第一章52、『本気と書いてマジと読む』
【魔法使い】。
そして、【剣聖】。
この場にいる、最高戦力が集う。
最初に動いたのは、【剣聖】だった。
「っ!」
ぶっきらぼうに腕を振るい、あるはずのない刀を投擲する。それを見た『不死鳥』は、咄嗟に横に飛ぶ。
「天月!」
「あいよ」
トン、と。
天月の手が、【剣聖】の背中に優しく触れる。それはまるで、彼の背中を押すかのようだった。すると、その勢いに身を任せたかのように、あるはずのない刀を握りつつ、【剣聖】は『不死鳥』に向けて地面を蹴る。
そして。
そこには、重力は無かった。
「なっ!?」
真横。
バグではない。
チートでもない。
当たり前の法則に則って、一瞬で【剣聖】は『不死鳥』の元に辿り着いていた。流れに身を任せつつも、体を斜めにしつつも、彼はあるはずのない刀を握る。
「ちっ!」
再び、『不死鳥』は後ろに飛ぶ。
そして、刀を一振り。
同時に、空気からの振動が『不死鳥』の体に触れる。
「まだだっ!」
通り過ぎる寸前、そんな声が『不死鳥』の元まで響く。
力強く。
二本の虚刀が風を斬る。
反射的に、奥の手の一つである炎の翼を『不死鳥』は展開し、空高く上空に飛翔していた。
ドォン、と衝撃音が真下辺りで響く。
それも、二重に。
一つは、【剣聖】が壁にぶつかった音だ。
もう一つは、【浮遊の魔法使い】が蒼穹に飛翔した際の衝撃音だ。
箒の先が腹部に直撃する。
「っあっ!」
上へ。
上へ。
蒼穹高く。
じりじりと、箒の先が肉を抉る。
みぞを穿たれた悶絶で、意識がはっきりとしない。
元が人間の体である以上、そこが弱点であることには変わりはない。それゆえに、激痛ゆえの無音の悲鳴を彼女は挙げていた。
しかし、彼女も無駄に年月を重ねたわけではない。
「……」
光が生ずる。
それを見て、【浮遊の魔法使い】は咄嗟に『不死鳥』から距離を取る。
炎だ。
冬であることを無視するように、勇ましく燃え盛る。
「……ふぅ」
ため息。
その次の瞬間。
ノーモーション。
『不死鳥』の体の重さが増した。
景色はさらに加速する。
地面へ。
地面へ。
そうやって、いくら羽ばたこうが、地面へと墜ちてゆく。
「……」
轟音が鳴る。
着地する。
神聖なる鳥は、地面に這いつくばっている。
「……クソっ!」
よろめきながらも、彼女は立ち上がる。
場所は体育館。
先程とは変わらない。
と言っても、『不死鳥』の墜落により、この辺りは後の形もなくボロボロになっていた。だからこそ、『不死鳥』は不信感を抱く。
先程。
このあたりには、【剣聖】がいたはずだと。
ならば、【剣聖】は先程の墜落に巻き込まれているはずだ、と。
『不死鳥』は自身の目を疑う。
そこには、傷だらけの【剣聖】が立っている。
問題は、その傷が増えていないことだ。
どうやって、先程の二次災害を防ぐことが出来た。
少なくとも、彼女は。
考察よりも観察をしておくべきだった。
風が揺らめく。
風が動いているわけではない。
二次的に、変化する。
「……まさか」
その軌道は一点集中。
まるで、『不死鳥』が小さな星になったかのように、数えきれないほどのあるはずのない刀が、四方八方から引き寄せられてくる。
その時、ようやく『不死鳥』は気が付いた。
そう、自分はあるはずのない刀を避けることに成功していたわけではない。むしろ、避けるまでもなかったのだ。その、必要がなかったのだ。
「がっ!」
血が咲く。
咲き誇る。
まっすぐと。
蓄積された虚空の刀が、『不死鳥』の全身に突き刺さった。
確かに、【剣聖】は『不死鳥』に向けてあるはずのない刀を投擲した。しかし、それは残念なことに、狙いとなる彼女に突き刺さらなかった。その理由は実に簡単である。そう、目の前にある『空間』に突き刺さったのだ。
あるはずのない刀は、『そこ』に突き刺さっていたのだ。――馬鹿みたいな話だが、それは可能だが、その問題点として、時空が僅かに歪んでしまうことが存在するのだ。ただ、問題点と言っても、この技術には実害はない。この問題点は、どちらかと言うと、『弱点』と言うニュアンスの方が相応しく、同時に正しい。
もちろん、それだけではない。
【浮遊の魔法使い】と『不死鳥』が上空で戦闘している頃。
【剣聖】は地道に『そこ』にあるはずのない刀を突き刺し続けていたのだ。
一編の迷いなく、一心不乱に突き刺していたのである。
可能性が低い話だが、もしも、戦闘している相手が重力や空間、時間などに関与する類の存在ならば、『そこ』にあるはずのない刀が刺さっていることに気が付くことが出来るかもしれないのである。それが出来る人――アズマが知る限りでは、一人しかいない。
「……っ!」
『不死鳥』の視界は薔薇のような赤で包まれる。もはや、それ以外の視認が出来ないほどに包まれる。
けれど、一つ、見えたものがある。
ニタリと、天月は――【浮遊の魔法使い】は笑っていた。
忘れてはならない。
否、知らなくてはならなかった。
空を箒で飛ぶ程度のこと、【魔術】にだってできる話だ。そもそも、彼女の元々のイメージがこれだったのだ。
いわば、イドラ。
いわば、偏見。
僅かに生まれた焦り。
同時に出来た空白。
それによる、思考停止。
死なないからこその悪い癖。
蓄積された知識の中。
ポトリと、流れ出てくる。
その【魔法】の本質が、【重力の操作】であることを。
何かが刺さる音がする。
それは無音だ。
けれど、『不死鳥』はそれを認知していた。
時空の乱れを、彼女は見据えていた。
カチャリと、金属音が響く。
その手に握るのは、【九大神秘刀】が一本、【暗黒刀・影鏡】。
刻まれたるは【影の世界のルーン】。
そして。
宿す【魔術】は【偶像】である。
「……【限定魔術――」
ハキハキとした声だった。
まさに、嬉々としたような声だった。
「――影鏡】!」
キィン、と。
甲高い音が鳴る。
まるで、刀を刀で力強く叩いたような。
その効果は、『偶像と本物の被害共有』。
例えば、写真の中のアズマの髪を斬れば、実際のアズマの髪も斬れる。――今回は、その応用である。
言うなれば、あるはずのない刀を一直線に殴ることで、他に存在するあるはずのない刀を同じように殴られたかのような事象を起こす。
「――」
血の色の花火の音だと、『不死鳥』は解釈する。
それと同時に、思考が途切れる。
体が、チリジリになる。
文字通りに、裂き乱れる。
バラバラになった肉片が、ボトリボトリと地面に落ちる。
限りなく、『死』に近い状態を『不死鳥』を成し遂げていた。
「――」
あと一押し。
地面に落ちた肉片が、青白く燃えて灰と化そうとしている。
アズマや天月には、それは魂の残り火のように見えていた。
だからこそ、確信する。
決着は近い。
そう思われていた。