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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
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第一章38、『ネコの居る箱庭』


 その世界は、限りがあった。

 その世界は、正方の形をしていた。

 それはまるで、箱庭のように。

 その場には、千を超える人間が埋め尽くしている。

 誰もいない蒼穹で、日比谷博文は自身の生徒がお世話になっている人に対して、優しく声をかけた。


「やあ、【人形師】」


 千の視線が、日比谷に集まる。

 その一つ。


「……日比谷博文だと?」


 その異様な光景に、【人形師】は自らの目を疑う。


「いや、まず、ここは、どこだ?」

「私の【神代領域】だよ、【人形師】」

「……まさか、こちらごときに貴方が【切り札】を使うとはな。丁度良い、ここで貴方を仕留めさせていただく」


 次の瞬間だった。


「――敬語が使えるとは」


 ノーモーション。

 空から女子生徒が落下しようとしている。

 まるで、周囲にいた女子生徒と、日比谷の位置が入れ替わったかのように。ただ、問題はそこではなく、【人形師】が、意識を日比谷ではなく、女子生徒に向けたことである。

 そしてそのまま、日比谷博文は【人形師】の顔面を殴りつけた。

 その数回転を見届けながら、手をユラユラとさせながら、微笑んで日比谷は淡々と続ける。


「どうやら、うちのよりは礼儀正しいみたいだね」


 そのまま、手を叩きながら拍手をした。


(――何が、起きた!?)


 そして、拍手を終える。


「簡単な話なんだ」


 そこには、日比谷博文はいない。

 代わりに、地上に落下していた女子生徒がそこに居る。

 当然のように、自身が浮いていた場所に戻りながら、淡々と続ける。


「【霊術】を使っただけだよ」

「うそを……つけ。【霊術】は、名称の開示をしない限り、その効能を発揮させることは出来ない!」

「それは弱い奴の話だよ」

「っ! つまり、あの方は、弱いというか!」


 それを聞いて、日比谷博文はまさかと鼻で笑う。そして、彼は肩をすくめて、静かに言葉を紡ぐ。


「私が何年間も追い続けている奴が、弱いわけないだろ」

「……【伝承式】!」


 【生き人形】。

 それを再現する【伝承系霊術】。

 言ってしまえば、ただの『呪殺』をするだけの簡単な術式だ。

 日比谷博文は脳内でそんなことを思い浮かべて、静かに一歩前に出た。すると、同時にその景色が変わる。拳を握る。目の前にあるのは、少年の顔だった。


「――少なくとも、君は弱いよ」


 殴る。


「っが!」


 明確な殺意をもって殴る。

 許せないからこそ、手加減をするつもりは元からなかった。彼は吹き飛ばされ、よろめいてしまっていた。少なくとも、彼はそうするべきではなかった。その周辺には、男子生徒が立っていた。

 日比谷博文は地面を蹴る。

 そして、再び、景色が変わった。


「――せっかくだから、術式の開示をしてあげようかな?」


 空いたのは左足。

 目の前には、無防備な少年の体。

 そのまま、蹴る。


「っあ!」


 そのよろめきは膨張しているように見えた。


「――君の知る、【霊術師】らしくね」


 そのまま、叩き付ける。

 反動による声はない。

 うめき声はない。

 抵抗をする余裕は、もうないようだった。

 スタスタと、何もない平面上の足場を前に進みながら、スラスラと生徒や関係者をよけながら、【人形師】の元へと日比谷博文は向かっていた。暇つぶしをするように、彼は言葉を続ける。


「私の術式は、【逆説式】。いわば、信じられないような事実をモチーフとした術式だよ。こうして、私が空を飛んでいるのは、逆説の、パラドックスの『アキレウスと亀』の応用だね。ちょっと、数値の単位をいじらせてもらっているんだ。納得できないだろうけど、これは真実だ。ほら、学校のように答えだけ覚えて、納得しなよ。損するよ、その生き方」

 ピクリと、【人形師】の体が動いた。それを見て、僅かに日比谷は顔を顰める。彼個人としても、別に暴力は好きと言うわけではない。基本的には、こんな暴力沙汰にはせずに、話し合いで解決するのが、彼の理想なのだ。


