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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第一章【剣聖と問題】
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第一章7、『歓迎会』


「それでは、アズマ・ノーデン・ラプラス君の『三枝学園』入学――じゃなくて、転校を祝してカンパーイ」


 これを外食というべきか。

 確かに、アズマからしたら、自宅以外で夕食を食すわけで、そう考えると外食なわけなのだが、アズマの感覚的にこれは外食とカウントするべきではないのだが、何でこんな無駄なことを考えているのだと考えるのを止める。


 そんなわけで、ノエル宅である。


「……なぁ、ノエル」

「何ですか、アズマ君?」

「……俺たちは、茹でた水だけを食べるのか?」


 ぐつぐつと、水が沸騰している風景を、ポカーンと、唖然としながら、アズマは見つめていた。

 食事の定義の話だが、確かに水を飲むなどの液体を摂取することも『食べる』という言葉には意味として含まれているが、それでも、【歓迎会】という名目がある以上は、個人的には、もっと豪華なものを食べたかったアズマである。


「ノンノン、アズマ! ちゃんと全体を見てみなさい! ほらほら、ご覧の通りにジャパニーズNABEの中に入っているだろう?」

「いや、まぁ、そうだけど」


 具材がどこにも見当たらない。

 強いて言うなら、アズマを除いた各自が具材が入っていそうな袋を片手に席に座っている程度である。

 見るからに動揺しているアズマを見て、淡々と本を読みながら、トムは言う。


「鍋だよ。もつ鍋とか、すき焼きとか、聞いたことぐらいはあるだろ?」


 つまり、日本料理――とは断定できないが、少なくとも、アズマに馴染みがある料理のようだった。


「えっと、じゃあ、これから作るわけ?」

「うん、そうですよ、アズマ君」


 問題はそこである。

 鍋料理は、意外と作るのに時間が掛かる。

 おそらくは、彼女らにも考えがあるのだろうが……。


「で、何を作るんだ?」

「……確か名前は、闇鍋だっけ?」

「うん、そうか、俺は帰って良いんだよな?」


 反射的に、アズマはそう発していた。


「じゃあ、野郎ども、具材袋を机に出せ!」

「せめて返事をして!」

「駄目だ。これは避けられない戦いなんだぜい」

「てか、イザベラがいない理由はそれか!」


 いつもの『オカルト部』メンバーのうち、今回の【歓迎会】では、例の【暴力系頭脳派ガール】こと【イザベラ・ダーレス】が欠席している。

「ええ、あの子は偏食ですからね」

「いや、それなら俺も偏食だからな!? それだと俺もこれに参加しなくて良いことになるけどな!」

「……安心しろ、【剣聖】。具材なら、僕が持ってきてやったから。――感謝しろ」


 トムの目は死んでいた。

 その瞳が、その安全性について、物語っていた。


「あ、安心できる要素は一つもねぇ……」

「大丈夫ですよ、意外と食べれますから」

「つまり、見た目と匂いがえげつねぇってわけかだな。大丈夫じゃねぇ!」

「いや、グッジョブじゃねぇよ。トムは本を読むか会話に参加するかはっきりしろ! 何かムカつくんだよ!」

「はぁ、つまり、アズマ君は今日の夕食はナシですか」

「あのな、俺は別に……」


 夕食程度食べなくても良い、と言おうとして、咄嗟に止める。

 アズマは、食事を終えるのが遅い。

 だから、日常的に夕食を抜いている。

 一刻一刻が勿体なくて、自分自身にはそんな気を抜くことの出来る時間は与えられるべきではないと思って。

 けれど、その返しで、アズマ自身が、日常的に夕食をとっていないことを、ノエルに悟られそうで怖くなる。


「ん、どうかしましたか?」


 キョトンと、ノエルは首を傾げる。

 それを見て、アズマは茶化すように笑顔を作って告げる。


「……知ってるか、ノエル? 遥か昔から人間は、ほとんどの食べ物を食べれるかどうかを見た目で判断してきたんだぜ。トマトとか、一度も食べずに毒があると判断していたんだぜ」

「それは、トマトにそっくりな毒が含まれている果実があったからだ。雑学で勝てると思うなよ、【剣聖】」

「……」


 つい、心の中で小さく舌打ちする。

 そんなアズマをしっかり者のお姉ちゃんが弟を諭させるように、優しくノエルが呼び掛けてくる。


「アズマ君」

「……はぁ、分かったよ」


 そんな風に、謎の説得をされて、無理矢理納得させられた頃。

 急に周りに暗くなる。


「はい、電気消しますよぉ」


 電気を消した後に、天月はそう告げる。

 思わず殴ってやろうかと思った。


「待った、まだ心の準備が! てか、暗くする前にそう言え!」

「っは、まだまだだな、アズマ! 具材が茹で上がるまでの時間でそんなものはいくらでもできるんだぜい! そもそも、闇鍋をするなら、それくらい余裕でこなすべきだぜい!」

