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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
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序章5、『屋上にて』


 ――屋上。


 青春において。

 告白やら――何やらを行うに最適な場所、所謂、テンプレのなのだと、日本の小説などでノエルはしっかりと認識していて、かつノエル自身にも、そんなアオハルな経験とは一切縁がない無関係――いや、無縁なのだとも、悲しい事実ながらそうなのだと、シッカリと自覚していた。だからこそ、この学園生活で自分は屋上に行くことはないだろうと思っていたのである。……と言っても、そもそもの話で、『三枝学園』の屋上は危険だということを理由(その理由は不明)に、本来なら普段は立ち入り禁止であるのだが……そもそも、優等生であろうとしている彼女からしてみれば、そこが如何に立ち入り難い場所であるのか。

 ……なのだが、ノエルは初めて校則を破っていた。

 ありふれた拘束を無視していた。

 地平線に沈もうとする太陽が、ノエルに向けて光を降り注ぐ。


「それで、何の用ですか?」


 真昼に届いたメールに書いてある、おそらくは『黒いローブを着た男』である少年を前に、ノエルはあえて敵対的な口調で話しかける。


「――自称、剣聖さん」


 少年が身に纏う黒いローブが、その白い肌へとたどり着くはずの紫外線をすべて吸い取っている。ノエルからは自身の顔が見えないことを自覚していながらも、己を【剣聖】と名乗った少年は両手を上げながら軽い調子で話しかけてくる。


「そう警戒しないでくれ、俺はオマエの味方だよ」


 つまり。

 ――その屋上で、私は訳の分からない状況で、私は黒いローブの少年に、話しかけられているわけだ。


 黄昏時のオレンジ色の風景は、実に心を安らげてくれる。

 けれど、今の状況だけは――とてもではないが、自身をか弱いと考えているノエルにとってこれぽっちも安心できるものではなかった。

 【剣聖】を名乗る、それも、どちらかと言うと魔術師のような格好の少年は、少々錆び付いた屋上の手すりに寄りかかる。すると、何も持っていない方の手で、彼が先程ポケットから取り出していた紙を眺めて、冷静で落ち着いたような声色で言葉を紡ぎ始めた。


「すべての始まりは、つい先日に、【世界神秘対策機構】参謀である【パンドラ】には娘がいる……という機密情報が他の組織にバレてしまったことに由来するらしい」


 正にライトノベルみたいな世界観が、ノエルの耳に入ってくる。正直、何らかの小説の設定だと言ってくれた方が、彼女には納得することが出来た。


「……【世界神秘対策機構】?」


 しかし、もしものことを考えて、ノエルは意味の分からない情報を聞き返す。ローブの少年は何かを思い出すかのような素振りをすると、


「――簡単に言えば、【神秘】を殺す組織的な集団らしい。そんでもって、オマエの母親である【パンドラ】は、そこの参謀――いわば、経済面とか情報戦とかを担当する昔ながらの【神造人間ホムンクルス】ってわけだ」


 そう返してきた。

 意味が分からない言葉を問えば、訳の分からない意味が増えるだけの状況に、ノエルは作り笑顔のままで嫌気がさしていた。まだ、与えられた言葉を切って、意味は何となく解釈すrことは出来る。

 が、結局は訳が分からないままなので、自分自身の置かれている状況について、是非もなく彼女は問いかけることにした。


「……何で、そんな理由で、私の命が狙われるんですか?」

「決まってんだろ、オマエは人質として価値のある人間だ」

「……人質、ですか」


 と、ノエルが訝しむと、顔の分からない少年は「じゃあ」と続ける。

 たとえ話をする、教師のように人差し指を上に向けた。


「人は何で生きていると思う?」


 その問いには、以前にも聞き覚えがあった。

 確か、天月先輩が暇つぶしと尋ねてきたのだ。


「……哲学的ですね」

「誉め言葉はいらないさ」

「いや、褒めてませんよ」


 真顔でノエルがそう言うと、クルリと黒ローブの少年は後ろを向いて、今にも沈み切りそうな夕陽の方を見て、静かに一度息を吸って、そして吐く。


「……」


 心を落ち着かせるためか、少年は深く息を吸っていた。

 経験上。

 この反応から黒ローブの少年が『恥』という感情を持てるほどは人格の完成を遂げているということが分かった。が、それでも『幼い』と呼称される人間であることは、彼の純粋そうな言動から、経験が浅いノエルにも理解することが出来る。

 ノエルがそんなことを考えている中、どうやら少年は落ち着いたのか、けれど声を僅かに震わせて、ポツリと呟く。


「……そ、そんなものは、飴にしかならないからな」


 だからこそ、自身の放った言葉が黒ローブの少年にとって苦しいものなのだと、同時にノエルは理解し、それゆえに咄嗟に訂正していた。


「あ、すみません。やっぱり褒めました。と言うか、あまりさっきの言葉は気にしなくて大丈夫ですよ。そこまで深い意味はありませんし、何というか、先程の貴方の言葉の方が深い意味があるはずですよ!」


