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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
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第一章23、『【伊勢の番人】』


 目が覚めると、その天井は白で埋め尽くされていた。

 ただ、限りがない風景がそこにはあったのだ。


「よぉ、目が覚めたか、駄作」

「……誰よ、あなた」

「ああ、俺、俺か。逆に誰だ、アンタは。俺は、ノエル・アナスタシアを引きずり込んだもんだと思っていたんだがな。思わぬものが、釣れてしまったみたいだ」


 ――そうだ、コイツは。


「あの人魚を連れてった、カッパ人間!」

「ん、あの距離からでも分かるのか。っふ、意外だな」

「わ、私に、何をするつもりなの!」

「何もしねぇよ、普通に失敗だ」

「……失敗?」

「……そうだな。おい、駄作。どうせなら、俺の暇つぶしに付き合ってもらおうか」

「……」


 どうやら、あちら側はこちらの質問に答える気はないようだった。

 それを察していると、カッパ男は面白げに続ける。


「何だ、不満そうだな。駄作と呼ばれたことに、殺意でも覚えたか? っは、良いことを教えてやる。いいか? 駄作は駄作だ。ついでに言うと、この世界は意外と案外に駄作だらけだ。もしかしたら、この世界自体が駄作かもしれない。少なくとも、名作ってわけじゃない。――話を戻すが、だから、駄作であることが普通なんだ。だから、別に恥ずかしがることはない」

「……五月蝿いわよ、あなた」

「それだけが、俺の取り柄だ。見逃せよ、駄作」

「だったら、そう言うあなたは、あなたが認める名作なの?」

「当たり前だ。感情輸入するまでもなく、最初っから、その感情が何なのかが分かる。共感って奴は、小説には必要不可欠なものだからな」

「それは……独り善がりよ」

「アンタがそれを言うのか、笑えるな。いや、笑えんか。俺は俺でしか、笑うつもりはない。自虐こそが、最大の喜劇だ」

「……あなたも、あの問題児に引けを取らない問題児ね」

「それは感激だ。あんなに劇的な人生を歩んでいる奴と、俺なんかの在り方を同じものとしてくれるとは、本当に笑える。まさに、感謝感激な喜劇だ」


 体は動かさずに、周囲を見渡すが、どうやったって、逃げ道は無いように見えた。


「……良いわ、付き合ってあげる。あなたの、暇つぶしに」

「さて、なら、アンタの答えを聞かせてもらおうか。俺にも。もちろん、アンタにも。イーチアザーで時間がないわけだしな」

「――紅茶ぐらいだしなさいよ」

「じゃあ、お茶ぐらいは出してやる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 机の上に、二つのコップが置かれた。

 今川焼と言うやつだろう。

 【伊勢の番人】は、それを僅かに飲むと、淡々と、独り言のように始める。


「まずは、俺がノエル・アナスタシアに伝えるつもりだったことを、駄作のアンタに無意味に伝えることにするか」


 レクシー・ブラウンは、己に向けられた罵倒を平然と無視しつつ、用意されたお茶を恐る恐る掴んでみた。


 ――熱い。


 この寒い冬にはちょうど良い、そんな温もりがレクシーの手に伝わってきていた。ひとまずは、それで警戒を解き、お茶を【伊勢の番人】と同じように飲むと、咄嗟に彼女は叫ぶ。


「――にがっ!」

「そりゃ、緑茶だからな」

「……」

「ふぅ、目が覚めるな」


 レクシーの恨んでいるような視線をガン無視して、他人事のように【伊勢の番人】は表情を和らげる。

 対して、イライラしているような口調で、レクシーは言った。


「……早く、話してもらえるかしら?」

「はいはい、急かすなよ、駄作のくせに」

「時間がないって言ったのは、あなたでしょ!」

「ああ、言った。今してるのは、時間調整の会話だ、駄作」

「……」


 レクシーはそれを聞いて、ウンザリしたかのような顔をする。

 それを面白そうに見て、【伊勢の番人】は、机の上に茶碗を置いた。

 そして、彼は始めた。


「今から俺がアンタに伝えるのは、アズマ・ノーデン・ラプラスの持つ性質に関する情報だ。これは、本来なら、アンタじゃなく、ノエル・アナスタシアに伝えるべき情報だ。レクシー・ブラウン、アンタは、この情報を知るべき人間じゃない。思想上、立場上、実力上、何でも良い。もしくは、それらすべてだ。アンタは、これを知るに相応しくない。その

とは、しっかりと頭の中に入れておけ」

「分かったから、早く教えなさいよ」


 【伊勢の番人】は背伸びをする。

 そして、語る。


「……アズマ・ノーデン・ラプラス、奴には、兄弟子と姉弟子がいた。いずれも、現在は生きていない。奴らは、それぞれだいぶ変わった思想を持っていた。兄弟子は『自分が他人を殺さない限りは、自分が他人に殺されることはない』というもの。姉弟子は『威厳がない限りは、自分は他人に勝つことができない』というもの。どちらも、根拠のない持論で暴論だった。けれど、彼らは、それらの思想に誇りを持っていた。だから、死に物狂いで戦えていた。彼らの最後は、一人の弟弟子を守る戦いだった。彼らは、七人の英雄と殺し合い、死んだ。その出来事は、一人の少年を変えた。ただでさえ、記憶だけでなく、自分自身を見失っていた少年を、完全にイカれさせてしまった。彼らの死と共に、少年は二つの思想を得た。一つは『人を決して殺してはいけない』という【強迫観念】で、もう一つは『他人に望まれたように演じなくてはいけない』という【見棄てられ感】だ。ノエル・アナスタシアは、アズマ・ノーデン・ラプラスを愛している。決して見棄てることはないし、【運命の日】まで決して死ぬことはない。アズマにとって、この世界で信用できる人はノエル・アナスタシアしかいない」