 ただ、ここには一つの矛盾が存在する。

 彼の職業は、【対神格一級怪異殺し】だ。

 【神様】の殺し屋。

 話し合いなんぞ、出来るはずがない職業。

 殺すことが前提であるがゆえに。

 彼は何故、こんなことを始めたのだろうか。

 【人形師】の体に、僅かに力が入る。ボロボロになったその体を、彼は無理矢理に動かし、立ち上がり、未だに日比谷に対抗しようとしていたのである。

 彼は、ボロボロな姿で、ポロポロと言葉をこぼす。


「……馬鹿を言うな、【霊術】もまた、一種の科学だ! そんな滅茶苦茶を、そんな滅茶苦茶が、都合よく成立するわけがない!」


 確かに、滅茶苦茶な術式だと、日比谷博文も自覚していた。だからこそ、その辻褄を合わせるために、飄々とした様子でこう付け加える。


「それまた、私の【逆説式】のうちの一つなんだけどね」

「……」


 信じられない、と言った様子だった。

 そもそもの話。

 【神】の扱う【奇跡】とは、人間の理解することが出来る限界のギリギリなのだ。叡智を持つ者のみが、その正体を【奇跡】だと、気が付くことが出来る。馬鹿には、【奇跡】を【奇跡】と認知する術はない。

 これは、【人形師】に、そもそも叡智があるのか、と言う話から始まるものだ。ただ、少なくとも、これだけは言える話だ。

 【人形師】は気が付いていない。

 今、相対しているものが、限りなく【奇跡】に近い存在であることを。

 そんなことをさておいて、日比谷はそれを隠しながら、かつ苦笑いをしながら、実に友好的な声色で会話を続ける。


「これくらいできないと、生憎な話、クソったれの【神様】は殺せなくてね。これぐらいは、どうか許してくれないかい?」


 許す。

 許さない。

 何を許してほしいのだろうか。

 まさに。

 正体不明が目の前に立つ。

 その感覚に恐怖を覚え、【人形師】は咄嗟に叫んだ。


「【伝承式・生き人形~第一幕~】!」


 次の瞬間。

 日比谷は僅かに顔を顰める。

 棘に刺された大人のような顔をする。

 そして、ポツリと呟く。


「……ああ、この程度の痛みか」

「クソっ!」


 何かを罵る声。

 相手は誰かは分からない。

 自虐か。

 自責か。

 他虐か。

 他責か。

 日比谷の景色が反転する。

 【人形師】の視界に異物が映る。

 移る。


「――ちなみに」


 景色が。

 踏みつける。


「っ!」


 踏みつけられる。


「この入れ替わるのは、この世界にいる人間と人間を入れ替えたとしても、そこに居るのはどっちみち人間なんだし、そこまで大きな差はないだろうね、という発想による術式なんだけど、どうかな? 君には納得できるかい?」


 僅かな抵抗。

 けれど、それは微々たるものだ。

 その程度で、日比谷博文は止まらない。

 それはそうと。

 自害でもするつもりだったのだろうか。


「……やれ!」


 それは明確な否定だ。

 納得が出来ないという叫びだ。

 その一声と共に、【傀儡】たちの視線が日比谷に積もる。

 雷鳴。

 炎。

 氷。

 風。

 エトセトラ。

 思い付く限りの存在が出現し、それらが容赦なく放たれていく。しかし、それらは日比谷には届かない。

 もちろん、自害も果たせない。


「君の敗因は、二つある」


 それらをすべて薙ぎ払う。

 凄まじい衝撃だった。

 それと共に、【人形師】の意識が一瞬うやむやになる。

 それと同時に、千の生徒及び関係者は。次々にバタリバタリと、まるでドミノのように倒れていった。

 その現実は、【人形師】の術式が解除されたことを意味していた。


「一つは、【救世主】としての私を相手にしなかったこと」


 そして、手を差し伸べる。


「もう一つは、私よりも運が悪かったことだ」


 大人のような振る舞いのつもりだったのだろう。

 しかし、それは。

 子供を馬鹿にしているようなものにしか見えない。


「ああ、それと、私のこの【神代領域】の【理】は、『ありとあらゆる確率を50%にする』というものだ。私は、君の意識を刈り取り、【窮奇】を操る術式を解除させることを最終的な目的としてたんだよ。結果、その成功の50%を掴み取ったわけだ」