 すると、黒ローブの少年は横に首を振る。


「――ありがとう。だが、余計なお世話だ」


 最後のは流石にノエルにもイラっとする。どうやら、子ども扱いは気に入らないらしい。そもそも、何故にここまで私が気を使わないといけないのか。

 結局は、自己満足だ。


「……話を戻すが、何故に人は生きているのか」


 彼は、歌うように続ける。


「――理由は簡単だ。ただただ、人類の種を繋ぐため、そして子供を作り育てるためだ」

「……は、はぁ」


 少年の口から酷く現実的なセリフが飛び出してきて、思わずノエルは動揺してしまう。子供がこんな言葉を言うだろうか――という疑問よりも、その発言の温度差に唖然としてしまっていた。

 ノエルの様子を見て、アズマは不思議そうに思っているような声色で、更に首をかしげる。


「ん、どうかしたか?」

「い、いえ、貴方がさっきから中二病みたいなことを言ってくるので、てっきり先輩みたいなことを言ってくるのかと」


 身長や声の色合い。

 そう言った部分部分だけでこの少年がまだ自分自身よりも年齢が低いのではないかとノエルは思っていたが、実際は自分と同等、もしくはそれ以上の大人なのかもしれないと僅かに考えを改めることにした。


「……ちゅうにびょう? 何だよ、それ」

「え?」


 つもりだったが……その思考が停止する。

 代わりに、ふと思った。


 ――もしかして、ネットスラングを知らない?


 人を見た目で判断してはいけない。

 『誰か』が何かと口にしていた言葉だ。

 その『誰か』の言葉だったからこそ、実際に彼女は話してみて、このローブの少年がその手の話が好みそうだと思っての発言であった。

 そのローブの少年にとって、その言葉の意味はどうでもよかったのか、首を振って話を再開する。


「……話を戻すが、母親という立場上、仕事なんてものはかなぐり捨ててでも、世界を敵に回してでも、娘という命よりも大切な存在――つまりオマエが人質になってしまえば、オマエを攫うであろう組織の要求に乗るのは――乗らざる得ないのは誰にとっても明白だ。俺は、その最悪の事態を防ぐために【パンドラ】からの直接でオマエの護衛を任されたんだ」


 淡々とした口ぶりだった。

 一見少年は、そんな状況に馴れたような口ぶりだったが、その言葉の裏側には、好奇心というか、ワクワクしているというか、そんな純粋な感情が見え隠れしている。そのことをノエルは直接目にしていた。

 それでも、彼女は気づかない。

 無意識のうちに、ローブの少年と『誰か』を重ねてしまっている事実に。


「……」


 一方で。

 少年の語っている話は壮大すぎて、ノエルにはいまいち意味が理解できずにいた。ただし、その代わりに、この少年について一つだけ気付いたことがある。


 ――この少年は達観している。その癖に、『希望』や『奇跡』、『善性』といった善い概念を諦めきれずに掴もうとしているみたい。


 これを、幼さと呼ぶかは人それぞれだろうが。

 それでも、ノエルは不思議と彼のことを信用できてしまう。


「なに、安心しろよ」


 ぎこちない仕草でグットポーズをしつつも、先程までとはまた違った自信満々の声色で、もしも顔が見えていたのならドヤ顔でもしていたような声で、静かに宣言した。


「『それが世界であるのなら俺に斬れない道理はない』」


 傍から見れば、ありふれた中二病の戯言。

 けれど、ノエルにとって、その苦悩する生き方は、何処か見覚えのあるものであり、それが信じるに値する生き様でもあった。

 だからこそ、ノエルはわざと茶化すように言う。


「……やっぱり、ただの中二病の勘違いルートじゃないですかね?」

「あー、まぁ、そのちゅうにびょう? ってやつは何なのかは知らんが、これだけは信じてくれ。俺はオマエの味方で、【パンドラ】本人から護衛の任を言い渡された人間であることだけはさ」


 しかし、黒ローブの少年との温度差は酷いほどに真逆だった。演じているわけでもなく、嘘をついているわけでもない。いや、正しくは、それらをするには、この少年は些か純粋すぎるようにノエルは見えていたのだ。

 嘘を吐いているのなら、それはきっと分かってしまう。

 仮に演じているのなら、それはきっと浅はかだ。

 それ故に彼が告げた言葉は馬鹿馬鹿しい冗談などではなく、彼自身が真剣に信じているモノを他でもないノエル・アナスタシアに告げているのだと。

 だから、ノエルは信じることにしたのだ。

 冗談の逆が、真剣であるのが当たり前であるように。その確かなズレは、あまりにも合理的な真実を、無意識のうちに懐かしさで微笑んでしまっていたノエルにそう知らせていた。

