第一章51、『蒼穹飛ぶ魔法使い』
体育館。
両者。
互いに手を出さない。
にらみ合いが、しばらく続く。
すると。
痺れを切らしたように。
最初に動いたのは、天月未来だった。
と言っても。
タン、と天月未来は足の裏を地面につけただけだ。
そう、思われた。
言ってしまえば、『不死鳥』は油断していたのだ。
専門家――スペシャリストというものを、舐め腐っていたのだ。
年を取っていたからか。
慣れ合いすぎたからか。
【魔術師】としか、戦ったことがなかったからか。
気が付けば、天井が床になる勢いだった。
ドンっ。
ドンっ。
ドンっ。
……と、天井に何かがぶつかる音が三度鳴り、そして文字通りに天井が、三人を押し潰さんと迫ってくる。それを何とかしようと、『不死鳥』が行動を起こそうとすると、その体と地面を密着させる。
ポツリと、小さな声が響く。
「死ね」
【浮遊の魔法使い】。
その本質は、重力の操作にある。
一切の身動きが出来ないまま、『不死鳥』は天井に覆い隠された。……が、しかし。
「……」
つい、見て呆れる。
二か所。
明らかに、普通ではない箇所がある。
一つは、不自然に膨れ上がった部分。
おそらくは、【転生者】が絶対防御の壁でも発動させたのだろう。
そして、もう一つ。
そこは、赤く腫れあがっていた。
溶けて。
融けて。
熔けて。
そこから人影が現れる。
「やっぱり、【転生者】にビビって、仕留め損なうんじゃなかった」
「いや、言っておくけど、これは『不幸』でも、『不運』でもないから。ただ、未来はるか先に先延ばしされていた事象が、今目の前にあるだけに過ぎないの」
声色は冷たい。
おそらく、普段の彼女を知る者が聞けば、必ず絶句すことだろう。
それを嫌がったからか。
「……」
それを聞いて、『不死鳥』の拳に炎が纏う。
殺気が、熱気と共に、この空間内を支配する。
その次の瞬間。
「っ!」
再び、『不死鳥』は重力に押しつぶされた。
ただし、殺気のとは少し違う。
『不死鳥』は微動だともしていないのだ。
いわば、荒業。
そこから身動きできないように、【浮遊の魔法使い】は重力を各所で調整していた。
そして。
「がっ!」
重力で殴る。
「がぁっ!」
重力で蹴る。
完全な殴り合い。
否、完全なる一方的なリンチ。
それが、真の意味で成立する。
変化が一つ。
『不死鳥』を中心に、炎が舞い上がる。
「――舐めるなぁぁぁぁぁ!」
紅色の炎が、暴発する。
けれど。
届かない。
風が、阻む。
ただ。
それだけだった。
「はぁ」
ウンザリしていることが丸わかりな、そんなため息だった。
「……」
「それはわっちの台詞。そもそも、ノエル・アナスタシアと言う重要人物に、あとちょっとで【剣聖】に負けてしまいそうだった奴を、護衛につけると思う?」
「猫を、被っていたのか?」
「手加減してただけ」
「……何故だ」
「あれ、知らなかったの?」
『不死鳥』も見ずに、ポツリポツリと呟きながら、どこからか、空き缶を取り出す。
「わっちはね、結構な戦闘狂なんだぜ」
ゆったりと『不死鳥』を見て、それを投げた。
クルクルと。
クルクルと。
『不死鳥』へと向かって、なに不自然なくアルミ缶は宙を舞う。
そして。
「ところで、知ってる?」
唐突に、彼女は言う。
「――アルミ缶は、爆弾になるって話」
それと同時に。
アルミ缶は、爆発した。
「どう、爆発の痛みは?」
「……舐めた真似を」
「止めてくれない、わっちを悪者扱いするの?」
「笑わせるな、趣味が悪い……」
「いやいや、別にダメージ目当てでさっきの使ったわけじゃないから」
「……なに?」
「さぁ、手加減のお時間です!」
体から重圧が抜ける。
文字通りに、手加減をするつもりなのかと、『不死鳥』は天月を睨みつけるが、周囲を静寂が支配しているだけだった。
そう、『だった』。
「――見つけたぞ、フェネクス」
声が響く。
「ノエルを返せ!」
天月未来はいつものように、【剣聖】に話しかける。
「ノエルの安全は確保したぜい。あとは、このレディをしばくだけ」
「手を貸せ、天月!」
大きな声だった。
それを聞いて、ニヤリと彼女は笑う。
そして、何処からともなく飛んできた一本の箒を掴むと、静かに嘯く。
「言うまでもなく――」
こうして。
「――最大限、協力するぜい」
【剣聖】は戦場に突入した。