「個人差があるに決まってんだろ!」

「はい、投入」


 いつの間にか、立ち上がっていた天月は、サッサと袋の中身を鍋に突っ込み、そのまま鍋に蓋を乗せる。

 慣れた手つきだった。

 まさに、職人技だった。


「人の話を聞け!」

「さて、アズマ。我らが部活『オカルト部』に入部したからには、わっちからの長ったらしい【七不思議】を語られるわけだぜい」


 これはまた随分とタイミングのいい話だった。

 ……ただ、それを聞いたトムとノエルは一瞬だけウンザリしたような顔をする。


「……へぇ、詳しく教えてくれ」


 対して、都合が良いとアズマは積極的にそれを尋ねに掛かっていた。


「ほぅ、これに興味があるとは好い目をしている」


 ニヤリと、天月は笑う。

 まさにそれは、好きなものを語るオタクのする類のものだった。


「それそうと、トムは本を閉じようね」

「……はいはーい」


 鬱陶しそうにトムはそう言って、そのまま本を投げ捨てる。


「ん、電気はつけないのか?」

「それっぽい雰囲気を出すためですね」

「あ、はい、そうですか」

「さて、それはわっちが入学した頃に聞いた話だ」


 そう言って、天月の天月による天月のための百物語ならぬ【七物語】が始まった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アズマが聞く限りでは、天月の話はあまりにも回りくどく、かつ分かりにくかったので、簡潔にここにまとめる。


 ――『三枝学園イギリス支部高等部』には、【七不思議】が存在している。


 彼女曰く、北の海岸には【人魚】が歌を謳っている。


 彼女曰く、この島は【アーサー王伝説】の【アヴァロン】である。


 彼女曰く、一人夜道を歩いていると【生きた人形】が襲ってくる。


 彼女曰く、【地下図書館】では【神隠し】が起きてしまう。


 彼女曰く、校舎で一人でいると【小さな少女】に遭遇する。


 彼女曰く、【三枝学園】は【超能力開発実験場】である。


 彼女曰く――。


 ……。

 話が終わる。

 天月は手を一度叩き、【御伽噺】の終わるを告げる。


「――以上が、『三枝学園イギリス支部高等部』の【七不思議】だぜい」


 しかし、アズマは不思議そうな顔をして、尋ねかけた。


「……最後の一つは?」

「知らない」


 と、彼女は、まるでどうでも良いようにそう返す。

 しかし、違うと彼女は首を振る。


「正しく言えば、知ってるかもしれないけど、【七不思議】として認識していないんだぜい」

「ん、なんでだよ?」

「【七不思議】をすべて知った者の末路は決まっている。――トム、答えなさい」


 天月の隣で、眠たげに欠伸をしていたトムに天月は話を振る。

 すると、淡々と彼は飽きたように口にした。


「……大体が不幸な目に合うか、最悪死亡する」

「【七不思議】は別に問題はない。だって、いたって普通の『七つの不思議』だぜい。嘘かもしれないし、本当かもしれない。ただ、これの真の問題は、その後の話。そんな『ただの噂話』を『知るだけ』で最悪【死亡】してしまうという、脚色された、【七不思議】を知った者の末路。それらは、どう足掻いたって、不幸なもので終わってしまう」

「……」


 誰でも知っているような、好奇心で容易に無視されてしまう、最後の欠点。

 【神秘】を知っているからこそ、彼女はそれを見逃さない。


「――わっちは、君たちを不幸にしたくないからね」


 当たり前のように、素っ気ない声と表情で天月はそう言う。

 ……が、瞬時にニヤリと笑った。


「それはそうと――」


 彼女は右腕の手を伸ばす。

 その先にあったのは――



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……」


 少なくとも、【七不思議】のうちの一つは的中していた。

 してしまっていた。

 【アヴァロン】の件は、昔あった、という判定にはなるだろうが……。


 ここで、問題点は二つ。

 一つは、誰がこれを広げたのか。

 そして、もう一つが、【七不思議】を全て調べると、最悪死亡すること。

 正直、今すぐにでも【生徒会長】との【契約】を反故にしたくなってきたが、それでも、ここでアズマがしなければ、【七不思議】の被害者が出てきてしまうかもしれない。

 こうなってみると、本格的にしっかりと【七不思議】について調べてみないといけなくなってきた。


 そんな思考が、即座に停止する。

 天月が手を伸ばした先。


「――さてさて、そろそろ完成したかねぇ」


 ただ、アズマにそんなことを気が付ける余裕など、その時には一切存在していない。

 敢えて言わせてもらうのなら、アズマの目は死んでいた。


 ――闇鍋。


 その外見は、割愛させていただこうと思う。


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