第一章31、『記憶』
懐かしい日常を見た。
もう、見たくない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ノエル、朝だよ」
「――」
「ノエル、起きてって」
「……あと、一時間」
「要求する時間がとんでもないよね、ノエルって」
「私が好きなら、寝かせてよ……」
「うぅん、うん。確かにノエルのことはそりゃ死ぬほど愛してるけどさ、それは無理な話かなぁって俺は思ってるわけだ。だって、なんせ、昨日のノエルからこの時間帯に起こしてって言われてるし、それに加えて、前に同じように要求されて、その通りに放置したら、何故か一時間後に俺が殴られたことはまだ忘れてないぜ」
「……」
「おい、寝るな。寝るんじゃねぇ、ノエル!」
「……はぁ、しょうがないなぁ」
すると、アズマはベットに入り込んで――
「っ!?」
「お、やっと起きた。作戦成功ってわけ……ノエルさん?」
「変態。ド変態」
「今時、そんな台詞言うやつ初めて見たよ。てか、腕掴みながら言う台詞か? いや、痛いっす、ノエルパイセン」
「うるさい!」
「おいおい、落ち着けよ。ごめんって。……それと、敬語キャラが剥がれてるぜ」
「う、うるさい、出てけ!」
「はいはい、もう寝るなよ。正しく言えば、二度寝すんなよ。……それはそうと、手を放してくれない?」
「……え?」
ふと、違和感を感じた。
あの時、私はこんなことをしたっけ?
自身の記憶に疑いを覚えた。
何で、こんなことをしてるんだろう?
――ああ、そうか。
そこで。
これは私の夢なのだと悟る。
何色にも染まる幻想が、何色にも染まらない現実に侵食されていく。
「ごめんなさい」
「ノエル、大丈夫か?」
「ごめんなさい」
「……大丈夫だよ、ノエル。俺はオマエを呪ってなんかいないからさ」
「私を許さないで」
「何でだよ。オマエは何もしてないだろ?」
「私は何もしなかった。アズマ君のために生きようとしなかった。私は、何かできたはずなのに、私は何もしなかった」
「そういう意味じゃないって。ノエルはさ、一度も俺を苦しめたことはないだろ?」
「……あるよ。何度もあるよ!」
「いいや、無いよ、断言する。断言できる。俺はさ、ノエルと過ごせて幸せだったし、今だって、今の俺は幸せそうだよ」
「これは……私の夢だよね?」
「うん、夢だよ」
「だったら、君はアズマ君じゃない。ただの、私の妄想だよ。私の一部に過ぎない。私が、そうであってほしいと、願っているに過ぎない!」
「そう、妄想だ。ただの幻想に過ぎない。でもね、何を夢見るのか、何を考えるのか、何をどう思うのか。こう言うのは、唯一、自分勝手に振る舞うことは出来ることなんだ」
「……」
「そうやって、自分自身を蔑むなよ。オマエを愛した男が、悲しんじゃうぜ、それじゃあ」
「……」
「うん、ノエルはさ、まずは、自分自身を許してあげて」
「……嫌だ」
「俺は死んだわけじゃない。言ったろ、記憶喪失だって。記憶は、思い出は、取り戻せる。それは、今の俺一人で何とかできるわけじゃない。協力してやってくれ、アイツのこと。それで、もしも、俺が戻ってこれたら、その時、ちゃんと俺に聞いてくれ。恨んでいるか、許しているのか、いろいろとな」
「……分かった」
「さて、もう朝だ。今のオマエは、俺がいなくたって、一人で起きれるはずだろ?」
「……うん」
「じゃあ、俺は先に行って待ってるよ」
「……約束だよ」
「ああ、約束だ」
「……またね、アズマ君」
「ああ、頑張れよ、ノエル」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
懐かしい夢を見た。
胸糞悪い夢を見た。
都合の良い夢を見た。
自分勝手な夢を見た。
けれど。
それは。
騒がしい目覚ましの音で壊れた。
じゃない。
目が覚めた。
目が冴えた。
だけど。
頭の中には、ハッキリと残っている。
記憶として。
思い出として。
「……」
あれ以来。
私の朝は早くなった。
チラリと、目をこすりながら時計を見る。
時刻は五時半。
睡眠時間は五時間半。
普段通りの流れだった。
「はぁ」
自分が寝ていたベットから起き上がり、そのまま洗面所に直行する。
顔を洗う。
うがいをする。
歯を磨く。
シャワーを浴びる。
制服に着替える。
学校道具の確認する。
そんな風に。
朝にするべきことを終わらせ、ようやく冷蔵庫を中身を見た。
(――ロールキャベツと白米の残り物があるし、今日は何も作らなくても良いかなぁ。いや、でも、アズマ君出来るだけ料理を知ってもらいし、簡単に作れるもので良いから何か作るべきかなぁ。……そうだなぁ)
気分を誤魔化すように、大きな声で謳う。
「よしっ、味噌汁でも作ろう! となると、味噌と野菜と豆腐と……」
早く会いたい。
怖い。
何処かに行ってしまいそうで。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
「……あとは、何だっけ?」
顎に手を当てて、そして思い出す。
残りの材料をせっせとエコバックに入れる。
右手には通学用鞄。
左手にはエコバック。
スタスタと玄関に向かい、慣れた手つきで靴を履く。
否、足つきと言うべきか。
そして、腕に二つの鞄をかけて、玄関を扉を開いた。
空気が澄んでいる。
「今日も、良い日になりそうだなぁ」
クルリと回って、玄関の鍵を閉める。
そして、エレベーターのボタンを押すと、数十秒後にやって来た。
それに乗る。
数秒後。
一階に着く。
そして、前に足を運ぶ。
そうして、道に出ると。
道を歩く人々が、一斉に私を見た。
「……え?」
次の瞬間。
私の意識が落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
火。
水。
風。
電気。
土。
いろんなものが、一人の少女を殺そうと、飛びかかっていた。
けれど、それは無意味だ。
彼女には、敵はいない。
それほどの存在は、まだこの世に存在していない。
それか、存在することはありえない。
ボンヤリと、自身の目の前で止まっているそれらを見て、ポツリと呟く。
「……何ですか、あの夢は」
呆れたような。
恐れたような。
憐れんだような。
そんな独り言を、彼女は静かにこぼしていた。