第一章番外、『前日譚2』
~前日譚2~
【奇跡の担い手】。
曰く、それは【神秘】に対する人間に許された唯一の対処法をその身に宿す人間。
彼女は『世界神秘対策機構』には所属していない。
それ以外の組織にも属していない。
文字通りの『中立』を実行している。
否、それは違う。
彼女は『世界』の味方だ。
『世界』を壊そうとする者、もしくは結果として壊してしまうようなことをしようとしている人物の『敵』なのだ。
その性質ゆえに、同じく『世界』に属する『人類』の『敵』を殺し尽くすことを目的としている『世界神秘対策機構』と、共同戦線を張ることも多い。
ある意味、『世界神秘対策機構』とは、限定的な味方と呼べるだろう。
しかし、彼女との共同戦線は、多いようで、実際は少ない。
理由は簡単である。
『世界』の味方である彼女の味方が存在しているからだ。
それが、『五英雄』。
【拳聖】。
【槍聖】。
【盾聖】。
【銃聖】。
そして、【剣聖】。
彼ら全員が志すのは、【奇跡の担い手】の守護。それ以外は、絶対に考えられない代物なのだ。
しかし、一つの例外が存在している。
それは、【拳聖】・【槍聖】・【盾聖】・【銃聖】・【剣聖】の継承である。これらに任命される条件は大きく分けて二つだ。一つは、『【世界】によって、その分野で最も強いと認められること』。そして、もう一つが、『それぞれの先代によって、推薦された人間であること』だ。このうちの後者が基本的に優先されやすい傾向にある。けれど、この後者が行われていなかった場合、誰とも知れない人間が――もしかしたら、人外が『五英雄』になることだってあり得てしまう。
そもそも、『五英雄』になる条件が、【奇跡の担い手】を守りたいと思っている人というわけではない。
代々、受け告げられていた思想が、天文学的確率で、それぞれに受け継がれていただけの話なのだ。
例外は、いつだって存在している。
それが当てはまったのが、【剣聖】と【銃聖】だった。
前者は、【奇跡の担い手】ではなく、『世界』を、『大切な人』を守りたいと、10代目にて【奇跡の担い手】から離反。
後者は、初代が戦争で失踪してしまい、その後継者が【奇跡の担い手】から見れば不明になっている。まさか、『転生者』の一人が【銃聖】になっているとは、誰も思っていなかったのだ。
その例外が、現在の歪を生んだ。
アズマ・ノーデン・ラプラス。
ノエル・アナスタシア。
これらのイレギュラーが生まれた。
『世界』のために生まれた存在が、『世界』に仇名す存在となっている。
彼女は、26代目【奇跡の担い手】、『ルーン・オムニバス』は、ふと疑問に思ったのだ。
『世界』とは、一体なんだと。
いくら考えても、彼女には分らなかった。
だからこそ、彼女は言ったのだ。
「イドラっちはどう思う?」
「……えっと」
シスター・イドラは、ただただ居心地悪そうに苦笑いをしていた。
「まず、何故、私なのでしょうか? 他にも、【五英雄】などに聞いてみれば良いと思いますのですが」
「聞いたんだけどさぁ、あいつら、『世界は世界と存じ上げますが』だってさ。これだから、いつまで経っても、私に脳筋って、内心思われるんだって」
「……」
「ああ、ごめんね。愚痴っちゃってさ。まぁ、イドラっちに聞いた理由は簡単なんだよ。そっちの『統括団長』から、『イドラはどうですかね? 僕としては、ルーンとは同い年だし、話しやすいと思いますよ』って言われたから、それはナイスアイディア! と、いうわけで、呼んでもらったわけです」
「な、なるほど」
「で、どう思うよ?」
「……」
「うーむ、そうかぁ。むしろ、同い年の私でも分からないことを、同じく同い年のイドラっちに分かるはずがないか。ごめんね、わざわざここまで来てもらったのに」
「い、いえ、こちらこそ、お力になれず、申し訳ございません」
「うん、せっかくだから、一つお願いしても良い?」
「内容によりますが……」
「じゃあ、言うね。多分、イドラっちは今から、【剣聖】と【転生者】のバックアップに回るために『三枝学園』に向かうと思うんだけど。あ、これは、私独自の見解だからね。話を戻すけど、だからさ、ちょっと、私にも情報を回してくれない? 例えば、今現在、【剣聖】は何を思い、何を成そうとしているのか、とか。【転生者】は、一体全体、何を目的に行動しているのか、とか。こっちは、力はあるけど、規模の問題で情報は回ってこないんだよねぇ。チョーめんどい。で、だからさ、イドラっち。私に情報を回してくれない?」
「む、無理でございますよ!」
「でしょうね、それは裏切り行為でもん。でもさ、でもさ、例えばだよ。今、イドラっちは、イドラっちの命を狙う敵に囲まれていたとして、それさえ了承するのなら、今現在のその状況から、この大親友のこの私が救ってあげるのだとしたら! どうするのが、イドラっちには最適解なのかな? かなかな?」