「……」

「それと、勘違いしないでよ」

「……何をだ?」

「私は助けはするが、救いはしない。君の【最悪の呪術師】とは違う類の人間だ」


 その刹那。

 【人形師】の肉体に、強い衝撃が走った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 火花が散る。

 金属と空白がぶつかり合う。


「っ!」


 一撃。

 二撃。

 三撃。

 四撃。

 隙を見て、繰り返す。

 けれど、アズマが出来ていることの大半は、防御ばかりだ。

 先程の戦い以上に、アズマは苦戦を強いられている。

 理由は簡単だ。

 一撃一撃が、酷く重い。

 かつ、先程と同じように、その流れは鮮やかだ。


「アンタだって知ってるだろう?」


 その刀の重さにしては、信じられないほどの速さでノームはアズマに斬りかかる。

 ノーム、脳筋説?

 いや、違う。

 これには、必ず何らかのギミックがある。

 そして、答えを導き出し、アズマは言う。


「――【限定魔術】か!」


 波のように押し寄せる衝撃と共に、ノームは笑顔で言葉を返す。


「大正解!」


 【限定魔術】。

 一定条件下において、それに限り発動が可能となる【魔術】の総称である。

 分かりやすく言うのなら、有名な例を出すとすれば、【魔導書グリモワール】を介した【魔術】の使用である。そもそも、【神秘】を使用するには、【縁】が必要である。基本的に、【魔術師】や【魔法使い】などは、自身に結び付けられている【縁】を辿り、そうすることで【世界記憶アカシックレコード】に接続し、【神秘】を行使している。

 対して、【限定魔術】との違いは、【限定魔術】は自身ではなく、自分以外の存在を介して【魔術】を行使することだ。この行為は、誰にでも、どんなものにでもできるわけではない。一定の【神秘】を宿している存在。そして、【魔術師】や【魔法使い】の中でもプロと呼ばれるほどの人間にしか出来ない荒業だ。

 しかし、変人はいつの時代にもいた。

 どこの誰だかは分からない。

 けれど、それを成し遂げた人間は存在している。


「ご先祖様は、まず最初に【魔導書グリモワール】に目を付けたんだよ。ある意味、あれが一番、ご先祖様が望むモノに近しいものだったからねぇ」


 人工的な【魔導書グリモワール】に似て非なるもの――本ではなく別の物質としての実現――それを成し遂げた、とある『ドヴェルグ』がいた。

 その技術は、代々受け告げられ、結果として、一人の人間に継承された。

 そして、完成したのが、【九大神秘刀】だった。


「まさか……!」

「……【限定魔術】の原点。それを成し遂げた一族の末裔。それが、あたいってわけだよ!」


 ノームはそう言って、【地震刀・清守じしんとう・すみす】で空を斬る。同時に、柔らかな風がアズマに触れると。


「――がっ!」


 風に重さが生まれる。


「ふぅ」


 峰の部分を肩に乗せて、ノームは小さな溜息を吐いた。


「あと何発でトドメだろうねぇ」


 吹き飛ばされて、綺麗に受け身を取り、立ったままで居られていたアズマに対し、ノームは内心でその成長を喜びながら、静かに一歩前に進む。

 その次の瞬間。

 アズマとイドラの景色が変わった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「よっと」


 怪我一つない日比谷は傷だらけの【人形師】を片手に地面に降りると、【人形師】を地面に置いて、数秒間に及ぶ背伸びをする。

 場所は学校の校庭。

 人気はない。

 それを確認すると、日比谷は【人形師】を担ぎ上げた。

 そして、いつも通りに。

 景色は暗転する。


「――なっ!?」


 驚愕の声が、日比谷の耳には印象として残っていた。


「さて、と――」


 その目の前には。

 驚きの表情を見せるノームの顔がある。

 それを見て、彼は謳うようにこう呟いた。


「――選手交代だよ」


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