 そして、何と無しに――何かに焦がれるようにノエルは思う。

 一体、彼はどんな顔をしているのだろうか、と。


「……そのフードを脱いでみてはどうですか?」

「ああ、流石に守ってくれる奴の顔くらいは知っておきたいか」

「いえ、まぁ、はい」


 その解釈と現実は若干異なるが、そう言うことにしておいた方が今後うまく立ち回れるだろうなぁと思い、ノエルは反射的にそう頷く。

 すると、何故か誇らしげに、黒ローブの少年はやはり誇らしげに胸を張る。


「いやぁな、このローブにゃあ『紫外線カットのルーン』とフードを被った時だけの限定で発動する『顔隠しのルーン』が縫ってあるんだよ。どうも俺って、メラニンが完全にないタイプのアルビノらしいし、そうなると俺は紫外線とか完全にNGってわけでな。俺の師匠がそれを心配して、俺のために、俺のためだけに作ってくれたんだ。おまけもついてて最高ってやつだな。それに大罪人って立場上、俺のことを知っている奴らに顔とかを見られると大騒ぎになって面倒なことになるしさ。……えっと、どうかしたか?」

「えっと、そのルーンってやつが何なのかは分かりませんが、見せてもらえるのならさっさと見せてもらっても良いですか?」

「ああ、了解だ」


 彼はそう言うと、あまりにも容易に、顔を隠していたフードが彼の手によって脱ぎ晒される。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな」


 ミディアムの白と言うよりも白銀髪に、いつか――どこかで――彼女が何度も見たことのある鳥居の持つ紅色の瞳。


「俺は歴代最低の名誉を持つ【剣聖】、俗に言う【大罪人】」


 【剣聖】を名乗っているというのに剣を持っていないことなど、当のノエルにはどうでも良い話だった。そう、どうでも良いのだ。それが今まで彼が何度もしてきた、いつもの悪戯なのだと逃げるように思って。


「俺の名は「――アズマ」


 ニヤリと笑う黒ローブの少年が名乗るよりも早く、アズマの顔を見て唖然とするノエルが、ついこぼれたように、アズマの代わりに名乗り上げていた。

 それを聞いて、アズマは不審そうな顔をする。


「……ああ、知ってたのか、流石に。まぁ、アルビノの【剣聖】と言えば、流石に俺――つまりまぁ、必然的に、アズマ――【アズマ・ノーデン・ラプラス】の名前は出てくるか。悪名高き、【大罪人】だもんなぁ」


 が、ノエルが知るはずのない名前を当てられた少年――アズマは、そう勝手に考えて自己完結の憶測で納得する。

 それは見当違いだ。

 ノエル・アナスタシアは知っている。

 『アズマ』と呼ばれ、実際にそう呼んでいる少年のことを。


「――違います」


 ノエルの声は震えていた。

 今にも泣きだしそうに。


「ん? えっと、その、なんか、俺、悪いことしたか?」


 【剣聖】を名乗る幼馴染は困ったような顔をしてそう尋ねてくる。

 そこまで来ると、流石に変だった。


「あの、私です。……覚えて……いませんか?」


 恐怖が彼女の心に浮上する。

 まるで、自分自身のことを本当に知らないような口ぶりが、まるで本当のように思えてしまって、それは、もう、本当に、ありえないけれど、もしかして、本当に、忘れられてしまったのだろうか。


「い、いや、流石に娘さんの情報は機密事項だし、【神秘業界】でも噂にはなってねぇよ」

「……」


 涙が止まらない。

 葛藤ではない。

 ならば、この感情は何だ?


「――ノエル、ノエル・アナスタシアです」


 片手で涙をぬぐって、無理やりに笑顔を作って、明らかに自分を無視した無理をした明るい声で、出来るだけアズマと同じようになるように、少女は――ノエル・アナスタシアはそう名乗り上げる。

 その尋常ではない彼女の態度に、アズマの目つきが変わる。それはありがたいことに、嫌悪ではなく、真剣に何事かと悩んでいる風だった。同時に、必死に、どうすれば良いのかと焦っていることをひた隠しにしていることがよく分かってしまう。


「……そうか、良い名前だな」


 向けられたのは、一年と半年ぶりの笑顔だった。

 死んでいたはずだ。

 実際は生きていた。

 思い出は死んでいた。

 彼は今を生きていた。


「まぁ、とにかく、よろしくな、アナスタシアさん。とりあえず、さっさとここから退散しようぜ。……俺は先に校門で待ってるからさ、色々と整理出来たら来てくれよ」


 彼は歩きながら、続けてそう言ってノエルの横を通る。


「……」


 そうしてアズマに顔が見られなくなった――青春の象徴である屋上から離れた途端に、同じようにノエル・アナスタシアはひた隠しにしていた自らの感情を晒した。

 嬉しそうだったそれは、悲しそうなそれに変貌する。

 そのノエルの表情のわけ――その理由は簡単だ。

 何故なら――本当の家族のいないノエルにとって、一年と半年前に生き別れたはずの幼馴染が、すぐ真後ろで何事のなかったように生きていて。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()


 黄昏の光は彼女を癒すことはない。

 ただ、その雫を見守っていた。


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