第一章45、『再戦』
日は沈もうと、体を横にしようとしていた。
そんな時。
「……イドラの次はアズマかい」
ポツリと。
年齢の割に幼げな声がアズマの耳に入ってくる。
「……ノーム」
その手には、一本の大剣。
どうやら、【地震刀・清守】は閉まっているようだった。
彼女はその剣先をこちらに向けて、静かに告げる。
「さぁ、殺し合いの続きをしようか」
まさに、準備万端。
今にでも斬りかかってきそうな様子だった。
「すまんが、今はそれどころじゃない」
一方、状況が状況のため、アズマは逃げ腰だった。
「……作戦は成功。第二段階に行こうってだけだよ。どうやら、こっち側を舐めすぎたようだね」
「俺は一度もそう思ったことはないけどな」
「いや、アズマじゃない。あの優男のことだよ」
「……」
優男。
まさか、日比谷のことだろうか。
「まぁ、逃がしはしないよ」
「いや、逃がさせてもらうぞ」
【剣聖】はあるはずのない刀を握り、真剣に戦うのではなく、逃れるためのアクションを取ろうとする。
次に、彼が最も聞きたくはなかった宣言が聞こえた。
「――【神代領域】」
ある種。
「っ!」
それは死刑宣告に等しい。
「――【世界樹根・万能工房】」
逃れられない監獄に。
アズマは再び、捉えられた。
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世界は変わる。
移り変わる。
瞬時に。
アズマの持つ数少ない知識が浮かび上がる。
憶測しろ。
頭の中に詰め込まれた情報を元に、敵の正体を看破しろ。
例えば。
――世界樹。
いわば、北欧神話に存在している巨大な樹である。その根は、各世界に繋がっており、この樹が枯れると、世界は終焉を迎えると言う。そんな、北欧神話において、物語の主格を担っている樹の名前を冠する【神代領域】。
気が付くと。
「……」
アズマは、その樹の枝の上に立っていた。
それまでの時刻が、何秒間かは、アズマには分らなかった。
「……クソ、ノームはどこ行った?」
そう言って、一歩前に進むと。
「っ!」
視界の右斜め上から、一本の槍が飛び出してくる。
それを咄嗟に、あるはずのない刀を右手で弾くが、それと共に周囲から様々な武器が【剣聖】に向けて放たれていることに彼は気が付いた。それと同時に、右手だけに握っていたあるはずのない刀をもう片方の手でも握る。
そして。
矢。
(斬れる!)
剣。
(弾ける!)
槍。
(返せる!)
盾。
(もはや武器じゃないけどやれる!)
ハンマー。
(きついけどやれる!)
などなど。
(全部、いなし斬る!)
S極とN極がひっ付け合うのと同じように、重力を無視していた。明らかに、まともなものではなかった。
迎撃を迎撃する。
「クソっ!」
数々の武器をいなすと共に、アズマは周囲を見渡していたが、やはりノームの影は見当たらない。
この現状が続く限り、【剣聖】にノームが勝つ手段はないにもかかわらず。
「……」
アズマ・ノーデン・ラプラスの弱点。
遠距離攻撃。
遠隔からの攻撃。
親しい人からの攻撃。
大規模な攻撃。
このすべてが一致する。
「なるほど」
疲労がたまる。
思考をする度に、もしくはそれ以上に、数々の武具が、【剣聖】に対して雨のように降りかかる。
しかし。
「無駄だ」
その行動に変化はない。
そもそも、ノームは【剣聖】の性質を理解しているはずだ。ベクトルが違っても、先代【剣聖】の師匠である限り、彼女は【剣聖】とは何か理解が出来ているはずだった。ならば、今、自分がしている行動も意味がないことに気が付いているのは道理のはずだった。
簡単に言えば、今の攻撃方法を続けたとしても、【剣聖】を撃破することは不可能と言うことだ。
つまり、ノームの目的は『アズマ・ノーデン・ラプラスの殺害』ではない。それではない目的があることになる。
情報を整理しよう。
