第一章47、『ネクロマンサー』
死の風が吹く。
それを知っていたからこそ、アズマは顔を顰めた。
深い緑のローブを着ている誰か。
その雰囲気は何とも表現しがたいものだった。
殺気。
敵意。
闘気。
少なくとも、存在感が普通ではなかった。
「そこを退け、誰かさん」
返事はない。
否、必要ないから省いたのだろう。
「初めまして、アズマ・ノーデン・ラプラス。私の名前はネクロ。シスター・ネクロ。所謂、キョンシーと言うやつだ。そうだな、イドラの姉と言えば、より容易に理解できるか?」
イドラの姉。
また、身内がらみの話だった。
「……答えろ。テメェは、俺にとって敵か、味方か」
「味方だ」
「だったら、そこを退け」
「それは無理な話だ。私の役目が果たせていないからな」
「……役目?」
「【転生者】。その後継者には、それぞれ、貴方のような立ち位置の存在が必ずいた。だが、誰もが、失敗した。【運命】に抗うことは出来なかった」
「だからなんだ?」
「私の母は、その存在に当たる人なんだ。どうだ、手を組まないか?」
「何を言っているんだ、テメェ」
「同情しているんだよ、母さんは」
「同情だと?」
「このままでは救えない、貴方の姿を見てな」
「……そこを退け」
「交渉決裂、だな」
「っは、笑わせるな。まず、交渉にもなってねぇよ」
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額に貼られたお札。
それを聞いて、アズマが最初に連想したのは、キョンシーだった。
キョンシー。
もともと中国においては、人が死んで埋葬する前に室内に安置しておくと、夜になって突然動きだし、人を驚かすことがあるのだと、昔から言われていた。
それが『キョンシー』――正しくは、『僵尸』である。
ちなみに、『僵』という漢字は『死体が硬直する』と言う意味で、動いても、人に知られたり、何かの拍子ですぐまた元のように体がこわばることから名付けられたらしい。
キョンシーになる条件はおおよそ四つ。
一つ、なんらかの事由によって風水的に正しく埋葬されていない者が、人間にある三魂七魄のうち魂がなくなり魄のみもつキョンシーになる。
二つ、なんらかの事由によって、恨みや嫉みによってこの世を去った者が、死後も魄・怨念をもつことによりキョンシーになる。
三つ、符呪師や道士の符呪や儀式により、故意に埋葬されていない死体に魄を入れることによりキョンシーとなる。
四つ、キョンシーにより傷つけられた生身の人間やキョンシーにより殺された人間もキョンシーになる。
少なくとも、四つ目はアズマにとって、最大の恐怖となるものだった。
それはそうと。
伝承曰く、体が硬くて関節が曲がらないらしい。
「嘘だろっ!」
……のだが、今目の前にいるキョンシー少女は、スラスラと拳で攻撃してきているわけだった。
「知らないのか? 硬直は、時間が経つと共に、段々と失くなっていくことを! 時間さえあれば、普通の人間とそう大差なくなる!」
そう言って、ネクロは何もない空中を殴る。
それは、至って意味のない行動のように見えた。
「っ!?」
その直線上に立っていたアズマに、その風圧が直撃し、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
(くそっ、……イドラがいないから【暗黒刀・影鏡】が使えないし、ホント約束が足を引っ張る人生でした!)
攻撃は出来ない。
まず、効くかが分からない。
それ以前の問題。
イドラの姉。
ネクロはキョンシーになっている。
ならば、それは、ネクロは、すでに死んでしまってはいないだろうか。
「――クソったれ!」
今の状況。
不明。
救えるもの。
不明。
しなきゃいけないこと。
ノエル・アナスタシアを助け出せ。
「ふぅ」
あるはずのない木刀を右と左の手に握る。
タッと、軽く地面を蹴る。
そして。
【剣聖】は殴り掛かった。
キョンシーは吹き飛ばされる。
それは太鼓をたたくかのように。
吹き飛ばされて、宙に浮いている中、殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
相手に攻撃する隙を与えぬように
物理現象は無視されていた。
そして。
遂に、動かなくなる。
「……硬いな」
「……」
「はぁ」
「……貴様、本当に人間か」
「ああ、人間だ。まぁ、と言っても、【剣聖】だけどな」
「……どうやら、本気を出すしかないようだ」
「――そうか、だったら、足止めが必要だな」
その体はボロボロだ。
正直、足手まといにしかなれないかもしれない。
だが、嬉しそうにアズマは告げる。
「……遅い、ジェイソン」
呆れたようにジェイソンは返した。
「来ただけ感謝しろ、アズマ」
既にトム・ジェイソンは【魔術師】ではない。
だからこそ、初めて彼はアズマの横に並ぶことが出来た。
「それと、レクシー」
「……何よ」
「無理はするな」
「……それだけ?」
「すまなかった」
「……何で?」
「止められなかった」
「こちらこそ、ごめんなさい」
「……それで、イドラはどうする?」
「もちろん、残らせていただきます」
「それと、【暗黒刀・影鏡】をくれ」
「はい、こちらでございます」
「……逃がすと思うか?」
「――逆に」
雷鳴が煌めく。
「――それをさせると思うか?」
手榴弾のピンを抜く。
「っ!」
牽制はこれで十分だった。
【剣聖】は大声で言う。
「任せた!」
「「「任された!」」」
塵も積もれば山となる。
いや、三人寄れば文殊の知恵だ。




