第一章13、『溜息』
浜辺からだいぶ離れた場所にアズマは向かっていた。
眠そうに目をこすりながら、――続けて一度欠伸をして、アズマは淡々と前に進んでいた。
すると、ふとアズマは気が付く。
二人分の人影あることに。
目を凝らしてみると――
(あー、そゆこと)
――レクシー・ブラウンは、不満げに沈黙していた。
「……」
数分かけて、アズマ・ノーデン・ラプラスは、イドラに向かって、まるで何もなかったかのように声をかける。
「よ、待たせたな」
「……」
「アズマ様、素晴らしい戦闘でございました」
そのイドラからの誉め言葉(?)を受けて、アズマは苦笑いする。
「いや、敵は逃がしちゃったんだけど良いの?」
「少なくとも、この実力差ではもう勝負を仕掛けてくることはないかと」
「うん、だな」
さて。
「……」
レクシー・ブラウンは沈黙している。
流石に何か対応するべきなのかなぁと、アズマはようやく口を開いた。
「――で、どうかした、『クラス委員長』?」
「……」
レクシー・ブラウンは沈黙している。
アズマは深い溜息を吐いて――それを見たレクシーは少々不機嫌そうな顔をする――イドラに対して声をかけた。
「イドラ、【神秘】を認知することが出来るようになった『一般人』に対する処置って、どんなんだ?」
「手段はいろいろでございますが、ほとんどは『記憶処置』を行うか、『魔術師』になるかの二択でございます」
『魔術師』の成り立ちは大きく分けて二つらしい。
一つが、代々一定の『魔術』を受け継いでいる類の『魔術師』。
もう一つが、『一般人』が【神秘】に接触したことで、『魔術師』になってしまう流れ。
例えば、【魔弾の射手】――トム・ジェイソンの場合は、後者に当たる。
「へぇ、『クラス委員長』はどうしたい?」
「……」
レクシー・ブラウンは沈黙している。
たぶん、話についてこれてない。
「ふむ、怖がってるか」
何故か、冷たい視線がアズマに対して刺さる。――よりによって、何故に冷たい視線が今このタイミングで刺さりやがってくるのか、そのわけを一切理解できないアズマだったが、それでも、何も知らない――何も知れなかった『一般人』にも分かりやすいように説明しようと決意する。
「『クラス委員長』、今君は『世界』の真の姿に遭遇した。人々は、これらの事実から目を背き、そうすることで今を維持してきた。さて、君はどうする?」
「……怖がってないわよ」
タイムラグで返答が来る。
「と言うと?」
「私に【神秘】を教えて」
――会話がかみ合ってない気がする。
「そりゃ無理だ。俺は【魔術師】でも、【魔法使い】でもない。ただの【剣聖】だからな」
「なら、私を弟子にして!」
「……は?」
図々しいことこの上ない。
アズマは久しぶりに、人間に対して苛立ちを覚えていた。
「レクシー様、どうやら今ご自身がおっしゃっていることの意味を理解できていないようですので、お教えします! 【剣聖】とは、【奇跡の担い手】と呼ばれている【神】と【人】の均衡を守る存在を守る五人のうちの一人でございます! その中でも、【剣聖】になることは、そこら辺の努力でどうにかなる訳がございません!」
ここで話は変わるが。
今日、アズマは『アズマ・ノーデン・ラプラス』の『日比谷博文』に出会った。
……となると、イドラは実は【剣聖】のファンかも知れない説が浮上していた。
「私は、正しく在りたい!」
「……だから?」
何処かで聞いたことがある言い分だった。
「私は現実から目を逸らしたくない!」
「……それで?」
誰かが言ったような気がする台詞だった。
「私はみんなの役に立てるようになりたい!」
「……はぁ」
深い、嫌悪が浮かんでくる。
「何か、文句でも?」
「あるに決まってんだろ、馬鹿かアンタは?」
「馬鹿じゃないわ、無知よ」
思わず、鼻で笑いそうになる。
流石に、自分自身の状況をレクシー・ブラウンは理解できているようだった。
「……いいや、違うな」
それでも、アズマは首を振る。
「――無能だ」
「っ!」
「アズマ様、言い方を考えてくださいまし!」
――オマエは俺のお母さんかよ。
「事実だろ、むしろ、俺はこうした方が良いと思うけどな」
「私を有能にして!」
――諦めが悪いな。
「良いのか? 俺は問題児だぞ?」
「正しく在れるのなら、それでも構わないわよ」
「……一週間だ」
「何をすればいいの?」
「何もしなくて良い。もしも、それまでに【神秘】に関する何かを手にしたら、オマエを弟子にしてやるが、それ以内に会得出来なかったら、アンタから【神秘】に関する記憶を除外させてもらう。ついでに、俺に対する問題児と言う評価をなかったことにする」
「……」
「じゃあ、そういうことで」
「約束は!」
「……ああ、人間との約束は守るさ」
ちなみにだが、彼の言い分はこうだ。
約束は破るもの。