「……だから、何よ」


 【伊勢の番人】は欠伸をする。

 やはり、告げる。


「アンタがノエル・アナスタシアだったら、アズマ・ノーデン・ラプラスの手を離さないでくれと、俺は頼んでたさ。けど、アンタはノエル・アナスタシアじゃなく、レクシー・ブラウンだ。どうしようもない」

「なら、帰してよ」

「いや、まだ時間はある。だから、もう少し、深く掘り起こすぞ」


 【伊勢の番人】は目をこすった。

 しかし、綴った。


「奴はまだ、全力で戦ったことはない。そもそも、【愛刀】がないと【奥義】が使えないという言い分こそ、奴の思い込みからなる勘違いならぬ間違いだ。【剣聖】アズマ・ノーデン・ラプラスは、【愛刀】がなくても【奥義】は使用できる。だが、それは、理論上の話だ。奴は奴自身が持つ思想、『人を決して殺してはいけない』という代物が、斬りたいものだけを斬れる【奥義】、【無窮一閃】の使用を阻害させている。ある意味、これを使えば、世界だって終わるし、それなら、同時に人だっていくらでも殺せる。そんな力を、奴は持て余している。それを知っている人間は、他ならぬ先代【剣聖】だ。だから、彼女は彼に【剣聖】の名を託したんだ。自らの弟子が、命を懸けて守ろうとした、最優の弟子を。言ってしまえば、奴は常に負けている。プレッシャーに、期待に、悪意に、善意に、愛情に、自己嫌悪に、偽善に、全てに、押しつぶされ、塗りつぶされ、常に己が持つ色彩を変化させている。だと言うのに、奴の中には、未だに二つの思想が居座り続けている。俺が思うに、奴は【鏡】なんだと思う。死者だけを、幽霊だけを写す、【併せ鏡】。目の前で、誰かが死ぬ度に、奴は、自らの根幹に、他者の思想を寄生させる。ゆえに、奴はヤドカリ、【宿借理】だ。他者の理に居座り続ける存在だ。――っは、どちらが寄生中なのか、俺には全く分からんな」

「……」


 【伊勢の番人】はほっぺたをつねった。

 片目を閉じて、続けた。


「レクシー・ブラウン、憐みとは悪ではない。憐憫とは、悪ではない。面白くなければ、その人生を生きる価値は無いが、飽く迄、生きる価値が無いだけだ。他の価値はある。価値があるから勝ちではない。皆、等しく、それぞれの価値を己に宿している。アンタの価値は、【剣聖】になることではない。むしろ、その道のりは、負けだ。アンタは、今まで通りに生きておけ」

「でも……」


 【伊勢の番人】は笑った。

 可笑しそうに。


「アズマ・ノーデン・ラプラスは甘い。無理にでも、弟子にしてくれと言いさえすれば、誰だって弟子にするだろう。だが、それで終わりだ。アンタは、【剣聖】の弟子になれども、【剣聖】には絶対になれない」

「そんなの、やってみないと分からないじゃない!」

「いいや、分かる」

「何の根拠が!」

「アズマだ」

「あの問題児と、今何の関係があるのよ!」


 【伊勢の番人】は首を振った。

 肯定するかのように。


「アイツは、先代の弟子になった時点で、完全な無色だった。何色にも染まる、いや、染まれる子供だった。けどな、何もない、何も分からない、そんな無明を極めたその果てで、何かを知ることなんてできないんだ。挙句、【神秘】に関わった。万能の劣化版の劣化版が、ひねくれたら、ああなる。ああなってしまうんだ! なぁ、アンタは、【剣聖】になりたいわけじゃないんだろ? 正しくなりたいんだろ? だったら、警察とか、政治家とか、一風変わって革命家にでもなれば良いじゃないか!」

「……何なの? あなたは、あの問題児の敵なんでしょ? なのに、何で、私にそんなことを言うのよ!」

「……自己嫌悪だ。昔の俺と、今のアンタは、よく似ている。先達からの助言だ。大人しく、身を引いておけ。無知でいる方が、楽で幸せだ」


 【伊勢の番人】がそう言った。

 その、次の瞬間だった。


「ちが……う」


 レクシーは自身の体の異変に気が付いた。

 それと共に、まるで、それが、異変が加速するスイッチだったかのように、それらの現象は悪化していく。

 眠気が襲う。

 力が抜ける。

 まるで、糸の切れた人形のように。

 それを見ながら、【伊勢の番人】は淡々と告げる。


「――タイムオーバー、時間切れだ」

「なに……を、したの」


 やはり、淡々と告げる。


「お茶の中に、睡眠薬を入れただけだ。遅延性の、それもよく効くやつを」

「……っ!」


 感情が見られない今までの言動。

 それらを否定するかのように、彼は最後にこう言った。


「おやすみ、一般人。アンタの物語は、もっとつまらない方が、面白いさ」


 そう言って、レクシー・ブラウンを、冷たい床からやんわりとしたソファに、優しく横にさせると、一仕事を終えたように、穏やかな表情をする【伊勢の番人】は、ゆったりと立ち上がって。


「――待たせたな、【剣聖】」


 先程現れた少年に対して話しかけた。

 つまらなそうに欠伸をする少年は、別にどうといった様子もなく、あっけらかんとこう言った。


「大丈夫だ、今来たところだからな」


 敵か。

 それとも、味方か。

 それは、彼らのみが知っている。


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