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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
48/133

第一章18、『二日』


 金曜日である。

 いわゆる、この世すべての学生が待ち望んでいる曜日なわけだが、放課後の『オカルト部』にて、人一倍に騒がしくなっている少女が、『三枝学園イギリス支部高等部』には存在していた。


「ノエルがぁ、家に帰って、無いんだよぉ」


 『イザベラ・ダーレス』である。


「……あっそ」


 『トム・ジェイソン』である。


「反応がぁ、薄いんだよぉ、トムゥさん」

「……誰だ、それは」


 何はともあれ、ダイアログである。


「――ま、おふざけはこれで終わりにして、今日もクールでナイスボイスだぜい、我が友トム・ジェイソンズ」

「……複数形にするな」

「あのお母さん属性マシマシの真面目ちゃんことノエルちゃぁんがこのクソったれな学校を無断欠勤して、合計二日経ったぜい。それに加え、アズマっちも、学校を休んで二日経ったんだぜい。つまりつまりっちまうと、そういうことなんだぜい?」

「……どういうことだ、それは?」

「アレだよ、アレ。あれあれでそれそれでわれわれでわっほいわっほいなやつ。ほら、分かるっしょ?」

「……だから、どういうことだ、それはッ!」

「トムっちが答えてね、キラン」

「……わけわかめだぞ!」

「と、トムも、そんなことを言う人類だったんだね」

「……人が、悪ノリしてやったのに、返しがそれか?」

「悪ノリって自覚あったんだぜいね」

「……暴力系頭脳派少女イザベラ・ダーレスが、聞いてあきれるだろうな」

「私が私を呆れるんだぜいね」

「……休みと言えば、レクシーさんも休みだな。本当に、珍しい」

「誰?」

「……クラス委員長」

「あー、あの人ね」

「……イザベラ、いい加減に興味のある人の名前しか覚えようとしないのは、本当に止めた方が良いぞ。社会に出て困る」

「ダイジョブダイジョブ、私は専業主婦になるから」

「……インターネットが我が家のお前が、そんなものになれると思うな」

「分かった、願う」

「……思ってんじゃねえかよ」


 ダイアログ。

 終了。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 眼が冴える。


「……朝、か?」


 ポツリと、アズマは呟いた。

 目の前に広がる景色は、真っ白な天井だった。


「おはようございます、アズマ君」

「おはよう、ノエル。……どれくらい、寝てた?」

「二日ぐらいですね」

「……マジか」

「マジです」


 だとしたら、おかしなところが一つある。


「さてと、それじゃあ、学校の準備でも、しますかね」


 アズマは膝枕をされていた自身の頭を持ち上げようと力を加える。

 そう、どうして、まだ、膝枕を、されているん、だろうか。

 気にしないでおこう。


「駄目です」

「痛い」


 そんな感じで、膝枕から解放されようというアズマの目論見を呆気なくご破算にする形で、彼はノエルの膝に押し返された。

 物理的に。


「……何で?」

「あと一日、今日だけは、アズマ君がしたいことをしてください」

「……いや、だったら、学校に行きたいんだけど」

「それは私のためですよね?」


 真っすぐとした視線がアズマに刺さる。

 御尤もだった。


 ――っは、自惚れるなよ。俺は俺のために生きているだけだ。


 そうやって、昔のアズマなら、ノエルを突き放していたはずだ。

 あの夏の日に食べた素麵のように、水に流れるようにスルリと、そんな薔薇のように棘のある言葉が、何の弊害なく、自然と、流れ出てくるはずだった。


「はぁ」


 それを口にしようとして、喉のあたりに大きなつっかかりをアズマは感じていた。

 ようやく、アズマは悟る。


「――は、はは」


 もう、出来なくなっていた。

 もう、突き放せなくなっていた。

 大切な人を愛さないように、突き放していた。

 けれど、愛するものを突き放せなくなっていた。

 もう、放せなくなってしまった。

 自分と他人を引き離す、棘のある言葉を。

 話せなくなっていた。


「良いのかよ、学校サボって」


 我ながらふざけた愛着だ。

 こんな軽薄な愛があってたまるか。


「少しぐらい、アズマ君のために生きさせてくださいよ」

「ただ生きているだけで、君には価値があるんだけどな」

「それは、アズマ君も同じですよ」


 ノエルは微笑む。


「アズマ君も、生きているだけで価値があるんです」

「……俺は違う」


 無償の好意が、アズマの体に、毒のように蝕んでいく。

 それが、どうしようもなく、苦しかった。

 その好意を受け取る資格がないと、理性が頭の中で叫びまわっていた。

 その報酬は、記憶を失う以前のアズマのものだと、首筋を掴みかかり、まるで絞め殺そうとしているように、アズマに蝕む『自分たにん』を排除しようとしていた。


「じゃあ、私にも価値はありませんからね」


 ノエルは微笑む。


「俺はノエルじゃない」

「ねぇ、アズマ君」

「ノエルは俺じゃない」


 


