第一章20、『三枝学園』
『三枝学園』には、大きく分けて五つの機関が存在している。
上から見て、それらの機関は、それぞれ『島』に存在しており、その島を点としてみて、線で繋げると、綺麗に四角形を描いている。
一つ目が小学生が通う小学校を基準に『島』の運営が行われている、右上に位置している『島』――『三枝学園イギリス支部小等部』。
二つ目が中学生が通う中学校を基準に『島』の運営が行われている、左上に位置している『島』――『三枝学園イギリス支部中等部』。
三つ目が高校生が通う高校を基準に『島』の運営が行われている、右下に位置している『島』――『三枝学園イギリス支部高等部』。
四つ目が大学生が通う大学を基準に『島』の運営が行われている、左下に位置している『島』――『三枝学園イギリス支部終等部』である。
そして。
その最後の『島』は、『三枝財閥』の『データバンク』が存在する絶対機密とされている、中心に位置している『島』――と言われている、実際の用途は一切不明な立ち入り禁止となっている四つの『島』の中心にある『島』である。
これらの『島』には、いずれにも『地下図書館』が存在しており、その総合面積は世界で最も広いものと言われている。
この最後の『島』を除いた、残りの四つの『島』は、そのいずれもが基準となるものが存在している。
しかし、その基準に縛られないものもある。
それは、『店』である。
そもそも、『三枝学園』の人口の六割は学生だが、残りの四割は成人している大人なのだ。それらの人物らが何をしているのかと言うと、単に『教師』や『警備員』などの生徒を見守る職業をしているだけではなく、『消防士』や『店員』などの『三枝学園』を一種の『町』として運営させるための職業をまた行っている人物もいるのだ。
ある意味、ここでの仕事の在り方は、公務員によく似ている。
『三枝学園』という一種の国に命じられて、それを実行する存在。
そういう風にも、ここの職員は見て取れた。
そのため、『三枝学園』に就職することは――それは、自分の任された仕事を果たし、生徒を同時に守りさえすれば、それらの失敗を侵さない限りは、絶対に失うことのない理想のものとも言える。この『島』の大人にとって、『勤務外』とは、無理をしてまでも演じずに済む時間なのだ。
言ってしまえば、休暇とも言える。
だからこそ、生徒が本来には、学校で勉学に励んでいる時間帯だったとしても、『店』は『勤務外』の人々の生活を支えるために日々展開されているのだ。
そんなある誰かの日常。
それの事実を、アズマたちは悪用(?)していた。
確かに。
その道のりには、僅かに人が歩いていた。
しかし、それはいずれも、子供とは言えない年齢の人間だった。
多少の罪悪感のようなものを感じながらも、赤みを帯びた黄金色の紙を持つ少女は、同じような感覚に襲われていた茶毛のロングヘアーの少女に、服を――大人っぽい服を片手に話しかけた。
「この服なんてどうですか?」
「ええ、良いんじゃないの? 凛とした印象があるイドラには、十分に似合うと思うわ」
その同意を聞きつつ、茶毛の少女が持っている同じく大人っぽい服を見て、黄金毛の少女もまた、同じような言葉を返した。
「その服も良いんじゃないですかね?」
「本当? ありがとう、ノエルさん」
そんな平和なやり取りの中に、黒いパーカーを片手に、とても小さな爆弾を投下しようとする少年がいた。
彼は呆れたようにため息を吐いて言った。
「っは、まだまだだな。どうだ、これとか?」
「「ありえないですっ!」」
「……」
少年は、何言ってんだコイツ、と見るからに思っている表情をする。
対する二人もそうだった。
視線と視線がぶつかり合い、見えない火花が散る。
そんな雰囲気に割り込むように、萌え袖シスターは言った。
「あ、あの、ノエル様にレクシー様、私は別にそのパーカーでも構わないのですが……」
それを聞いて、黄金毛の少女は嬉しそうに微笑んだ。
それはきっと、萌え袖シスターが少年の味方をしようとしているように見えたからだろう。
……だがしかし、萌え袖シスターには、そんな思惑があるわけでもなく、ただ単純に、少年の持ってきた服で十分なのだと考えていただけなのだ。
どっちみち、黄金毛の少女は、そんなことも知らずにこう言った。
「駄目です」
「ええ、ノエルさんの言うとおりだわ」
茶毛の少女も同意する。
「え、えぇ、そうでございますか」
その二人の執着ぶりに若干萌え袖シスターは引きかけていたが、このことも知らずに少女二人は二人で会話を続けた。
「さ、ノエルさん。早く選んじゃいましょうよ」
