序章25、『奥義』
【五英雄】。
彼らの役目は世界の秩序を例外から守ることだった。
曰く、それは世界の味方になることを意味している。
曰く、それは世界の英雄になることを意味している。
曰く、それは世界のため生きることを意味している。
だからこそ。
それがたとえ不可能でも、それが事象として成立するのならば、世界は【五英雄】による、それの成立を容認する。
それが【奇跡】的と呼ばれても、天文学的確率だったとしても、それで世界が救われるのなら、彼らはそれを容認し、彼らはそれを道理とする。
言ってしまうのならば、誰だって好きな人を贔屓にするだろう?
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正気ではなかった。
当たり前では、到底理解が出来るものではなかった。
「――俺は【剣聖】を極めることにした」
【転生者】は、既に【剣聖】の居合に入っている。
【剣聖】が向かうまでもなく、【転生者】の方から入ってきている。
まさに、火の中に飛び込む虫、だった。
「貴様……まだ、意識が残っていたのか」
意外そうにそう呟いて、そこまで危機感のなさそうに、憐れな人を見るように【転生者】はそこから離れようとしない。
確かに、今の【剣聖】は本当にボロボロで、それでもって、絶対に勝てない存在に立ち向かう――蟻が象に立ち向かうような絵空事を現実にしようともがいている。
「――その結果がこれだ。本当に、最高な話だよ」
笑え。
返事はない。
否、会話がかみ合っていない。
代わりに、笑う。
「もしや、聞こえていないのか?」
ゆえに、その問いの応えはない。
ついに辿り着いた、蟻が象に打ち勝てる『毒』を手に握りしめる。
「――百本目だ」
声が響いた。
その時、嬉しそうに笑みを作りながら、【剣聖】は今まで繰り出していった刀があるように振る舞うのを――止めた。
それゆえに、物理現象に反したそれらは、結晶片と砕け散り、空中に漂う。
まるで雪のようだった。
「――この世に存在しているどんな刀にも、その時その一瞬に利用されるだけの【理想】となる側面が存在している。その理想ってのは、時と場合によって大きく変わる。その時その時、こうであって欲しいと思われているやつだ。でも、世の中には、そんな刀は存在していない。どんな状況も、担い手自身が何とかしないといけない。俺は今まで、随分とずるをしてきたことになる。【模擬刀~虚構~】――これには、その時その時の必要なことが出来るような刀として成立する性質を持っている。それは所詮、百のうちの一に過ぎない側面だ」
そして、両手でそこに一本の太刀があるように【剣聖】は振る舞う。
そこで【剣聖】がとったのは、俗に言う居合の構えだ。
「――その理想を一点に収斂する」
剣圧が響く。
無色に輝く結晶は、ただ一点に収束する。
次々と、【剣聖】に必要とされし一刀が形作られる。
「――それが【模擬刀~理想~】だ。俺が愛刀無しで、不完全で不格好な【奥義】の使用が唯一可能な一瞬のひと時なんだ」
確かにその手には、一本の太刀が握られている。
やはり、目には見えない。
けれど、【転生者】の本能が叫んでいる。
ただただ、それは危険だ、と。
しかし、彼女は逃げようとしない。
当然だ。
彼女を引き留めているそれは、何とも言えない威圧――否、『剣圧』だった。
「それが世界であるのなら――」
一歩、ただ踏み込み。
一見、ただの一振り。
一閃、ただただ斬獲。
その三拍のみが成る。
「――俺に斬れない道理はないッ!」
それ即ち、万象を斬るのみではあらず。
ただ、斬りたいもののみぞ斬る――十一代目の【奥義】なり。
師曰く、逆説の応用。
森羅万象を斬れるのならば、逆にすべてを斬らないこともできる。
それだけを斬り、それ以外を断たない絶技。
その一閃は、絶対防御の壁を斬ることもなく通り過ぎる。そして、そのまま、【剣聖】が斬ると決意した存在のみを傷つける。
其の名は――
「――【無窮一閃】ッッ!」
人の手だけで辿り着いた――【奇跡】と同等の剣技。
それが、アズマ・ノーデン・ラプラスの得た答えだった。
こと切れたように、【剣聖】の体から力が抜ける。
そのまま、固い地面にアズマは倒れ込んだ。
ポタリポタリと、【未来永劫・屍山血河】――彼女たちの【生き様】に、彼女の手を介さずに、初めて血がたれ落ちてゆく。
薄れゆく意識の中で、アズマは皮肉げに尋ねた。
「……年々ぶりだ?」
必死に意識を保ちながら。
「覚悟もできずに、体が痛むのは?」
その一太刀は、【無敵】だけを斬った。
他の何一つ斬ることがなく。
「さぁな、分からん」
爆笑するのを堪えながら、苦笑しつつ不死鳥の加護により、【奥義】の傷を再生させる【転生者】はそう答える。
意味がないはずの一撃は、この場限りでは大きな価値を成していた。
「それそうと、誇るが良い」
そして。
ふと、突然思い出したかのように【転生者】は続ける。
「――貴様の勝ちだ」
返事はない。
その成功を確認すると、僅かに、初めて、確かな笑みをこぼしながら。
アズマ・ノーデン・ラプラスの意識は深く落ちていった。