序章4、『オカルト部』
『――パンドラ先生のパンドラ先生による我が娘のための『バカアホマヌケでも出来るウルトラ簡単な自己紹介のやり方』のコーナーのお時間です! イエーイ、パチパチパチ。そう! これさえ出来れば、どんな人とでも仲良くなれるはずだヨ! 新学期、クラス替えで不安な時期だろうけど、私の知識を基にどんどん友達を増やしていこうネ! まずは、ステップ1! まずお名前を名乗っちゃおう! これ基本ね、基本だヨ! なんせ、人との付き合いで名前とはとても大切なものだからね! 絶対に覚えても忘れないようにネ! そして、ステップ2! 次に自分の好きなものを言おうネ! 人との付き合いにおいて、自分について知ってもらうのは、とても重要なことだヨ! 続けて、ステップ3! 良く話をしましょう。人間は第一印象でよくどんな人かを判断するけど、それは実によくないことです。そう、だから、話してみることでその人がどんな人かをキチンと理解してみようネ! それから――』
話は、まだまだ続くようであった。
あの人なら、息づきもせずにこれを一言一句間違えずに言えそうだ。
そんな思考が巡っていた。
「……はぁ」
ここでも、溜息が一つ。
可愛いらしく(親友に)デコられたスマートフォンを片手に、その画面を除き込みながら、つい【ノエル・アナスタシア】は顔を顰めて溜息を吐いてしまう。我が母親ながら、こんなおかしな怪文をよく贈ってきてくれるな、と彼女は半ば呆れてしまっていた。というか、彼女からしたら、変なメールを送ってくる人物は彼女とあと一人くらいである。
そんな彼女の居る場所は『オカルト部』の活動をしている空き教室だ。
奇跡の逆転合格を経て、無事に『三枝学園』へと入学してからの楽しい新生活は、約一年とちょっとが過ぎたわけだが、何とか無事に、実にありふれた普通の日常を過ごすことが出来ている。
「どうかしたの、ノエル?」
その様子を不思議そうな顔をして覗いている少女の正体は、ノエルの同級生であり、二人いる幼馴染のうちの一人である赤髪短髪の【イザベラ・ダーレス】だ。――ちなみに、ノエルの抱えているストレスの根源、その一つでもある。
「いやぁ、訳の分からないメールを母様が贈って来たんですよねぇ」
「そういうのは、無視が一番だよ。私もそうしてる」
それを聞いて――流石に削除まではしないが――その悪い気分を誤魔化すように、ノエルはスマホの画面を閉じた。必然的に、黒い画面に誰かの顔が、ノエル・アナスタシアの顔が鏡のように映る。
『夕焼けの赤みを帯びた黄金色の長髪に、澄んだ空のように青い瞳。そして、俺の知る限りでは誰よりも整った顔つき。いやはや、別にそれが理由で好きになったわけじゃないけど、それでも二度楽しめて……じゃないな。んー、なんて言えば良いのかな?』
ノイズが走る。
忘れていようと努めていた記憶を一瞬だけ意識してしまう。その言葉を心の奥底に押し込むと、彼女はやはり誤魔化すように笑みを作り直した。
(私の本当の両親がくれたものはこれぐらいかな)
我ながら、不満げだなぁ、と彼女は思う。
――『三枝学園』。
戦後、日本には一つの財閥が誕生した。
それが、『三枝財閥』であり、現在、世界の複数の市場を完全に支配するまでに至った大手財閥である。そんな『三枝財閥』が一番に創り出したのが、この『三枝学園』ではなく――そもそもは日本の『三枝学園』だ。今となっては、その『万能』とも言える教育環境や生徒に対する援助などが多くの研究者に大きく評価され、全世界共通の『とりあえず目標の一つにしておく学校』となっている。
その評価を受けてか、イギリスにも『三枝学園』が作られることになったらしい。
去年のことだ。
現在、『オカルト部』に在籍している【ノエル・アナスタシア】は、無事に過酷な入学試験を突破し、今年もまた進級を無事に終えたところである。
話は変わるが、ノエルはイギリス人なわけだが、御覧の通りに英語ではなく日本語を使っている。その理由としては、『元々日本語を使う環境で過ごしていたこと』も挙げられる。が、今も尚使っている理由としては、将来、イギリスから日本に移住するためである。
