第一章43、『【最悪の呪術師】』
時期は黄昏。
もうすぐ、夜がやってくる。
子供は、そろそろ寝る時間らしい。
なら、大人は何をするのか。
少なくとも、そういう類の『常識』から外れている彼らの取った行動はこうだった。
「【超能力】」
彼女がそう告げたその時。
【最悪の呪術師】に斬りかかろうと蟻のように地面を蹴り、鬼の如く【剣聖】が駆け抜けると、彼の前にはもう女が立っていた。
殺せる。
瞬時に彼はそう認知する。
だから、殺さないようにあるはずのない刀を振るった。
いわば、峰打ちだ。
敵だが敵ではない存在。
【剣聖】の中の【最悪の呪術師】の評価は、そんな甘いものに設定されていた。
峰打ちは誰にだって出来るわけではない。――場合によっては、むしろ内臓やら骨やらをズタズタにしてしまうのだ。
彼は完璧に峰打ちが出来る。
だが、普通なら、殺してしまうかもしれない。
その恐怖が、彼に足枷を与える。
けれど、今だけは、それを斬り離す。
――手応えがない。
すると、後ろから声がした。
距離は二メートルほど。
「それは一種の才能です」
咄嗟に後ろを向く。
図り間違えたのか。
すると、そこには【最悪の呪術師】が立っていた。
距離は十メートルほどだ。
「才能とは、人生の足枷、つまるところの【呪い】に当たる。【超能力】=才能=足枷=【呪い】。このような連想ゲームをすることで、僕は今、生徒たちに【超能力】を付与していました。……と言っても、その解除権は【人形師】にありますけどね」
試しに、あるはずのない刀を投げてみる。
すると、景色が歪んだ。
そこに立っている女の像を、あるはずのない刀を通り抜けて、僅かに【最悪の呪術師】の姿が――姿と思っていたもの――景色が歪んだのである。
「いわば、【霊術】とは連想ゲームです。人の思想によって、その形を変えてゆく、人が制御することが出来る一種の【怪異】なのです」
いわば、『発火能力』。
それからなる蜃気楼。
そんな言葉を【剣聖】は思い出した。
確かに、十一月にしては、この世界の暑さは可笑しいかもしれない。
歪んだ景色は、消え失せ。
次に、新しい景色が浮かび上がってくる。
「そして、『人を呪わば穴二つ』と言いますが、そう考えると、一つの結論に至ります。僕は今、【超能力】を【呪い】として付与している。【呪い】の原理上、こうしようと思った半分の効能しか、成立させることしかできません。逆に言うと、僕はこの学園の生徒に与えている【超能力】がすべて使用することが出来ます」
人の死のように静かに、右と左の手にあるはずのない刀を握る。
そして、左の刀を投げた。
「――こんな風に」
すると、そこから姿が消えて、すぐ隣に【最悪の呪術師】が現れる。
いわば、『瞬間移動』。
「っ!?」
それを一瞬で認知する。
だからこそ、【最悪の呪術師】を殺さない程度に斬るために、無理矢理に体をねじって、あるはずのない刀を振るおうとした。
……が。
全身を土で埋められたように感覚だった。
体が動かない。
疲労か。
ついに、体に限界が来たのか。
否、違う。
いわば、『念動操作』。
「っ!?」
視線だけを【最悪の呪術師】に向けて、【剣聖】は現実を直視する。
「――この能力は、その一部に過ぎません。おそらく、本来のアズマならば、この程度の異能で止められるはずがありませんよね」
また、姿が消える。
指が鳴る音が、アズマの耳の中に響く。
すると、体は自由になった。
【剣聖】は構えるだけで、完全に敵意を喪失させていた。
「――僕は、強いわけじゃないんです。ただ、汎用性があるだけの弱い力を一つに合わせることが出来るだけの【術式】を持っているだけなんです。基本スペックでは、誰にも勝てない。いえ、今の僕じゃ、勝てない」
彼女は嘆くように語る。
「――僕は、白黒はっきりさせたいんです。勝ち負けをはっきりさせたいんです。なのに、それとは違う第三の選択が、頭の中に入ってくる。白でも黒でもない――灰になりたい、勝ちでも負けでもない――引き分けをしたかっただけなんです」
話は続く。
そのように思われていた。
「――で、結局、何が言いたいのかな、【最悪の呪術師】?」
青年の声が響く。
「……」
咄嗟にアズマが後ろを向くと、そこにはイドラの代わりに一人の青年が緊張感ゼロで立っていた。
「やあ、アズマ君。それに、私の宿敵【最悪の呪術師】。それで、今回の体は、その娘かい?」
「――日比谷、博文!」
【最悪の呪術師】の呼び声を無視して、日比谷博文は静かに告げる。
「ことは急を要する。アズマ君、天月がやられた。現在進行形で、性別女性の炎を操る何者かのおかげで、君の寮室は炎上している。と言うわけで、今から君を近くに送る
「なっ、どういう――」
「頑張ってね、アズマ君」
ポン、と日比谷はアズマの肩に手を乗せると、そこには萌え袖シスターが現れた。
「また、入れ替わった!?」
「イドラ君、君は今からトム君とレクシー君を連れて、アズマ君の援護に向かってくれ。今さっきので、どこかは分かっただろう?」
「わ、分かりました!」
「……」
「さて、無言で唖然となっている【最悪の呪術師】。何か、私に言うことはあるかな?」
「……【心眼】ですか」
「そうだよ、【最悪の呪術師】。私にあって君にないものだよ。それはそうと、君には、うちの生徒の体を返してもらおうかな。まずは、ちょっと話をしてさ」
彼がそう言って背伸びをすると。
その、次の瞬間。
世界は移り変わった。