第一章44、『魔法使いの回想』
天月未来は日本人である。
出身は福岡県。
具体的には小さな田舎。
数年前に焼けてなくなってしまったが……。
そんなわけで。
彼女の年齢は18歳。
ピチピチの女子高生である。
そんな彼女は、ある人のツテで『三枝学園イギリス支部』に辿り着いた。
そして。
何を隠そう。
天月未来は【魔法使い】である。
その数は十一――ではなく、現在は十人。もしかしたら、十一人かも知れない。
基本的に、日本人の【魔法使い】は珍しいとされている。
理由としては、まず前提として、【魔術】や【魔法】と言った西洋式の【神秘】が、日本にはまったく定着していないことが挙げられている。
そのため、たとえ、【魔術師】や【魔法使い】の【才能】があったとしても、それを使えるようになるための【縁】がないのである。
彼女はそう考えると。
彼女は実に運が良かった。
平凡とは呼ばれず、特別と呼ばれるようになった彼女は、本当に運が良かったのである。
しかし、その代償は大きい。
繰り返すが、西洋式の【神秘】は日本はまったくもって定着していない。
その分、日本での、彼女に対する風当たりは随分と強いものだった。
だからこそ。
彼女は嫌いだった。
【魔法】が嫌いだった。
どうしようもないほど嫌いだった。
【魔法】さえなければ、【普通】の中で平凡で居られた。
馬鹿にされるだけで済んだ。
【魔法】さえなければ、【異常】の中で狂人で居られた。
忌み嫌われずに済んだ。
憧れは。
無知無知な少女だった。
だから。
彼女は日本を離れた。
幼い彼女の精神には、向けられた悪意はあまりにも大きなものだったのである。
彼女は【普通】にはなれなかった。
彼女は【異常】にはなれなかった。
彼女はどちらでもなかった。
だから、彼女は【普通】に憧れを持った。
だから、彼女は【異常】に憧れを持った。
出来ないことに憧れを抱くのは、誰だって当然の心理だ。
誰だって、手は伸ばすものだろう。
遠い日の記憶。
「確かに、それはひどい話です。ですが、それはどうしようもない話でもある。よくある話ですが、偏見を消そうとすれば、新しい偏見が生まれるというジレンマと同じですよ。馬鹿にされても、馬鹿にしない。その分、貴女と同じような人が誰かを馬鹿にすることは難しくなんですから。忌み嫌われても、忌み嫌わない。その分、貴女と同じような人が誰かを忌み嫌うことは難しくなります。貴方が、僕たちが目指すべきは、問題の打倒ですよ、天月さん」
誰かがそう言った。
誰かは続ける。
「……天月さん、お願いがあります。貴女に、一人の少女を見守ってほしいのです。彼女の平穏を守ってほしいのです」
聞けば、その少女は死んでしまう【運命】を持っているらしかった。
【普通】の中で、【異常】として死んでしまうらしい。
自分とは、全くの真逆だと思った。
だから、その少女には、普通の中で死んでほしいと思った。
先輩として、彼女に関わって半年が過ぎた。
敵は居なかった。
だから、平穏が続いた。
【魔法】が好きになりつつあった。
そんな日常が。
続いていた。
そんな中。
それは突然と現れた。
彼女の幼馴染の死と共に。
どうしようもない。
変えようもない現実。
反省するまでもない。
反省できるものはない。
少女は変わってしまった。
彼女はより一層。
【魔法】が嫌いになってしまった。
そんな。
【魔法】が嫌いな【魔法使い】が彼女だった。
だからこそ。
彼女はいつまでも浮き続ける。
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コトン、と。
中々に洒落たティーカップを天月は机に置く。
中身は空っぽだった。
彼女の目の前には、憧れの少女であるノエル・アナスタシアが向かい合うように椅子に座っている。
自らの仕事を果たしたがゆえに、だからこそ、彼女にとってはすることもなく、それゆえにポカーンと思考停止で何かをしていた。少なくとも、呼吸はしていた。それほどに、彼女は考えることを放棄していたのである。
そんな状況で、本能のままに、彼女はポツリと零すように呟いた。
「ノエルちゃん、結構変わったよね」
「そうですかね?」
ノエルはキョトンと首を傾げる。
当然だろう。
おそらく、ノエルにその自覚はない。
それに気が付けるのは、以前の彼女を知っている者だけだろう。
「変わった変わった。丸替わりよ」
「……やっぱり、アズマ君の影響ですかね?」
「わっちはそう考えているぜい」
同時に、【転生者】の所為とも。――その彼女が聞いている可能性があるため、そうとは言わないように口を噤む。自分自身の実力くらいは、彼女だって自覚していたのである。
キラキラと目を輝かせながら、ノエルは天月を見つめる。
「どんな風に変わりました?」
「……」
それを聞いて、僅かに天月は視線を逸らした。だからこそ、その行動をノエルに怪しまれないように、そのままティーカップを片手で持ち上げる。
「もしかして、お代わりですか?」
どうも、お代わりをくれないと話さないぞぉ、とノエルには思われたようだった。
「うん、お願い」
そう言いながら、天月はノエルにティーカップを差し出した。それを彼女は受け取ると、ゆっくりとゆったりと立ち上がり、台所へと向かった。
それを見て、天月は苦笑いをする。
――ここ、アズマの家だよね?
その割には、ノエルの動きはまるで自分自身の家かのような振る舞いだったことに対してだ。
次に、にたりと笑う。
「ふーん」
背伸びをしながら、音を僅かに欠伸をする。
「……」
とてもじゃないが、言えなかった。
チラリと天月に見えた時計は、時刻が六時を過ぎていることを知らせている。
「もうこんな時間か」
コトン、と。
「じゃあ、教えてください」
また、音が鳴る。
それはそうと、彼女はそんなつもりは一欠けらもなかった。
だからこそ、ニッコリと笑う。
「自分で考えてから考えようね」
「……えっと、それはどういうことですか?」
「さぁ、わっちも分からない」
彼女はそう言って、ふと窓を見た。
急に、詩的な話だが、夕焼けを彼女は見たくなったのである。
赤だ。
深い赤で、大空は包まれていた。
「……」
同時に。
「天月先輩?」
自分自身の目を疑った。
鳥肌が立つ。
天月は、彼女を知っていた。
だからこそ。
叫ぶ。
「ノエル、逃げて!」
それが無意味だと知りながら、そんな言葉を天月はただ叫ぶ。
そこには。
夕焼けに揺れる。
炎の鳥が飛んでいた。