ノエルの夢は日本でまったり暮らすことだ。
……あとは、もう一人の幼馴染の遺言を、日本にいるであろう家族に伝えるためでもある。
「オッハー、みんな大好き天月パイセンですよぉ」
と聞き覚えのある声が響いた。
日本の伝統文化である和服と、【三枝学園】のセーラー服を合体させている、言葉のそのままの意味で変な服を着ているノエルの一つ上の先輩、桃色の(それも天然の)短い髪を持つ少女こと【天月未来】は、いつも通りに何故か箒を片手に元気よく、勢いよく扉を開けて挨拶してくる。
『オカルト部』創立者にして、現部長【天月未来】。
ノエルが英語ではなく日本語ばかりを使う理由は、一応彼女のためでもあった。先程記載したように、ノエルはそもそも日本を使うような家庭で育っていた。ただ、重大な理由が存在していた。
――単刀直入に言うと、天月には英語が使えないのである。
彼女は日本が母国であり、何となく日本が嫌になったのでイギリスに引っ越してきて、さも当然のように過酷な試験を突破した天才――なのだが、それでも、何故か、彼女は英語が喋れない。その所以は本人曰く、「いや、試験勉強しても終わったらすぐに忘れるくない?」らしい。
一夜漬けで覚えたみたいに言うな、この人。
……誠に残念で遺憾である。
「今は黄昏時ですよ、未来先輩」
再び、聞き覚えのある声が響いた。
その声の主はノエルの同級生だ。彼の着ている服装はありふれたもの――いや、その服装は一番してはいけない相手であろう天月をリスペクトしているのか、してしまっているのか、彼女と同じような和服に、ノエルたちが着ているような学生服を合体させている。天月が和服七割なら、彼は和服三割だろうか。――なんて感覚が狂って普通のように見えてしまう、正しく異様な格好の少年こと【トム・ジェイソン】は静かになんてことないことを突っ込んでいた。
ちなみに彼は天月と違って英語が使える。――と言うか、『三枝学園』の本校があるはずの日本からわざわざイギリスに来る人はそうそういない。
「はっはっは、そう言う固いのはエヌジーだから、トムっち。……さてと、早速だがイザっち――アハハ……さっきまで起きて話してたはずなのにもう寝てるってどういうことかな!?」
すぐ隣で起きていたはずの現在進行形で睡眠をしているのは、彼女の言うとおりにイザベラである。ぐっすりと気持ちよさそうに熟睡している彼女を見て、今思い出したかのようにノエルは呟いた。
「確か、昨日、徹夜でゲームをしてたんでしたっけ?」
イザベラの趣味はゲームと情報収集だ。
(ノエルの知る限りでは)普段は一睡もせずにこれらを実行し、御覧の通りに授業中でも関係なしの爆睡と言う名のゲームを行っている生粋のゲーマーである。正直、古くからの馴染みであり、それゆえにイザベラの学力について誰よりも知っていると自負しているノエルにも、何故彼女が進級できたのかさっぱりであった。というか、ノエルには彼女の良い噂を聞いたことがない。実のところ、男子生徒が不審者にボコボコにされたので注意しろとのメールが来た時、真っ先に犯人として彼女が疑ったのがイザベラである。
ある意味、ノエルは彼女を誰よりも信用していた。
「……じゃあ、ノエル・アナスタシア君」
「あの、それ、止めてもらえます? しょうがなくって感じで私に振り直す奴」
「いや、イザベラ・ダーレス君にしょうがなく付き合って『オカルト部』に入ったノエル・アナスタシア君だし、こういうのは興味のある人間に振った方が良いだろうしさぁ。なぁ、同士諸君もそうは思わんかね?」
「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思います」「わっちもそう思いま――」
グットポーズをしながら天月は言う。
「――ほら、みんなそう言ってるじゃん」
