ、お前を殺すわ」
「協定上、私と君は戦えないはずだけど?」
「……ゲームだ」
「良いよ、何で勝負する?」
「ああ、丁度良い。面白そうなゲームを見つけてな」
「え、ほんと? どんなん?」
「……あの」
「ああ、忘れてた。それで、このガキがどうかしたのか?」
「チョー失礼な人じゃん」
「いやぁ、ごめんね。一応、それぞれ、立場としては同等だから。それはそうと、この人も呼んだ人のうちの一人なんだからね。それで、ルーンさん。ウムルさんは?」
「いやぁ、分からないんだよねぇ」
「――すいません、遅れました」
瞬時に、癖で、土御門は殺気立つ。
まるで、急にそこに現れたかのように、一人の女性が現れたからだ。
それはまるで、幽霊のように。
生気がないとも言っていい。
「噂をすれば、だね」
ウムル・ノーデン・ラプラス。
ヨーロッパの【神秘】における、力の象徴。
たった一人で、国一つを滅ぼした後、そこら辺の国もまとめて返り討ちに出来るほどの力を持っている……らしい。
「あー、話についていけねぇ」
「頑張れ」
「……」
「ウムルっち、私と一緒に来たよね?」
「こらこら、空気は読んでくださいよ。僕としても、急用だったから、しょうがなかったんですよ」
「どんな用事ですか?」
「旧友を助けに行っていました」
「それは良いことだよ、ウムルさん。友達は、多いだけ良い」
「それで、今日はどんなジャパニーズフードを御馳走してくれるんですか、日比谷さん!」
「あれ、餌付けされてる?」
「ひろちゃんらしいな」
「それはそうと、こっちに来て」
「ん、どうかしたか?」
「ほい」
次の瞬間。
意識は移り変わる。
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土御門は唖然としていた。
まさか、街中で【霊術】を使う馬鹿がいるとは思ってもいなかったのだ。
「……お前の【霊術】、本当に便利だな」
「……【転移魔術】ですね?」
「どちらかと言うと、【転移霊術】だよ、ウムルさん。それと、今日ご馳走するのは、もつ鍋です!」
呆気らんと、日比谷はそう言う。
「も、MOTUNABE!?」
「バエるんじゃない、ウムルちゃん!」
と、仲良くウムルと日比谷は肩を組む。
「博文のテンションにすらついていけないんだけど、俺」
「チョー同情する」
「イイヤツダナ、オマエ」
「感情がこもってない。マイナス一億点」
「そっちも、仲が良さそうだ」
「お前の目は節穴か? ……いや、お前の鼓膜は空洞か?」
「……と、その前に、済ますべき話を終わらせようか」
「――ええ、正直、そっちの方が興味あります」
日比谷は告げる。
「【感情の美食家】の国外追放処分。その受け入れの条件は?」
ウムルは聞き届ける。
だからこそ、無理難題を口にした。
「そちらが所持している【九大神秘刀】を渡してくだされば、いくらでも受け入れましょう」
パン、と日比谷は手を叩く。
「はい、重要な話終わり! 飯食おー」
「……俺が来た意味ある?」
「話そうよ、いろいろとさ。現代はグローバル化だよ」
「……そうかよ、そうですかよ!」
今日もまた、世界は平然と回り続ける。
明日もまた、世界は訳も分からず変化する。
その先こそが、ワールシュタットの最果てだ。




