第一章32、『単独登校』
誰にも聞こえることのない三人分の足音。
しかし、自分たちの足音だけでなく、体育大会の行進のような大量な足音にかき消されていた。
見覚えのある生徒。
見覚えのない生徒。
見覚えのある教師。
見覚えのない教師。
見覚えのある人。
見覚えのない人。
該当するのは、この程度。
走りたくても、それらにぶつかってしまえば、流石に【神秘魔術】でも、誤魔化すことは出来ない。それゆえに、ゆっくりとバレないように目的地に進んでいた。
そんな地道な作業で暇とでも思ったのだろう。
トム・ジェイソンが、ポツリと口にする。
「【神秘魔術】、か。それ、使い方によってはチートになりかねないか?」
「どうでも良い」
対して、ノエルのことが心配でしょうがないからか、アズマはぶっきらぼうにそう返した。すると、話の中心になりかけたイドラも、同じように――アズマよりも、納得できる
「アズマ様の言う通りでございます、トム・ジェイソン様」
「御尤もな意見だ。今は、ノエルさんの元に急ごう」
再び、静寂が訪れる。
そんな頃。
ドドドドドドドドドドドどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、と。
爆裂音。
炸裂音。
何の音かは、具体的には分からない。
しかし、それでも。
その場にいる者全員が、自身の耳を疑うような轟音が鳴り響く。
その場にいる全員。
これは比喩ではない。
当然の話。
周囲に立っていた生徒もとい教師もとい人々の注目もそちら側へと移行する。
「……不味いっ!?」
明らかに、【転生者】が戦闘している際の音だと、アズマは焦りを覚えていた。【転生者】の身を案じたわけではない。彼女は現在限りなく、【無敵】と称される実力を所持している。アズマが心配するまでもなく、彼女はすべての敵を蹂躙するだろう。文字通り、【無敵】を目指しているからには。
考えてみれば、分かる話だ。
そんな力を持っている存在に対して、機械的に襲い掛かる周囲の人々はどうなる?
ただの被害者だ。
しょうがない犠牲になるのか?
させるわけにはいかない。
だからこそ。
首を横に二度振って、大雨の勢いの如く地面を蹴る。
「ちょっ!」
トムか。
それとも、イドラか。
誰の止める声かは、アズマには分らなかった。
それゆえの集中力のおかげか。
彼は周囲の人間に触れることなく、イドラやトムとの距離を離していく。
そして、アズマはそれを見た。
だから、アズマは目を細めた。
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一瞬。
アズマの視界にノイズが走る。
見覚えがあったからだ。
その景色に。
「ん、やっと来たか、我が【剣聖】」
いつか見た。
屍山血河の光景に。
アズマは再び首を振る。
否定でもなく、肯定でもない。
ただ、狂気を払うために。
「ああ、さっさとノエルを返せ」
苦しみを悟らせぬように、自分の声を押し殺して、アズマはそう言う。
「もう少し、話をしても良いだろう?」
「特に、後ろから来るであろう二人とも、吾輩は話をしてみたいのでな」
「……」
「安心しろ、我が【剣聖】。汝との【契約】は守る。それほどの価値が、これにはあるのでな」
「……話って何だよ」
「何でも良い。面白くても、面白くなくても、たとえ無意味だったとしてもな。質問でも良いぞ」
「こいつらは、一体何があったんだ?」
「……言ったろう。まるで、【傀儡】のようだと。【縁】を糸として見て、【傀儡】どもが全員持っている共通の【縁】を元に、操っている奴がいるだけの話だ」
「そんなことが!」
「出来るのだ、小僧。確か、【魔弾の射手】だったか? っふ、そんな名前を名乗っているとは、まだ本質に気が付かないか。どうでも良いから話を戻すが……これは【魔術】ではない。明らかに、【魔法】規模の事象なのでな。『何か』で『補強』されている」
「……【霊術】か!」
「初めて聞くな、それは。詳しく教えろ」
「言っちまえば、元々ある【術式】を【神様】の【奇跡】として定義することで、【神様】なら誰でも持ってる【信仰】の応用で、その出力を上昇させているみたいだ。日本独自の技術らしい」
「はぁ、世界は広いな」
「あぁ、同感だよ」
「それと、こやつらの使った【技術】は、この【傀儡】のやからとは別口だな。それに、これも【魔術】ではない。一見、【呪い】だろうな。ちなみにだが、これの発動時刻は、【傀儡】と同じで六時のようだぞ? ……以上だ」
「……」
疲れている風だった。
今すぐにでも『何か』から解放されたがっているようにも見える。【転生者】は如何にもつまらなそうに続けた。
「他に話は?」
「今は無い」
「そうか。それじゃあ、吾輩はこれで失礼する」
「協力をする気はないのか? そもそも、イドラとトムと話さないで良いのかよ?」
「無いな。この程度、汝ならば余裕だろう。話さない理由は簡単だ。タイムオーバーと言うやつだな」
「そうかよ」
「それでは、小娘を任せたぞ」
そう言って、返事をするまでもなく、返事をする余裕さえも与えられずに、ノエルは糸の切れた人形のようにアズマに倒れ込んだ。
「ノエル、大丈夫か?」
返事はない。
「……気絶してるだけか」
そうやって、地面に置いてあった見覚えのある二つの鞄を拾い上げて、後ろについて来ているはずのトムとイドラに声をかけようとした。
その次の瞬間。
意識にノイズが走った。
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一昔前に流行ったメロディーが流れる。
青年は、慣れた手つきでスマートフォンの画面をタップした。
「――もしもし?」
「――ああ、うん。私も違和感に気づいて行動しているところだよ」
「――妙な結界だよ。こうして内部と内部の連絡は出来るのに、内部と外部では連絡は出来ないようになっている。……内部にいる連中同士で連絡を取っているのかな?」
「――ああ、その通りだね。【魔術】や【霊術】が使える連中が、こうも平然と電子機器を使っていること自体が珍しい。さっきのは無いね、忘れてくれ」
「――ああ、あいつが来てる。君は、いつも通りの行動を任せたよ」
「――ん、アズマ君梓真説を否定した理由かい?」
「――いや、あのままじゃあ、彼は人間として、迷ってしまう。いや、歪んでしまう。ここで放置して狂われても、私にとって、不利にしかならないからね」
「――うん。それじゃあ、後は任せたよ」
通話が終わる。
「……ん」
意識にノイズが走る。
彼は笑う。
そして、ポツリと謳うように言った。
「――確定だね」




