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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
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序章3、『悪人の策』


 ――隠密行動。


 それが、今現在のアズマに求められているものだ。……なのだが、何度でも言うが、ありがたいことに、『顔隠しのルーン』のおかげで意図して隠密行動をしていなくても、実質的に彼のしていることは全て隠密行動になる。

 だが、アズマとて男の子だ。

 何より、十四歳である。

 そう、十四歳。

 今年で十五歳、だ。

 つまり、本来なら中学校に通い、普通なら今年で三年目――つまりにつまりを重ねると、俗に言う中学三年生なのだ。

 何事もやるからには本気でやるのが、アズマのポリシーだ。


「あ、イザベラじゃん!」

「ホントだ、イザベラいるし」

「イザベラ、ノエルちゃんが探してたよ」

「あ、イザベラさん!」

「イザベラ――」


 周囲から少女にそう呼びかける声が聞こえてくる。

 今、アズマとイザベラは校舎内を歩いていた。

 何故、目的地についても未だイザベラと行動しているのかと問われれば、彼はきっと、「目的地に着いたら、次の目的地が出来るものだ」と、答えるはずだ。……なので、地形把握のために校舎内の地図を彼は見ている。


「イザベラ、この放送室ってやつに行きたいんだけど」


 すると、ふと雷が落ちたかのように『奇策』を思い付き、そのまま『放送室』へと二人足を揃えて前に進んでいたわけであった。

 そんな中、ポツリと、言いにくげにアズマは呟く。


「オマエ、有名なんだな」

「うん、そうなんだよ。なんでかなぁ?」

「……何でだろうな」


 きっと、あの推理のようなことを日常的に行っているからだろう。

 何より、アズマはイザベラが男五人組をまとめてボコって罪を擦り付けられたことをまだ忘れていない。……そんなことよりも、『顔隠しのルーン』の効果で、道の真ん中を歩こうと、そこにはアズマがいないように周囲の人間は振る舞うわけだが、イザベラが有名人な所為で周囲が人で溢れている。

 多分、アズマの立っている場所だけ、周りには、何故か誰も立っていない不思議な空間が出来ていることだろう。

 木を隠すなら森の中だが、人を隠すなら人ごみの中……というわけではない。

 なんだか、複雑な気分になっていた。

 ついでに、気分も悪くなってきた。

 人はこれを『人間酔い』というらしい。

 気を取り直すようにアズマは欠伸をすると、鼻歌を歌いながら歩いているイザベラに世間話を振ることにした。


「そういえば、良かったのか?」

「何が?」


 特に何も気にしていない、と言った様子だった。

 苦笑いをしながらいやいやとアズマは首を振る。


「い、いや、今さっき、オマエを誰かが探してたって誰かが言ってたけど、俺に道案内してて良いのかよ?」

「ああ、それね。大丈夫、いつものことだから」


 ――誰かさん、ご愁傷さまです。


 名前も忘れた誰かさんを内心憐れんでいると、イザベラは後ろの正面を指さす。

 視界で言う右斜め上に、英語で『放送室』と書かれた看板が設置してあるが、取得言語が日本語のみのアズマには、到底読めやしない。


「ん?」

「ほら、あそこ。着いたよ、『放送室』」

「……なるほど。ありがとうな、ノエル。その、オマエを待っているらしい人のところに、急いで行った方が良いんじゃないか?」


 我ながら言葉選びが下手だなと思いながら、足を止めて、イザベラの方を向いて、アズマは感謝の旨を言葉にすると共に、静かに一礼する。

 それで、アズマはイザベラと離れようと思っていた。――縁を切ろうと、思っていた。


「次は何をすれば良い、アズマさん?」


 言葉は伝わらない。


 ――子犬か、コイツは。


 そんなことを思いながら、アズマは苦笑いする。それでも、心を鬼にしてアズマは伝える。


「これ以上、俺との接触を止めた方がいい。そもそも、俺と関われば命の保証が出来ない」

「それが?」


 さらりと、さらりと、命が惜しくないと、彼女は口にする。

 まるで、探検家のそれだった。

 楽しければ、それで人生が終わっても構わない――そんな、そんな苦しみから逃げている、享楽主義者の目であった。いや、それならまだマシだ。

 その言動から逃げというものは感じられない。

 苦しんだとしても、それを軽く超えるような享楽がそこにはあるのだと、それは命がいくつあっても足りないような考え方だ。


(めんどくさい奴だな、コイツ)


