第一章25、『重なる依頼』
ガチャリと、音を立てて、扉は開いた。
足音は二人分。
いつも通りの馴れたものだった。
漆黒のローブを脱ぎつつ、アズマは溜息を吐いた。
「はぁ、疲れた」
「お疲れ様でございます、アズマ様」
「そっちもな、お互いにゆっくりと休もう」
アズマは緩んだ声でそう言うが、対するイドラの声は未だにキッチリと引き締まっているものだった。
彼女は続ける。
「……アズマ様、お話がございます」
「何だよ、改まって」
「……アズマ様の部屋は、アズマ様が使ってくださいまし」
「ん、いや、オマエが使えよ」
「いえ、私が使ったら、後が怖いので」
「……もしかして、ノエルになんか言われた?」
「いえ、違います。これは独断でございます。そもそも、ソファとは、寝るためのものではなく、座るためのものでございます。私は後方、アズマ様は前衛。疲労の多さは、明らかにそちらの方が上でございます。ならば、アズマ様がベットを使うのが必然でございます」
「……なぁ、もしかして、俺が倒れた――じゃなくて、俺が弱ったのが、ソファで寝て眠れずに睡眠不足になったと思ってる?」
「ええ、そう私は考えました」
「――俺は寂しがり屋なんだ。ただ、一人で眠れないんだ。そんな、力があるだけのただのガキだ。だから、眠れないだけの話だ。オマエは特に関係ないぜ」
「つまり、二日前は、ノエル様が近くにいたから眠れたのでしょうか?」
「ああ、そうだぜ。恥ずかしい話だ、誰にも言わないでくれよ」
「もちろんでございます」
「だから、効率的に見れば、俺よりもオマエがベットで寝た方が良いのさ。てなわけで、お互いに、風呂とか、色々速攻終わらせて睡眠ってわけで、よろしくおねがいしやす!」
「その前によろしいでしょうか?」
「ん、なんか大事な話か?」
イドラは、躊躇するそぶりを一切見せずに、とある情報を明かした。
「私はトリプルクロスでございます」
「……何それ、新しい技の名前?」
「三重スパイという意味でございます」
「ああ、三重スパイね。なるほど、なるほど、いや、わけわからんぞ!」
「私は今まで、ノエル様の味方ではなく、【パンドラ】様の味方でございました。今から、私は完全に、アズマ様の味方になります。だからこそ、私は私の罪を今ここで公開させていただきました」
「……何で、今、俺にそれを言った?」
「お願いがございます」
「聞かせてくれ、俺はオマエを信用してるし、信頼してる。それに、オマエのお願いなら、仲間として大歓迎だ」
「……私のこれは、ただのエゴで、ただの命令違反でございます。それでも、私はこれを果たしたいのでございます」
「――私には、姉のような人がいました。私の目的は、その姉を見つけ、『世界神秘対策機構』に連れて帰ることでございます」
「オーケー、約束しよう」
「……良いのでございましょうか?」
「いや、考えてみろよ。俺が今まで結んできた約束の中で、多分一番簡単だぞ! なら、他の約束のついでだ。この俺に、アズマ・ノーデン・ラプラスに任せろよ」
一つ、【パンドラ】からの『ノエル・アナスタシア』の護衛の依頼。
二つ、【転生者】との契約。
三つ、【生徒会長】からの【七不思議】解明の依頼。
四つ、イドラとの約束。
それらが重なる。
イドラは苦笑いをしながら告げる。
「……やはり、アズマ様はお人好しでは?」
「いいや、違うね。俺は、誰もが恐れる【大罪人】の【剣聖】だ」
「それでは、報酬についてお話いたしましょう」
「え、味方になることじゃないのか?」
「それは前提でございます」
「別にいらないけどなぁ」
「アズマ様、それでは寝るのなら、私に教えてくださいまし。アズマ様が安眠できるまで、私がそばに居させていただきます」
「……拒否権は?」
「依頼の破却がございますが……」
苦笑いをして、アズマは両手を上げた。
そして、軽快な口のりでこう言った。
「俺の負けでーす」
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ガチャリと、アズマの寝室の扉が閉まった。
だからこそ、寝たふりをしていたアズマは起き上がる。
「行ったか」
ベランダのドアを静かに開けて、アズマはスリッパを履きつつ、二歩前に進む。
