第一章42、『提案の結末』
後ろには萌え袖シスター。
前には鉄扉。
愛着は、期間で言えば、校舎の方があっただろう。
扉を蹴破る。
開けた場所だった。
いわば、屋上。
ある意味、全ての元凶。
そんな場所に。
人影が一つ。
アズマは、それが誰なのか。
それを知っていた。
「――『生徒会長』!?」
その印象は、妖精のようだった。
そのことをアズマは覚えていた。
咄嗟にそう叫ぶが、『生徒会長』からは何の反応はない。
恐る恐るアズマは近づく。
「……これは」
アズマは頭を掻く。
理由は簡単。
日比谷博文が言っていたこととは、事実が異なっていたからだ。
(こうして倒れてるってことは、【人形師】の術式範囲内に入ってたってことか? えっと、確か、基本的に、【傀儡】はそこら辺をウロウロしてるんだっけ? ……となると、ここで日比谷に倒れされて、術式が解除されたってわけか? そもそも、『生徒会長』黒いローブとか着てないし)
考えた。
だから、思考を停止させる。
「……取り合えず、起こすか」
そう判断して――見るからに危険だったが――『生徒会長』の体を揺さぶり、アズマは起こそうとする。
それを一分ほど続けていると。
「ん」
「『生徒会長』?」
「……あれ、何で、私、こんなところに?」
「えっと、それは……」
「あと、どなたでしょうか?」
「――え?」
「あ、いえ、もしかして、会ったことがある感じですか?」
「……」
「――なんて、冗談ですよ、脅迫犯さん」
その言葉を聞いて、アズマはウンザリする。
すぐ後ろにイドラがいるのに、変なことを聞かれてしまった。
「……それのことは忘れててくれた方が、都合が良かったんですけどね」
「それはそうと、何で私はここにいるの? ここって、立ち入り禁止だったよね?」
「えっと、それはですね……」
「いや、もう、良いや」
「何が……?」
「それに、馴れ馴れしく放すのにも疲れました。はい、初めまして。僕の名前は【最悪の呪術師】です。どうぞ、よろしくお願いします」
「っ!」
「待ってください。そう警戒しないで。僕は貴方の味方です」
「ノエルを殺そうとしているやつが、か!」
「嘘も方便、と言いますよね?」
「あの宣言は、嘘だった、と?」
「ええ、はい。僕が貴方と話すための大芝居です」
「……」
「どうかしましたか?」
「そんなことのために、何人の人生を狂わせたと思ってる!」
「レクシーさんのことですか?」
「ああ、そうだよ!」
「良いことを教えてあげましょう。貴方は、レクシー・ブラウンは元々まともだったと思っているようですが、逆です。最初っから、彼女は狂っていた。それが、過去に一度狂ったことで、狂気が裏返り、正気に狂っていただけです。僕は、それを元に戻しただけですよ」
「――テメェ!」
「共感、憐憫。その感情、その要因、どちらですか?」
「知るか!」
「ならば、知ってください。その感情は、共感です」
「……何なんだ、テメェ」
「貴方はまだ、子供です。本来、貴方のような子供が、貴方のような重い【運命】を担うべきではないのです。僕は、そんな貴方を支えたい」
「だったら、勝手に支えれば良いじゃねぇか!」
「ノエル・アナスタシアを救う術は、存在している。それは、貴方が【愛刀】を取り戻すことが前提条件です。【零課】は――日比谷博文は、決して、貴方には協力することはないでしょう。彼は、個人よりも世界を優先する人間ですから」
「……」
「理解しているのでしょう? 貴方一人では、彼女を救うことは出来ないのだと。だから、今ある仲間を無理に信じようと、貴方はこうやって苦悩している。既に、貴方は、大切な人を失うことの恐怖を知っている。貴方にとって、そうやって出来た仲間は、他人ではなく、それはもはや、貴方自身なのです。日比谷博文は、『世界神秘対策機構』は、【世界】の味方です。このままでは、彼らに良いように利用されるだけされて、自分自身さえも救えずに、『彼女ら』のような【復讐鬼】になってしまうのです」
「――何で、レクシーを狂わせた?」
「……」
「――何で、こんなに被害の出る方法を選んだ?」
「……」
「――ただ、俺と話がしたいって、俺の目の前に出てくれば良いだけの話じゃねぇか!」
「……」
「何で、オマエが泣いてんだよ!」
「かつて、僕は完全な悪でした。それは、骨の髄から浸食されてしまっています。だからと言って、その行いをしょうがないと、許しを請うつもりはありません。それは、僕の悪ですから。けれど、悔しいんですよ。正しく在りたい。けれど、気が付けば、自分自身の保身に回っている自分が憎いんです。【呪術師】のくせに、自分自身を呪っているんです」
「……そうかよ」
「逆に問いましょう。何故、貴方は泣かないんですか?」
「……泣か、ない?」
「自分を愛していれば、必ず人間は泣けます。他人を愛していれば、より人間は泣けるようになります。自分を愛していなければ、他人のために泣くことは出来ません。そう、貴方のように」
「アズマ・ノーデン・ラプラス。【剣聖】でも、ワールシュタットの下僕でもない、他でもない貴方に提案します」
静かだ。
風の音がうるさく感じてしまう。
「――僕の子供になりませんか?」
「……は?」
「もちろん、まずはノエル・アナスタシアを救ってからです。最初に、ノエル・アナスタシアを奪取し、次に貴方の【愛刀】を回収し、【転生者】とノエル・アナスタシアの【縁】を斬ることで、【世界】が定めた【運命】を崩壊させる。それと共に、貴方は【剣聖】を捨てて、僕の子供として、ノエル・アナスタシアとも、ありふれた日常を過ごす。このままでは、君の人生は利用されるばかりで終わってしまいます。僕は、それが許せない」
その代償は、【世界】の崩壊。
それはあまりにも大きい。
けれど、それが無くては、ノエル・アナスタシアが救えない。
「……」
「これが、僕にとっての最善策です」
「断る」
「理由を聞いても?」
「いつ、裏切られるか、分からない」
「……そうですか。やっぱり、悔しいですね。あんなこと、しなければ良かった」
「今回は見逃す。さっさと、逃げてくれ」
「優しいですね、アズマは」
「甘いだけだ」
「はい、ですから」
一歩。
二歩。
三歩。
【最悪の呪術師】は、アズマ・ノーデン・ラプラスと距離を取った。
「僕は貴方にとっての最善策を取ろうと思います」
一瞬で、背筋が凍る。
否。
全身が凍るような錯覚を覚えた。
無条件で人間に恐怖を抱かせるような、そんな憎悪が分かりやすく出現する。
「僕が【世界】を壊します。【世界】が既に壊れているのなら、貴方が壊すのと同等の行為をしたとしても、壊れきっているものは壊れやしません」
「……今か?」
「いえ、今回は撤退は確定しています。ただ、自分のした行いに対して、キチンと責任を取らないといけませんから」
「加減はせんぞ」
「覚悟はできています」
【剣聖】に【呪術師】。
互いに、肩書きに押しつぶされた者同士。
互いに、肩書きに憧れた者同士。
だからこそ、アズマは人間として、【最悪の呪術師】を見据えた。そう、おそらくは、アズマにとって、【最悪の呪術師】は、ある種の自分の未来の姿だった。けれど、互いに嫌悪はしない。ただ、殺し合うために、それぞれが担っているたった一つの己の武器を互いに握りしめる。
そして。
「【剣聖】、アズマ・ノーデン・ラプラス」
「無銘、【最悪の呪術師】」
意味のない戦いが始まった。