 そんな人間に向けて語るべきことが何か、そんなものは、とっくの昔に決まっている。

 息を吸う。


「――それに、これが最後ってわけじゃないぜ?」

「……」

「俺もさ、別れを惜しむ気持ちは分かる。たくさんの人たちと、こう見えても別れてきたつもりだ。それが善人であれ、それが悪人であれ、その存在を忘れられない人ってやつは、やっぱりたくさんいるんだ。その中には、今すぐにでも会いたい人がいる。願わくば、俺は彼女にすぐ会いたい。何度も、俺は、あの別れを後悔してきた」

「……ん」

「それでも、そうだとしてもさ。その別れってやつがあるから、その後の再会って未来は素晴らしいものになるんだと思うんだ」


 意外なことに。

 彼女は一切駄々をこねずに、それでも残念そうに笑いながらポツリと笑った。


「……約束は守るよ。それによかった、嫌われてるわけじゃないみたいで」

「誰が嫌うかよ、少なくとも俺は好ましく思ってるぜ。本当にいい性格してるよ、アンタは。もちろん、そのままの意味でな。――まぁ、じゃあな、イザベラ。オマエのためにも、もう会うべきじゃないが、また会いに来るよ。事情も知らないのに、ここまで付き合ってくれてありがとうな」

「お安い御用さ」

「仲間に言っとくよ、ここに随分と太っ腹な美女がいるってな」


 そんな訳の分からないことをアズマは告げる。

 複雑な気分だった。

 アズマは放送室へと向かう。

 一人分だった足音は、名残惜しそうに二つに増えた。

 ……が、それは、唐突に一つに減る。


「またね、アズマさん!」


 駆け足が一つ。

 歩み足が一つ。


「……っは」


 そして、アズマは『放送室』の扉を開けようとするが――開かない。

 アズマは溜息をついて、ファーストプランを応用したセカンドプランのために、イザベラからくすねていた紙と鉛筆で短い文章をスラスラと書く。

 いわゆる、噓つきは泥棒の始まり、というやつだ。

 次にアズマは、『放送室』の前――廊下の左端に座り込むと、思考が深く落ちた。

 そうしてアズマは、一人孤独に廊下で眠りにつく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 イザベラ・ダーレスに対して、アズマが公開していなかった情報はいくつか存在している。

 そのうちの一つが、【パンドラ】の娘が『三枝学園イギリス支部』の『オカルト部』に所属していることだ。

 おそらく【パンドラ】としても、『【剣聖】が外で行動している』という情報や『学園の生徒に対して片っ端から母親の名前が【パンドラ】であるかを尋ねて回る不審者がいる』という情報が、その手の【組織】に伝わることを回避したかったのだろう。彼女が娘の具体的な名前や容姿について教えなかったのは、周囲の人間に異変を察知させたくなかったからだと考えられる。少なくとも、その『依頼』をされたアズマ自身は、そのように解釈していたことは間違いなかった。

 だからこそ【パンドラ】がアズマに与えた情報には、自身の娘が所属している部活が『オカルト部』である、という条件の縛りを加えられていたのだ。さらに言うと、その情報が何気なく日常で浮上したものとして処理されることを【パンドラ】は望んでいるはずである。彼女が予め、予期していた『計画シナリオ』通りに話が進むのならば、アズマは『オカルト部』に突撃しているはずであろう。


 ――何時間、過ぎただろうか?