やはり、十一月にこの格好、それもスリッパは寒すぎた。
それでも、片手に握りしめたガラケーを、体を震わせながらも、器用に動かした。
「――ふぅ」
数コールの後。
聞きなれたわけではないが、馴れ馴れしい声色が聞こえてきた。
「やあやあ、こんな夜遅くにどうかしたのかな、アズマ君?」
「話がしたい」
「今かい?」
「出来れば」
「残念ながら、今日はまだ仕事があってね。今も、日本で絶賛怪異殺し中だよ」
「怪異を殺しに、向かっているのか?」
「いや、今殺し合ってるけどね」
「……殺し合いながら、電話をしているのか?」
「ああ、そうか。普通はありえないって、楓が言ってたっけ? まぁ、誰だって練習さえすれば、この程度のことなら、もちろん、君だって出来るようになるさ」
「そうか、そうですか」
「そうだよ……っと」
彼は力んだ声を出すと共に、ガラケーの向こう側から、大きな衝撃音が鳴る。
アズマが軽く引いていることも知らずに、日比谷は続けて言う。
「えっと、話だね。社春、今日はこの後、スケジュールはどうかな?」
「……」
アリスとは、誰のことだろう。
そんなことを考えながら、アズマは無言を保っていた。
「――ああ、うん、そうか。いや、でも、少しぐらいは……はい、そうですよね。ごめんなさい。約束はきちんと守ります。ゴメンって、本当に」
「……」
日比谷博文。
二重人格説。
……みたいなやつがあるのかもしれない。
「っと、すまないね。今、秘書兼許嫁とこれからのスケジュールについて、ちょっと念話してたんだ」
「……念話か」
ツッコミどころ満載の言い分だったが、アズマはひとまず無視をする。
じゃないと、話が永久的に脱線する気がする。
「ごめんね、今日は無理みたいなんだ。出来れば、明日が私は丁度良いんだけど、どうかな?」
「大丈夫だ、俺は年中有休だからな」
「護衛の任じゃないのかい?」
「護衛は趣味だ」
「なるほど、面白いね。今度、許嫁にしてみるよ」
本当に面白そうに、彼はそう言うが、怪訝そうな声色でさらに言葉を続けた。
「――いや、明日は学校だろう?」
「サボる」
アズマは平然とそう言った。
それを聞いて、画面の向こう側から大爆笑が聞こえてきた。
必死に笑いをこらえているのか、そんな声色で日比谷は答えた。
「悪い生徒だね」
「ああ、俺は悪い子だよ」
「分かったよ。なら、私はそんな君を見逃す、とっても悪い大人になろう」
それを聞いて、アズマは鼻で笑う。
そして、尋ねた。
「何時だ?」
「明日の12時だよ。都合はどうだい?」
「万全だ」
「了解だよ。ついでに、昼食を奢ろう」
「そいつはありがたいな。こう見えても、育ち盛りなもんでな」
「ああ、後輩には、中身だけじゃなく、身長でも超えてもらわないとね」
「後輩?」
「ああ、私も『三枝学園』の出身なんだ。と言っても、イギリス支部じゃなくて、日本支部だけどね」
それを聞いて、ふと気になるどうでも良い情報が思い浮かぶ。
「イギリスと日本以外にもあるんですか、『三枝学園』って」
「ああ、アメリカにもね。あの国は、少々、特殊な立ち位置にあるから」
後輩と先輩。
上下関係はハッキリとしていた。
「――今度、お聞かせください」
「急に敬語になったけど、どうかした?」
「いや、敬語の方が良いかなって」
「ああ、そうか。うん、そうだね、一応、君も後輩だしね。そう考えるのは、まぁ、妥当かもね。……でも、思い出してみると、私を先輩呼びした奴って、一人もいないんだよねぇ」
「……意外と人望が無いんですか?」
「敬語とは裏腹に、辛辣だね。……いや、自分で言うのもなんだけど、けっこう、人望はあると自負しているよ。一つの組織をまとめ上げれるくらいには、ね」
「……じゃあ、尊敬します」
「お世辞でもうれしいよ、ありがとう」
「いえいえ、本心ですよ」
「まぁ、話を戻そうかな」
「ええ、戻しましょう」
「それじゃあ、明日の午後一時に、喫茶店『坂本』に集合ということで、よろしくお願いするよ」
「分かりました、では、明日に」
「じゃあね、良い夢見てよ」
通話が切れた。
少年は深い溜息を吐き、そして最悪そうな表情をしながら、静かに悟っていた。
再び。
ウンザリするほど長い夜が始まった。