「いや、ウチの部活は四人しかいませんよねっ!? いや、そもそも、天月先輩が声を変えて話しているだけでしょ、それ! まるで実際に数十人もいるように感じさせる、その技術は認めますが、それでそんなので騙せると思わないでください!」
「はて、一体全体何のことだか?」
駄目だこれ、と。
その無茶ぶりを流石に察して、ノエルは助けを求めるためにトムの方を向くが、
「……僕、疲れた。ここまで来るのに、そうとう、疲れた」
「それはみんなもそうですけどねぇ!」
はぁはぁ、とノエルは荒い声を上げる。
もちろん、疲れたという意味で。
そんな困惑かつ疲弊している彼女のことはガン無視するスタイルなのか、天月は教室内にある椅子に座り、両手を組む。
「それでノエル君、この学校に『七不思議』があることをご存じかな?」
「ええ、知っていますが、それがどうかしましたか?」
「そうかそうか、一言一句間違えずに話すことが出来る、と。素晴らしい、流石は優等生にして、仮にも『オカルト部』の一員というわけだな!」
「あ、すみません。分からないので教えてください」
この人、ただ語りたいだけか。
そんなことを呆れつつ思い、思考停止しつつもノエルは天月を見る。経験上、目と目でなくとも、視線を眉の辺りに向ければいいことを彼女は知っていた。そうしてみると――どうだろうか、まるで話を真剣に聞いている風に見える。
「そうかそうか、そんなに知りたいのか。……だけどね、ノエル君。人間、何でもかんでも教えてしまえば、最終的には何も出来なくなってしまうんだ。だから、君は徐々に慣れていって、いろんなことを自分で調べて知ってこうね」
「……ハイ」
「なら、『三枝学園』は孤島にあるわけだけど、何が有名か知ってる?」
「リンゴですか?」
「はい、正解。だから、この孤島はアーサー王の眠るアヴァロンだと思うんだよね」
「……どんな都市伝説ですか、それ」
「『七不思議』の壱だけど?」
一度も聞いたことがない話だった。
いや、それだと語弊がある。彼女は一度も、この【三枝学園】に来る以前に、そんな噂があるということを聞いたことがなかった。それでも、当たり前の常識のように語ってくるのが、天月クォリティーである。……だとしても、ノエルはこんな思考に至った。
――実は『七不思議』じゃなくて天月先輩のこじつけなんじゃ……?
その真偽を確かめるために、その道三年の(天月と腐れ縁である)人物にノエルは呼びかける。
「あの、トム君?」
「……言わなくて良い。僕もそう思うから」
と、ここまで見れば分かるように。
ノエルは『ツッコミ(本来はボケ)』、イザベラは『不明――というか不在』、天月は『ボケ(常設)』、トムは『放任(適正ツッコミ)』なわけである。ノエルとしては、トムあたりが『ツッコミ』に向いていると考えているが、本人は全力で首を横に振ってくるのでどうしようもない。……なので、ツッコミがいない恐怖を知っているノエルが、『オカルト部』での『ツッコミ』という名の貧乏くじ確定ガチャを引いているわけだった。
話のネタが無くなってきた頃。
「そう言えば、今日の昼らへんに黒いローブを着た不審者が校舎をうろついているって話をさっき聞いたんだけど、ノエル&トムは何か知らない?」
ノエルは思考停止させながら答える。
「魔術師かなんかじゃないですか?」
トムも思考停止させてまた答える。
「あー、それだ。僕もそう思いますよ、天月先輩」
すると、天月は大きな声で言った。
「よし、それじゃあ、これから探しに行こう!」
――あ、思考停止しすぎた。
ツッコミがいなけりゃすぐさまにこうなるのである。
思考停止した所為で、いつものように、『オカルト部』の活動であることを名目とした学校探索の宣言が、天月の口から解き放されてしまったのだ。
即座に、ノエルとトムはそれも同時に声を上げる。
「「すいません、用事が」」
嘘である。
この二人、単純に早く帰って楽になりたいだけなのだ。
――流石に一緒じゃ不味いなぁ。
と、同時に同様の思考に至る。
「「見たいテレビが」」
――……あれ?
