第一章15、『何処かでの話、その延長線上』
日本には、十一人の『対神格・一級怪異殺し』が存在している。
それぞれ各自が【神代領域】もしくは、それと同レベルの【奥の手】を所持しており、出来る限りの『対神格・一級怪異殺し』同士の衝突を回避することも又、日本と言う国の大切な事項である。
その中でも有名なのが、『三枝財閥』傘下『零課』の頂点であり『三枝学園日本支部』の教育者の一員でもある【日比谷博文】――通称『絶世の救世主』。
そして、日本古来から【怪異】を殺し続けてきた日本の『世界神秘対策機構』のような組織――【神社本庁】の頂点【土御門相殺】。
通称『陰陽師の末裔』。
続けて、ありとあらゆる【呪い】を司り創り出す【神】に限りなく近い名称不明の『霊術師』――通称『最悪の呪術師』。
この三名だろう。
彼らの影響力は凄まじく、その戦場に誰かが存在しているだけで、その士気は上昇してしまう。
しかし、彼らが――他の『対神格・一級怪異殺し』が、有能なのは変わりはないが、それと同時に、日本での問題のほとんどの元凶が彼らであることが多い。
それに加え、現在。
『対神格・一級怪異殺し』十名のうち、一人が『全国指名手配』を受けており、もう一人が『国外追放処分』を受けている。これらの問題を日比谷博文は重く見ており、今後の対策をどうするべきかを話し合っていくと、前回の記者会見では告げている。
パソコンの心地よいタップ音が、ただ連続して響き渡っている。
人気がないわけではない。
机を前に、青年はその手を止める。
すると。
パタン、と。
「こんなところかな」
日比谷博文は、パソコンを閉じた。
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殺されかけたヴォジャノーイを風を操り助け出すと、一瞬だけ黒いローブを着た少年が視界に映った。
――白い髪に、赤い瞳。
ローブに刻まれた『ルーン』が無ければ、今頃何も見えないだろう。
それと共に、肌は赤くはれていることだろう。
そんなことを考えて、【伊勢の番人】と呼ばれる、名前を捨てた少年は、空高く飛び上がった。
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タン、と御姫様抱っこをしていた少年は、地面に着地する。
自らの安全を確認すると、ヴォジャノーイは少年の方を見て、告げる。
「ありがとう、【伊勢の番人】」
感謝の言葉を聞くと、少年――【伊勢の番人】は嫌そうな顔をする。
【伊勢の番人】――彼は、黄色い雨具を着ている少年だ。
正体は不明。
胡散臭いことこの上ない。
『世界神秘対策機構』から『依頼』された『任務』を果たすついでに、一人の『霊術師』とやらと共闘することになり、その流れでヴォジャノーイは、こうして少なくとも無事ではないが、生き残っていた。
彼は嫌そうな顔をしたまま、言葉を吐き出す。
「っは、貴様から感謝されるつもりでやったわけではないわ! たく、人使いが悪いな! なぁ、本来なら、俺は【図書館】で引き篭もっているだけだったんだぞ! なのに、貴様が手加減しすぎた所為で……」
と、純粋な文句が飛んでくるが、ヴォジャノーイはそれを甘んじて受け止める。
実際、油断していたのだ。
まさか、【剣聖】になったばかりのはずであるアズマ・ノーデン・ラプラスが、ここまでの実力を所持していたとは。
そんな風なやり取りをしていると、足音が聞こえてくる。
「そこまでですよ、【伊勢の番人】」
「……【最悪の呪術師】」
憎々しげに、【伊勢の番人】はそう言った。
彼?
彼女?
……は、申し訳なさそうに告げる。
「ヴォジャノーイ、すいませんね。そちらからすれば、別にしなくても良かったことに協力したというのに」
「いえ、良いのよ。ワタクシは、ワタクシの目的は、既に果たしましたわ。それに、【伊勢の番人】がいなければ、ワタクシは確実に【剣聖】に殺されていたでしょうし」
「……」
そんなお互いの謙虚さが見え見えな会話を見て、【伊勢の番人】はウンザリしたような顔をしていた。
それに気が付いて、【最悪の呪術師】は【伊勢の番人】に話しかける。
「居心地が悪そうですね、【伊勢の番人】」
「当たり前だ、クソ人間ども」
「ワタクシは人間ではないですわよ」
「そうだったな、クソ人魚」
口が悪い【伊勢の番人】を見て、【最悪の呪術師】はまるで注意をする親のように声を上げる。
「駄目ですよ、そうやって、人のことを悪く言うのは」
「五月蝿い、黙れ。俺は貴様らのような『善意で行っているつもりが無自覚に悪事を行っている奴』が大嫌いなんだ」
「悪いこと、ですか」
訳が分からない風に、【最悪の呪術師】は言う。
「っち、これからそれについて夜が明けるまで口論でもしようって顔だな、【最悪の呪術師】」
「ええ、よく分かりましたね。流石は、僕と君の長い仲ですね。それでは、始めましょうか」
「っは、お断りだ!」
「どうせ、暇でしょう?」
「なわけあるか!」
今度は、ヴォジャノーイの方が居心地が悪くなってくる。
彼女は微笑みながら、静かに告げる。
「えっと、ワタクシは、そろそろ帰還いたしますわ」
「ああ、ご協力感謝しますよ」
【最悪の呪術師】がそう告げると、ヴォジャノーイは闇の中へと消えていく。
呆気ない別れだなぁと【伊勢の番人】は思っていると、ふと気が付く。
「……で、【最悪の呪術師】。貴様の後ろに立っているおなごは何だ?」
「ん、背後――ああ」
まるで、今思い出したかのように、【最悪の呪術師】は続ける。
「次の刺客ですよ」
赤黒いローブを着た――【伊勢の番人】よりも背が低い――おそらくは、同い年程度の子供は無言で立ったままだ。
そして、その子供が一言も発する前に、【最悪の呪術師】は言葉を紡ぐ。
「さて、日比谷を一泡吹かせるのには、僕たちは協力しなければいけません」
「分かっとる、俺を誰と思っている」
溜息を吐いて、【伊勢の番人】がそう言うと、【最悪の呪術師】は可笑しそうに笑いかける。
「【神社本庁】に属しながら、全国指名手配の僕に味方するクレイジーなボーイですかね」
「……ごもっともな言い分だ」
今の自分状況にウンザリしながら、その言い分をおとなしく認めた。
それを見て、【最悪の呪術師】は続ける。
「それで、聞きたいことがあるんじゃありませんか?」
「味方は何人だ?」
「利害の一致が四人、金で雇ったのが一人、完全な味方が僕を含めて二人ですかね」
馬鹿みたいな人数だった。
もちろん、悪い意味で。
「……たった六人で、あの【絶世の救世主】を倒せるのか?」
「いえ、一人はどうなるかは分かりませんが、少なくとも、味方になりそうな候補が二人ほどいますかね」
「それでも、たった八人だが?」
「っふ、君こそ、僕のことを勘違いしていますよ」
アイツは笑う。
「……」
「僕は、神様を殺せる、【対神格・一級怪異殺し】ですよ?」
アイツは笑う。
「……」
「さて、殺すとしましょう。【運命】と言う名の絶対的な【神様】を」
ただ、嗤っていた。