最初の敵。
ヴォジャノーイ。
その目的は不明。
むしろ、そもそも目的が『七不思議』があるように信じさせるようなものだった。
第二の敵。
【人形師】。
これも【最悪の呪術師】の目的からして、ヴォジャノーイと同じものだった可能性が高い。少なくとも、目的はアズマと接触する程度のものだった。
第三の敵。
【伊勢の番人】。
これも不明。
ただし、【伊勢の番人】とレクシーとの会話を聞く限り、情報を提供する程度の目的だったと思われる。
第四の敵。
【最悪の呪術師】。
その目的はアズマ・ノーデン・ラプラスを救うこと。
ここで、これまでの敵対行為は、ただの過剰演出だったことが判明する。
そして。
第五の敵。
ノーム。
その目的は不明。
少なくとも、アズマを殺すつもりはない事だけは分かる。
情報を整理すると、今回の一連で戦闘をした相手の大半は、アズマ・ノーデン・ラプラスに敵対する類の目的を持っていない。そして、【最悪の呪術師】と共に行動している以上、その目的は、アズマ・ノーデン・ラプラスにとって、有益なものである可能性が高い。
つまり。
考えうる可能性は。
「……足止め」
そして。
その場合。
アズマにとられたくない行動は。
「……」
【剣聖】は地面を蹴る。
ノームを見つけたわけではない。
むしろ、それは、ノームを見つけるためのモーションだった。
その先は。
バンジージャンプでも、こんなに高くはないであろう空中。
そう。
アズマは外へ、己の身を投げ出した。
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地面に落ちる。
空に浮かぶ。
重力が体を震わせる。
不思議と、恐怖は無かった。
これは、アズマにとっては、つい先月に体験した恐ろしい出来事に最も近いものでもある。
「もう!」
今回は一人ではない。
予想通りに事が進み、アズマはニヤリと笑った。
「……風が涼しいな、ノーム!」
「本当に、馬鹿だね、アンタ! それに加えて、まさに『あの娘』がしそうなことを、よくも、こうも平然と!」
「……どうせ、オマエの目的は時間稼ぎだろ?」
「ああ、そうだよ、まったく勘が良い! 誰に似たんだい!」
「オマエの弟子、俺の師匠だよ。……じゃあ、死にたくないから早くこの【世界】から解放してね」
結局は他人任せだ。
ただ、成功したから別に構わない。
読みが違ったらなんて話は、どっちみち関係ない。
ただ、死んでいただけの話だ。
「ああ、もう、本当、嫌にならないのかい?」
「何が?」
「アンタの性質上、これがいつも相手にされてることなんだろう?」
「ご名答。うん、本当に楽だわ。いやぁ、こりゃ、誰だってこうするわな」
「……逃がさないよ」
「つまり、仲良死ってわけか」
「まったく上手くないよ!」
そう彼女が言うと、ワーギャーとノームは騒ぎながら、片手でゴソゴソと、ノームは小さな袋を漁り始めたのである。
「――【魔法の帆船】!」
伝承曰く。
イーヴァルディの子らが、かの英雄の方の『フレイ』のために作ったと語られているのが、この魔法の帆船である。
伝承では、船のうちで最もすばらしいと言われており、更には、全ての神族を乗せうるほど巨大な帆船であるが、折りたたむと袋に入るほどの大きさになるとされている科学者びっくりの代物だ。さらにさらに、この性質に加えて、帆を張った時には、どこからともなく風が吹き、この船を前に進めることができる。
もちろん。
これは本物ではない。
飽く迄、ノームが作り出した贋作の一つだ。
それが、二人の真下に現れる。
「なるほど」
「理解が早くて助かるねぇ」
両者。
船上に着地する。
そして。
「「さあ」」
互いに一つを諦める。
「「真剣勝負と行こうじゃないか!」」
【剣聖】と【鍛冶師】。
専門分野は言うまでもない。
だからこそ。
勝敗の結果は、語るまでもなかった。