やはり、考えることが同じだとこうなる。
ノエル&トムはそう実感しながらも、アイコンタクトをとる。
(僕がテレビをとる)
(じゃあ、私は用事にさせていただきますよ)
ここまで一瞬。
一度目を合わせるだけこれだけの意思疎通をする。
これでも一年程度の付き合いだが、それでも『オカルト部』に所属しており、かつサボりたい精神が強い人間ならば、ここまでの境地に至ることが出来るのだ。
ノエル&トムは、同時に天月の方を向いて叫ぶ。
「私は用事がありますので」「僕は見たいテレビがあるから」
「ノエルは合格、トムは不合格。テレビなら録画でもしとけばいいじゃん」
ノエルは内心ガッツポーズで、トムは負けじと続ける。
「生で見たいんですけど」
「却下」
ニッコリと天月は笑いながら、死刑宣告をトムに下す。こうなってしまうと、――過去の経験から考えると、深夜の学園を午前3時ぐらいまでウロウロとしないといけないはずだ。
「……ドンマイですよ、ジェイソン」
一見、慰めるように見えて、ノエルはニヤニヤと笑う。
「……楽しめよ、余生をな」
それを聞いて、憎々しげにトムは睨みつける。……が、彼はすぐさま、その視線を本へと戻していった。
「グゥ」
そして、こうなった元凶はやはり安らかな眠りについていた。思わず、殴ってしまいたい衝動に襲われてしまう。
――その寝顔、ムカつくなぁ。
ほっぺたをツンツンと指で触ってみると、ぷにぷにといった感覚が体に伝わるだけだ。
……そんな、ノエルはこんなくだらない日常を過ごしていた。
そんな中、ピンポンパンポーン、と聞きなれ――てはいない、そんな校内放送の始まりを知らせる音が鳴る。
「『It will be announced. Students with a mother named [Pandora] should head to the principal's office immediately.』」
急に部室が静かになった。
一人はこれまで通りの無表情で本を読んでいる。
一人はこれまで以上に真剣な表情でそれを聞いている。
一人は訳の分からなそう首を傾げて――やはり、キョトンとしている。
一人は夢心地なリラックスしている表情だ。
ノエルは立ち上がり、言葉を発する。
「……天月先輩、急用を思い出しましたので、今日はこれで失礼します」
「オッケー、じゃあまた明日ね」「用事あんのに急用とか忙しいな」「……グゥ」
ドタバタと帰る準備をする一人分の喧騒が、ガラガラガラと扉の開いたような音が、続けて連鎖的に扉が閉まる音が鳴る。そして、英語の分からない天月は、何となくといった様子で――実際はやはり話すことが無くなっただけだったが――唯一の話し相手にキョトンと尋ねた。
「トム君、あの放送って何って言ってたの?」
「さぁ、聞いていませんでした」
「グゥ」
「「……イザベラ、実は起きてるだろ」」
「グゥ」
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愛想笑いを保ちつつ、ノエルは扉を開く。
そのまま続けて、手加減を忘れてしまい勢いよくそれを閉ざす。そして、どうすれば最も早く校長室に迎えるのかを必死に考えていた。彼女からしてみれば、その呼び出しはとんでもなく異様で、同時に無視をするわけにもいかないものだったのである。同時に、それはただの偶然か、校長室に呼び出されたことは、過去に一度だけあった。
所謂、トラウマである。
「――お知らせします。【パンドラ】という名前の母親を持つ生徒は、今すぐに校長室まで向かって下さい……ってね」
放送された言葉が日本語に変換されてリピートされる。
日本語を話す幼馴染と一つ屋根の下で十五年も過ごしていたのだから、それがそうであるのだと、ごくごく自然と彼女は認知する。
――誰?
そう思って、咄嗟にその声のした方向にノエルは顔を向ける。
黒いローブ。
顔がフードで隠れている所為で――にしては、どのような表情をしているのかさえも分からない……少なくとも、そんな子供と思われる人物がそこにはいた。
その声は子供のように若々しく中性的だったが、それでも声の主が男だとわかるものであった。その身長はノエルと同じ程度で、それでも何故か、具体的な内容は分からないというのに彼は彼女よりも身軽そうに見えた。
そして、それが聞き覚えのある声だとノエルは気が付いていた。
黒いローブを来た少年は問う。
「オマエがパンドラの娘だな?」
「……どなたですか?」
だからこそ、ノエルは返事ではなく質問をする。
「【剣聖】と言えば、理解できるか?」
「け、剣聖?」
――聖剣じゃなくて?
コミカルがシリアスの足を引っ張っていた。
この島がアーサー王の眠る【アヴァロン】ならば、その聞き間違いも又あり得るのではないかとノエルは考える。……我ながら随分とあの先輩に毒されてきたなと思いながらも、そんな発想に至ったものだ。――が、今はそんなことはどうでもいい現実である。
「……なら、こう言えば分かるか」
素顔を隠す正体不明の少年は、ノエルに指をさしながら静かに続ける。
ライトノベルの何者かが、無知な主人公に告げるように。
「オマエは命を狙われている」
そう告げた。