「そうですね。……あっ、これとかどうですか?」
「良いわね。じゃあ、これも――」
それを静かに傍観していた、それも、すべての言い出しっぺに当たる少年は、ポカンと死ながら悟っていた。
自分は、完全に蚊帳の外なのだと。
だからこそ、平然と笑う。
「お、おぉ、そうか。じゃあ、頑張れよ、イドラ。俺は外で待ってるから」
そう言って、クルリと後ろを向き、外に出ようとしたその時だった。
「……」
「あの、イドラさん」
がっしりと。
「……」
「無言で腕を掴むの止めてくれない?」
「……」
少年の言うとおりに、萌え袖シスターは彼の腕を無言で掴んだ。
「いや、首を振られても困るだけなんだけど」
「……」
そんな、文字通りに一方的なやり取りをしていると。
ポツリと。
「――そう言えば、問題児もいつも同じような服装よね」
茶毛の少女はそう言った。
「……確かに、アズマ君はいつも同じ服装ですね」
その時、少年は自らの末路を何の躊躇いもなく、察していた。
しかし、少年は足掻くのだ。
「イドラ! いや、イドラさん! は、早く、早く放してくれ、ください! ホント、お願いしますから!」
「アズマ君」
声が、響いた。
黄金毛の少女に背を向けたまま、少年はシリアスの声色で言う。
「……ノエル、俺はな。この服しか着れないんだ。この黒いローブに刻まれている『紫外線カットのルーン』がないと、俺は大変なことになってしまうんだ」
「ここはレディースですから、今すぐ一緒に別のお店に行きますよ」
彼女はそれを無視する。
「待て、待つんだ。人の話を聞け、聞いてくれ!」
「あ、でも、アズマ君は、意外とスラリとした体形ですし、案外と女性ものの奴でぴったりかもしれないですね」
やはり、無視する。
「だから!」
少年が後ろを向くと、ニッコリと笑って、ノエルはこう言った。
「常時着ていないといけないのは、その黒いローブだけですよね?」
アズマは、静かに視線を逸らす。
「……黙秘権を使用する」
「ノエルさん、イドラさんの服を買ってきたわ」
「ありがとうございます、レクシーさん」
「いえいえ、どうやら、私たちはよく気が合うようね」
「ええ、馬が合うようです」
小さな声で、未だにアズマの腕を握るイドラに、蟻地獄に落ちた蟻のように、無駄に足掻くように、ボソボソと声をかけた。
「い、イドラ、ま、まだ、まだ間に合う。て、手を、放してくれ」
「……」
返事はない。
あっさりと腕を掴んでいた拘束が解かれたかと思うと、そして、次は、ノエルが優しく手を握ってきて、言った。
「行きますよ?」
「……ハイ、ソウデスネ」
そんなアズマの無駄な足搔きを見て、イドラはにっこりと笑っていた。
レクシーは、ざまぁみろと満足げだった。
結局、世の中は。
旅は道連れ世は情け、というわけであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長時間のお人形遊びモードから解放されて、よろよろと疲れた様子で、女子三人組から逃げるように、アズマは店から出ていた。
「ったく、人をなんだと思ってやがる」
こんな感じに、ブツブツとしょうもない文句を口に出しながら、ポツポツとアズマは歩き出した。
一人の時間は、異様に静かに感じられた。
だからこそ。
そこからある程度歩いてから、ふとアズマは気が付けたのだ。
既に時間帯は、夕方だ。
昼間ならば、人が歩いていることは、あると言えばあるが、それでも少ない。けれど、それでも、人一人ぐらいは歩いているものである。
ならば、夕方になれば、生徒は下校し、それに加えて、外で行動することができるようになるはずだった。
必然的に、人は増えるはずだ。
それなのに、何故にこんなにも人気がないのか、と。
たとえ、平日だとしても、この人気のなさは異様すぎる。
「――初めましてだな、【剣聖】」
同時に、その人間の異様な雰囲気にアズマは気が付く。
明らかに、おかしい。
確かに、今は十一月だ。
あと数週間すれば、子供が怪物の演技をする舞踏会が始まる。
しかし、それは今ではない。
そもそも、日中に。
それも、ハロウィンでもないのに。
巫女服を着る奴がどこにいるのだろうか。
いや、いるはずがない。
それ以前の問題だった。
アズマのことを【剣聖】と呼んだ時点で、アズマにとっては、一つの答えは導き出されていた。
静かに、あるはずのない刀を握り、アズマは言葉を返した。
「誰だ、テメェ」
人間は静かに礼をして、こう名乗り上げた。
「『人形師』、『三枝学園高等部七不思議』が一人、『生き人形』だ」
物語は加速する。