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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
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第一章12、『水の民』


 有利。

 不利。

 そんな言葉を使うまでもなく、どちらが勝利するかは、現状明白だった。


(――化け物、確かに今も昔もアナタらしいですわね)


 内心、苦笑する。

 体が震えている。

 思考が全力で後悔している。

 逃げたいと、騒ぎ出している。

 逃げることなんて、不可能と悟りながら。

 それほどに、アズマ・ノーデン・ラプラスとは、規格外の存在だった。

 だからこそ、ここで出し惜しみした場合、そこに待っているのは、どうしようもない――失ったはずの死だろう。

 そうとだけ、判断する。


 そして、ヴォジャノーイは静かに呟く。


「――神代領域【無限困惑・水中迷宮ニンフ・ラビリンス】」


 百年以上の年月を生きた――『神様』なら誰でも所持している、人間にとっては、切り札に等しい【異世界】――己の【生き様】を公開する。


 ――世界は移り変わる。


 一瞬だけ、天と地に水面が広がっている異様な光景は広がる。

 しかし、次の瞬間。

 水面に当たる光が、無限に等しく乱反射する。

 そうすることで、世界は【透明】で埋め尽くされていく。

 ゆえに。

 周囲の認知は、できない。

 エーテルだけが、視界を埋め尽くす。

 ただ発動するだけで、【人間】にとっては【死】を意味する【異世界】。

 彼には、もう何もできないはずだった。


 【神代領域】。

 この自分だけの【異世界】を呼び出す技術には、大きく分けて三つの括りがある。


 一つ、地形が変わるだけの【異世界パラレルワールド】。


 これが【神代領域】でも最も多いものであり、『魔術師』複数人がまだ対応することが出来る範囲でもある。逆に言えば、これ以上は『魔術師』にも対応することが出来ないという基準にもなっている。


 二つ、自分の存在している【世界】のまま全く違う【理】へと変化させる【異世界パラレルワールド】。


 これが【神代領域】でも二番目に多い類であり、『魔術師』が何人いても対応することできる範囲を凌駕してしまっているものである。つまるところ、こういうモノの対処は最低でも【魔法使い】一人レベルでないと不可能である。


 三つ、地形だけでなく【理】さえも移り変わらせる【異世界アナザーワールド】。


 まさに、【神代領域】の究極。

 【魔法使い】でも対応しきれる者は少なく、それに対峙した者に与えられる選択肢は三つ、『死を覚悟する』か、『生きるために足掻く』か、『同じく【神代領域】を展開して【異世界】を【異世界】で埋めつくす』かである。

 【神代領域】は、その性質上、どれほど年月を重ねたものだとしても、別の【神代領域】がその場で解放されてしまえば、ほとんどなかったことにされてしまう。その上、莫大な集中力を必要としているため、連発も不可能である。――と言っても、会得している者は少なく、ヴォジャノーイが知っているだけでも、四人程度しかいない。

 そして、今まさしくヴォジャノーイが解放した【神代領域】もまた、この【異世界アナザーワールド】に当たる代物だった。


(――弱点は、ワタクシの視界も『透明』で覆いつくされてしまうと言う点だけ。しかし、【剣聖】が息絶えるまで解放さえすれば、寿命が尽きて、生き延びることが出来る!)


 次に、ヴォジャノーイの腹部の辺りに強い衝撃が走った。

 痛みが、走った。


「馬鹿か」


 そんな【剣聖】の声が、この世界に響く。


「目が!」

「見えてねぇよ」


 痛みもまた、響く。


「なら、何故!」

「――最初に見えたテメェの位置。そこから移動しねぇと、こうやっておおよそで攻撃されるに決まってんだろ」


 頭部に、木刀らしきものが、クリーンヒットする。


「っ!」


 痛い。

 不可視の攻撃。


 痛い。

 予備モーションもない。


 痛い。

 予測も不可能な攻撃。


(――不味い、不味い、不味い、不味い、不味い、不味い!)


 焦りが、初めて生まれる。

 【神代領域】を解除して視界を確保したとしても、【剣聖】の攻撃を回避することが出来る余力はヴォジャノーイには残っていない。

 だからと言って、このままにしておくと、無限に苦痛が続いてしまう。


 ――痛いのは、嫌だ。


「やめて」


 癖で、ヴォジャノーイはそう呟く。

 すると、攻撃が止んだ。


「チャンスは一度」

「……要求は?」

「二つだ」

「一つ、『【神代領域】の収納』」

「二つ目は――【神代領域】を収納した後でだ」

「そうしたら、ワタクシを見逃して下さるの?」

「ああ、痛いのはやめてやる」


 アズマがそう呟くと共に、世界は元に戻っていた。

 砂浜を踏みながら、あるはずのない木刀をヴォジャノーイに向けて、アズマは言う。


「さぁ、答えろ」

「『魔術師』だったわ。名前は知らない。日本の服――和服を着用していたかしら」

「――そうか」


 そこまで聞いて、アズマは欠伸をした。

 そして、ヴォジャノーイを引き留めるように言う。


「なぁ、『同族嫌悪』って、知っているか?」

「……わ、ワタクシは、人間じゃないわ。ただの人魚よ!」


 その返しを聞いて、アズマは思わず鼻で笑う。

 嗤う。


「ああ、それは知ってる。だから、テメェは俺の嫌悪の対象にも入らねぇよ」


 子供を宥めるように、アズマは続ける。


「俺は人間を愛する。俺は人間を憎む。だから、人外はどうでも良い。そう、どうでも良いんだ。ただただ、無関心なんだ。興味を持つことに、ただ怠惰になっているんだ。――たださ、駄目だよ、ヴォジャノーイさん。そんな人間に手を出したら、さ。誰かさんが、『好意』の反対は『嫌悪』ではなく、『無関心』なのだと言ったらしいが、それは本当らしいな。本当に、俺はテメェのことはどうでも良い。『好き』にも、『嫌い』にも、成れる自信がない」


 そうとだけ言って、ようやくヴォジャノーイも思い出したのだろう。

 なのに、必死になって、彼女は言う。


「や、約束を破るつもり!?」


 アズマは微笑む。

 いわば、微笑み返す。


「いや、痛くはしないさ。ほら、良く言うだろ? 痛いのは一瞬だってさ。大体は、予防接種とかで、注射をする時に、子供に対して、怖がらないようにいう台詞だけど、それ言うやつは馬鹿だよな。痛いもんは痛いんだから。けどさ、逆に考えて、大人はこう言ってんだよ。『社会に出たらこれ以上に苦しいことがあるから、この程度のことは痛くもかゆくもない』のだとね。だから、大丈夫だ。テメェは俺よりも年上で、人生経験も豊富だ」

「――外道め」


 その罵倒を聞いて、アズマはニヤリと笑う。


「――強いて言うなら、剣道さ」


 寒さを改めて、彼は認知した。

 きっと、海だからだろう。――冬の海は、本当に寒い。

 一歩、再び進み出す。


「痛いのは一瞬。安心しろよ、俺はの目的はただ一つ。テメェの『不死やまい』を斬り離すだけだ。一応聞いておくけど、それも世界の一部だろう?」


 二歩、馴れ始める。


「だったら……何よ」


 三歩、散歩のようだ。


「俺に斬れない道理はない」


 【剣聖】は静かに構える。


 ――死んだ。


 ヴォジャノーイはそう悟る。

 その刹那。

 強い衝撃が、舞い起った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……っち」


 元の世界。

 舌打ちが響く。


「逃げられたか」


 まるで。

 どうでも良いように、アズマはそう呟いた。


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