「――アズマ君は、私にとって、とっても特別な人なんですよ?」

「異常と、特別を一緒にしてないか?」

「してるかもしれません」

「だったら、もう、俺に、そんな言葉は、言わない方が、良い」

「だって、異常なほどに、アズマ君が愛おしいんですから」

「オマエの知っている俺は、俺じゃない」

「構いません」

「何で?」

「私には、チャンスがありました。何度も、何度も、何度も、アズマ君を愛し、アズマ君から愛されるチャンスが。……私は、照れくさくて、しょうがなくて、訳の分からない愛を拒絶しました。その数か月後、また会えるからと『三枝学園』に入学して、更に数か月後、【大災害】が起きました」

「ノエルも、そうなのか? 後悔する側の人間なのか?」

「ええ、ですから」


 ノエルはそう言って、アズマの手を握りしめる。

 強く、強く、握りしめる。

 そして、真剣な表情で、ノエルは言葉を綴った。


「もう二度と、手を放しません。あの【大災害】で、勝手に死んだことになって、勝手に私の知らない他人になって、勝手に、勝手に、勝手に!」


 彼女は拒絶を拒絶する。


「……」


 ある意味、自分勝手。

 矛盾がノエルを蝕んでいる。

 そんな中、彼女はこのように終わらせた。


「――勝手に、一人に、ならないでくださいッ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 剣聖に憧れた。

 馬鹿にされた。

 師匠に認められた。

 独りになった。

 親友ができた。

 独りになった。

 少女と出会った。

 まだ、独りじゃない。

 また、独りになるのか?

 そんな人生に、何の価値があるのだろうか?

 無いに決まっている。

 無い。

 もう、孤独は嫌だ。

 戦わなくちゃ、守れない。

 すべての命を守らなきゃ。

 それこそが、僕にとっての安らぎになる。

 そのはずだ。

 はずだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「っふ」


 そうとだけアズマは考えて、自分自身を鼻で笑う。

 それが合図となるように、アズマは思考を止めていた。

 感情論を優先させていた。


「誰が好んで独りになるかよ」


 アズマは笑みを作る。


「むしろ、こっちがもう、この手を放す気はない」

「――それでこそ、私のよく知るアズマ君ですよ」


 ノエルも笑みを作る。


「あ、あの、ノエル様」


 そんな中、ノエルでもアズマでもない声が、リビングで響いた。少なくとも、ノエルが自分自身のことを様付けすることがないだろう。

 リビングへの扉に隠れるように、イドラはドアの隙間から覗き込んでいた、


「……何ですか、イドラさん」


 何故か知らないが、ノエルの声が急に怖くなる。

 何があったのか、心底知りたくない。


「申し訳ございません、失礼しました」


 イドラは何かに怯えたような声色でそう返しながら、ギリギリ開いていた扉を完全に閉めようとする。

 一体、何があったのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだ頃。


「ちょ、待った待った。緊急事態でしょ!? 【参謀】さんの娘さんに怖がって正気を失わないでもらえるかい!?」


 知り合いの少ないアズマにとって、たった一度だけ聞いた、だからこそ聞き覚えのある声、それも騒がしく、アズマの耳に入ってきた。

 ポツリと、呆然とアズマは呟く。


「……その声、『ノーム』か?」


 そうとだけアズマが言うと、扉を閉めようとしていたイドラを押しのけたのか、勢いよく扉は開き、片手をあげて挨拶をしてきている一人の少女の姿が見えた。


「おっす、おひっさー、弟子の弟子」


 アズマの警戒心が、大きく和らぐ。


「……誰ですか?」


 一方、ノエルは警戒大だった。

 そんなノエルを安心させるために、アズマは簡潔に赤褐色に肌が焼けている少女について語る。


「大丈夫だ、ノエル。この人は、師匠の鍛冶師としての師匠だよ」

「如何にも、あたいは『世界神秘対策機構特級指名神器級鍛冶師』の――」


 アズマが以前会った時のように、その長ったらしい『肩書き』を名乗り上げて、アズマやイドラ、ノエルよりも一回り身長の低い少女――実際は百歳以上は年上である――は、簡潔に名前を言う。


「――『ドヴェルグ』が一人、【北欧世界】のノーム様だ」


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