「……」
「そんな目をしないでよぉ。私たちは大親友でしょ? そ・れ・と・も、ここで絶交でもしてみちゃう?」
「……分かりました」
「ありがとう! 私は嬉しいよ!」
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ガチャリと、ドアが開いた。
罪悪感を背に抱えて。
スタスタと、前に進んだ。
この場から今すぐに去りたいかのように。
意識が空白に侵されていた。
道を真っすぐに進み、角に曲がると、イドラがくぐりぬけるべき『扉』に辿り着ける。
「お帰りなさい、シスター・イドラ」
優しい音色を帯びた声だった。
白いフード付きのローブを着た、声の高さから女性と予想できる人物が、イドラの逃走を阻むように立っていた。
イドラはふと、誰だこの人は、と思ったが、内心で首を横に振り、必死に自分の記憶の棚を確認するが、やはり、この人物には見覚えがなかった。
何より、フードをかぶっている所為か、どんな顔なのかも確認ができない。
だからこそ、イドラは申し訳なさそうに苦笑いをする。
「……あの、どなたでございましょうか?」
一瞬、白ローブの人は硬直するが、納得したかのように、体の強張りを解いた。
そして、誤解を解くかのようにこう言った。
「ああ、僕が一方的に知っているだけでしたね。これはこれは、申し遅れました。ええ、はじめまして、僕は『世界神秘対策機構六代目統括団長』、『ウムル・ノーデン・ラプラス』という者です」
それを聞いて、ようやく回り始めていたイドラの思考が、再び空白に浸食されてしまう。それと共に、イドラは息が止まったように、心臓が止まったような錯覚に陥っていた。
『世界神秘対策機構統括団長』。
『世界神秘対策機構参謀』の役割、組織をまとめ上げること。
対して、『世界神秘対策機構統括団長』の役割はと言うと、組織の力の象徴になることである。
簡潔に言うと、今現在の『世界神秘対策機構』で最も強いのは、今目の前に立っている『ウムル・ノーデン・ラプラス』であるというわけだった。
イドラは脳内で、それだけの情報を導き出すと、自然と体は動き出していた。
膝をついて、必死に言葉を口にする。
「……申し訳ございません! ご無礼をお許しください!」
これは、イドラの勝手な偏見だったが、『世界神秘対策機構』の力の象徴というと、邪知暴虐の王のようなイメージがあったのだ。そもそも、『世界神秘対策機構統括団長』自体が、組織のメンバーの面前に出ること自体が珍しいのである。流石の【パンドラ】でも、少しぐらいは動揺するのではないだろうか。
そんなイドラの印象とは対照的に、『ウムル・ノーデン・ラプラス』は、声も荒げることもなく、逆に動揺したかのように口を開く。
「い、いえ、そう言うのは良いのです。普通に立ってください。僕はそう言う、相手に下手に出られるのが、本当に苦手なんですよ。それに、身分なんて大層なものは、この業界では関係ありません。森羅万象、ありとあらゆる人物は、常に対等にあるべきなのですからね」
「あ、ありがとうございます」
「それはそうと、何故に怖がっているんですか? もしかして、僕が何か、脅しのようなことを口にしてたとかですか?」
「い、いえ、まさか、そんなことは一切ありません!」
「そ、そうですか? それなら好いんですけど」
「……ウムル様、一つ、ご質問が」
「ウムルで良いですよ。それと、いくらでも聞いてくださいね」
「……何故、私の前に姿を現したのでございましょうか?」
「――話がしたかったんですよ。他でもない、君と」
「……そうで、ございますか」
「まぁ、ルーンとどんな話をしたのかが気になっただけなんですけどね」
「……そうでございますか」
「さて、と。話を戻すというか、本題というか、それで、ルーンとの話はどうでした? どうです? 案外、身分なんて関係ないものですしょう?」
「は、はい、楽しい会話ができました」
「それは……良かった。本当に、良かったです」
「そ、それでは、私は、時間が押してますので」
「その前に、一つだけ良いですか?」
「何でございましょうか?」
「アズマ――アズマ・ノーデン・ラプラスと、ノエル――ノエル・アナスタシアを任せたましたよ。どちらも、一途ですから」
「お二人と、何かご関係が?」
「ノエルは、【パンドラ】から彼女について、いつも聞かされていましたから。アズマは、僕が彼の師匠と知り合いでしてね」
「そ、そうでございましたか」
「――さぁ、時間ですよ」
「――その旅路には、様々な困難が待っているでしょう」
「――けれど、諦めないでください」
「――その先に、あなた方の望む未来があります」
「――どうか、あなたに」
「ワールシュタットの加護があらんことを」