 ふと、人の気配がして、アズマは目を覚ます。

 そこには、『誰か』がいる。

 鍵が閉まっていた『放送室』の扉が、ガチャリと音を立てて開かれる。

 ふと、外を見ると、青空は紅に染まっていた。

 するりと、音も立てずに『放送室』の扉が閉まる前に侵入することに、アズマは成功した。


「こんにちは」


 そして、その『誰か』に声をかけた。すると、その『誰か』はビクリと体を震わせて、そのまま硬直させる。『顔隠し』のルーンで誰かなのかは認識されることはないが、それ以外の『黒いフード付きのローブ』を着ていることなどのことは記憶には残る。ここで抵抗されて、余計な情報を与えたくない彼からしてみれば、命を握った相手が従順であることは利益以外の何ものでもなかった。

 そのため、若干自分のペースで進められていることに高揚感を覚えながらも――その『誰か』には見られてはいないが、一応ニコニコと愛想笑いをしながら、アズマは『誰か』に話しかける。


「君にお願いがあるんだけど、良いかな?」


 返事はない。

 そのことに多少のイラつきを覚えるが、状況が状況のためにしょうがないことと雑念を振り払う。


「俺は刃物を持っているんだけど、どうする? そう、だな。形状で言えば、日本刀だろうね? ジャパニーズブレード、ってやつ。そういえば、確かイギリスとかでも日本刀は人気だけど、危険だから所持するのは禁止されてたっけなぁ? それで言うなら、俺は拳銃の所持も強化しろって話をしたくなるね。まぁ、それもそれで、法に反している俺の言ってることを誰が聞くかって話になるけど。……ああ、つまり、俺は犯罪者ってわけだよ。笑えるな、これは笑える冗談だ」


 その声色で何処か軽薄で、以前にイザベラと話している時のものとはまったく同じのようには聞こえない。まるで、中身が別人になったかのようだった。……それでいて、まだ何も彼のことを認識できていない『誰か』からしたら、その軽薄そうな物言いは、手が滑って誰かを殺していてもおかしくないような、人を殺すことを何とも思っていないような、そんな偏見を抱かせるものだった。

 そんな薄っぺらいを言葉を口にしながら、『放送室』の中を見渡す。やはり、彼が予想していた通りに、壁には時計が掛けてあった。

 嘘つきは続ける。


「十分後に、『校内放送で』、この紙を読み上げてくれ。いや、正しくは日本語で……」


 ――日本語。


 何故、アズマがここまで苦労をしたのか。

 それは、ここがイギリスだからだった。

 震える声で、アズマは呟く。


「おい、日本語は、分かるか?」


 名前も知らない『誰か』は、ようやく返事らしい返事をする。――いわゆる、首を僅かに縦に振るという行動を。

 回答は、イエスだった。

 そのことをうれしく思いつつ、それでも嘘つきはそのまま淡々と続ける。


「……ほら、すぐ後ろの地面に置いといたから、あとで拾っといてね」


 再び、名前も知らない『誰か』は頷く。


「ありがとう。これで、君のおかげで、君の所為で、多くの人が死なずに済む。ああ、でも、これを君が、もしも、果たしてくれなかったら、君の所為で多くの人が死んでしまう。ああ、でも、君なら果たしてくれるだろ? なぁに、放送後に教師に怒られるくらいだよ。死体の山を目にするの――なんならその死体の山の仲間入りするのに比べたら、まだ簡単なお仕事だろ?」


 名前も知らない『誰か』は、さっきよりも大きく頷くと、嘘つきは満足したように微笑んで、後ろ歩きで――それも音も立てずに、後ろへと進んでいく。そして、扉を片腕で開いて、そそくさと『放送室』を後にした。


「――はぁ」


 眠ったが、疲れは取れない。

 そんな大きなため息をつく。すると、アズマはイザベラから受け取った『三枝学園』の地図を開いて、おぼつかない記憶と足取りを使って、次の『目的地』に向かい始めた。

 ようやく。

 物語が始まる。


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