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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
62/133

第一章31、『記憶』


 懐かしい日常を見た。

 もう、見たくない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「ノエル、朝だよ」

「――」

「ノエル、起きてって」

「……あと、一時間」

「要求する時間がとんでもないよね、ノエルって」

「私が好きなら、寝かせてよ……」

「うぅん、うん。確かにノエルのことはそりゃ死ぬほど愛してるけどさ、それは無理な話かなぁって俺は思ってるわけだ。だって、なんせ、昨日のノエルからこの時間帯に起こしてって言われてるし、それに加えて、前に同じように要求されて、その通りに放置したら、何故か一時間後に俺が殴られたことはまだ忘れてないぜ」

「……」

「おい、寝るな。寝るんじゃねぇ、ノエル!」

「……はぁ、しょうがないなぁ」


 すると、アズマはベットに入り込んで――


「っ!?」

「お、やっと起きた。作戦成功ってわけ……ノエルさん?」

「変態。ド変態」

「今時、そんな台詞言うやつ初めて見たよ。てか、腕掴みながら言う台詞か? いや、痛いっす、ノエルパイセン」

「うるさい!」

「おいおい、落ち着けよ。ごめんって。……それと、敬語キャラが剥がれてるぜ」

「う、うるさい、出てけ!」

「はいはい、もう寝るなよ。正しく言えば、二度寝すんなよ。……それはそうと、手を放してくれない?」


「……え?」


 ふと、違和感を感じた。

 あの時、私はこんなことをしたっけ?

 自身の記憶に疑いを覚えた。

 何で、こんなことをしてるんだろう?



 ――ああ、そうか。



 そこで。

 これは私の夢なのだと悟る。

 何色にも染まる幻想が、何色にも染まらない現実に侵食されていく。


「ごめんなさい」

「ノエル、大丈夫か?」

「ごめんなさい」

「……大丈夫だよ、ノエル。俺はオマエを呪ってなんかいないからさ」

「私を許さないで」

「何でだよ。オマエは何もしてないだろ?」

「私は何もしなかった。アズマ君のために生きようとしなかった。私は、何かできたはずなのに、私は何もしなかった」

「そういう意味じゃないって。ノエルはさ、一度も俺を苦しめたことはないだろ?」

「……あるよ。何度もあるよ!」

「いいや、無いよ、断言する。断言できる。俺はさ、ノエルと過ごせて幸せだったし、今だって、今の俺は幸せそうだよ」

「これは……私の夢だよね?」

「うん、夢だよ」

「だったら、君はアズマ君じゃない。ただの、私の妄想だよ。私の一部に過ぎない。私が、そうであってほしいと、願っているに過ぎない!」

「そう、妄想だ。ただの幻想に過ぎない。でもね、何を夢見るのか、何を考えるのか、何をどう思うのか。こう言うのは、唯一、自分勝手に振る舞うことは出来ることなんだ」

「……」

「そうやって、自分自身を蔑むなよ。オマエを愛した男が、悲しんじゃうぜ、それじゃあ」

「……」

「うん、ノエルはさ、まずは、自分自身を許してあげて」

「……嫌だ」

「俺は死んだわけじゃない。言ったろ、記憶喪失だって。記憶は、思い出は、取り戻せる。それは、今の俺一人で何とかできるわけじゃない。協力してやってくれ、アイツのこと。それで、もしも、俺が戻ってこれたら、その時、ちゃんと俺に聞いてくれ。恨んでいるか、許しているのか、いろいろとな」

「……分かった」

「さて、もう朝だ。今のオマエは、俺がいなくたって、一人で起きれるはずだろ?」

「……うん」

「じゃあ、俺は先に行って待ってるよ」

「……約束だよ」

「ああ、約束だ」

「……またね、アズマ君」

「ああ、頑張れよ、ノエル」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 懐かしい夢を見た。

 胸糞悪い夢を見た。

 都合の良い夢を見た。

 自分勝手な夢を見た。

 けれど。

 それは。

 騒がしい目覚ましの音で壊れた。

 じゃない。

 目が覚めた。

 目が冴えた。

 だけど。

 頭の中には、ハッキリと残っている。

 記憶として。

 思い出として。


「……」


 あれ以来。

 私の朝は早くなった。

 チラリと、目をこすりながら時計を見る。

 時刻は五時半。

 睡眠時間は五時間半。

 普段通りの流れだった。


「はぁ」


 自分が寝ていたベットから起き上がり、そのまま洗面所に直行する。

 顔を洗う。

 うがいをする。

 歯を磨く。

 シャワーを浴びる。

 制服に着替える。

 学校道具の確認する。

 そんな風に。

 朝にするべきことを終わらせ、ようやく冷蔵庫を中身を見た。


(――ロールキャベツと白米の残り物があるし、今日は何も作らなくても良いかなぁ。いや、でも、アズマ君出来るだけ料理を知ってもらいし、簡単に作れるもので良いから何か作るべきかなぁ。……そうだなぁ)


 気分を誤魔化すように、大きな声で謳う。


「よしっ、味噌汁でも作ろう! となると、味噌と野菜と豆腐と……」


 早く会いたい。

 怖い。

 何処かに行ってしまいそうで。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 怖い。


「……あとは、何だっけ?」


 顎に手を当てて、そして思い出す。

 残りの材料をせっせとエコバックに入れる。

 右手には通学用鞄。

 左手にはエコバック。

 スタスタと玄関に向かい、慣れた手つきで靴を履く。

 否、足つきと言うべきか。

 そして、腕に二つの鞄をかけて、玄関を扉を開いた。

 空気が澄んでいる。


「今日も、良い日になりそうだなぁ」


 クルリと回って、玄関の鍵を閉める。

 そして、エレベーターのボタンを押すと、数十秒後にやって来た。

 それに乗る。

 数秒後。

 一階に着く。

 そして、前に足を運ぶ。

 そうして、道に出ると。

 道を歩く人々が、一斉に私を見た。


「……え?」


 次の瞬間。

 私の意識が落ちた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 火。

 水。

 風。

 電気。

 土。

 いろんなものが、一人の少女を殺そうと、飛びかかっていた。

 けれど、それは無意味だ。

 彼女には、敵はいない。

 それほどの存在は、まだこの世に存在していない。

 それか、存在することはありえない。

 ボンヤリと、自身の目の前で止まっているそれらを見て、ポツリと呟く。


「……何ですか、あの夢は」


 呆れたような。

 恐れたような。

 憐れんだような。

 そんな独り言を、彼女は静かにこぼしていた。


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