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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
25/133

序章24、『剣聖のための仮初』


 ――ただ、機械に成れ。


 ――何一つ、躊躇するな。



 ――ただ、心を凍らせろ。


 ――ありふれた、殺意を込めて。




 目を瞑る。

 匂いは消え失せる。

 余計な音も消え失せる。

 過剰な集中の海に潜り始める。

 あるはずのない刀を両手に握る。

 【剣聖】は静かに構えて、あるはずのない刀で、斬るべき相手に――投げた。

 本来の用途外のあるはずのない刀の使用。

 本来なら、そのまま届かずに墜ちるのが常だった。

 けれど、それは届く。

 あるはずのない刀は、【剣聖】の思い描く軌道をなぞる。

 歴史上において、【剣聖】の容量外の所業。

 彼にとって、これが【剣聖】を極めるという意味だった。


 そもそも、【世界】は何をもって彼を【剣聖】と呼んだ?


 先代の【剣聖】の打倒によって、【世界】に認められ、先代の【剣聖】が彼を案じることにより、先代が【剣聖】を辞めたことで、彼は初めて【剣聖】に至ったのだ。


 ――その結果、アズマ・ノーデン・ラプラスは、【剣聖】と成るに相応しい名誉を身に着ける前に、十一代目の【剣聖】となった。


 そんな彼だからこそ、【剣聖】を極めようとしたのだ。

 他でもない【剣聖】だからこそ習得することの出来る数々の【技術】を――【模擬刀~虚構~】の完全習得に加えて、それによって可能になる現象を徹底的に暴き切った。

 例えば。

 空間と空間を斬ることで――空間にあるはずのない刀を刺し、【概念】的存在である【模擬刀~虚構~】の性質を利用して思い描いた軌道のみを成立させる。

 彼は【剣聖】であるが、【剣聖】ではなかった。

 【剣聖】を超えた何かへと化していた。

 零を成せずに無限を成す――それが彼である。


「っ!」


 無理やりに体を動かす。

 そうすることで、決して破れることのない絶対の壁に弾き返された【模擬刀~虚構~】に続けて投げた【模擬刀~虚構~】を衝突させる。衝突された方の【模擬刀~虚構~】が、その時の衝撃によって、より強い力で絶対防御の壁に衝突する。一方、衝突した方の【模擬刀~虚構~】は空間に刺さる。


 これを繰り返す。

 無理に無理を、投擲に投擲を重ねる。

 そうすることで、斬るのではなく、廻し斬る。


「それだけか、つまらんぞ」


 それを見て、【転生者アナスタシア】そうは嘲笑う。


「だったら、その壁を無くせ!」


 それを聞いて、【剣聖】はそう叫ぶ。


「――そうか」


 【転生者アナスタシア】はそう呟くと、拳銃の銃口を向けるような仕草をする。

 それの正体を、【剣聖】は知っている。

 それが何を意味しているのかを。


 銃声が鳴る。


 見えない弾丸が【剣聖】に襲い掛かる。


 次に、金属音が鳴った。


 それまでにアズマがその右手で投擲していた【模擬刀~虚構~】が、廻り回ってそれに直撃したのである。そうすることで、見えない弾丸の軌道をズラしていたのだ。――そして、【転生者アナスタシア】に向けて左手の【模擬刀~虚構~】を放ち、それに焦点を割かれた彼女の意識の盲点を断つように――音も無く、放った刀よりも速く、一瞬で接近する。

 一振り。

 しかし、壁が邪魔する。


「――なるほど」


 つまらなそうに【剣聖】は呟く。


「何がだ、【剣聖】?」


 気に食わなそうに【転生者アナスタシア】は尋ねる。


「テメェは薄っぺらいよ」


 可哀そうな何かを見るように、【剣聖】は分かったように口にする。


「……なに?」

「――明かせよ、【転生者アナスタシア】。テメェの目的は、一体何だ?」


 業炎が炸裂する。

 アズマはその時点で、一度に同じ技を使わないことに気づいていたが、流石に回避を選択する。炎々と燃える焔は、目が眩んでしまうような太陽を思わせる光を放ちながら、まるで意思があるかのようにアズマに襲い掛かる。


「――ほう、狂ってるな」


 永遠と反射をし続けているあるはずのない刀によって、それは一瞬にして吹き飛ばされる。明らかに予め用意していたわけではないタイミングだ。――だがしかし、アズマの表情から見るに、偶然ではないようだった。


「……我らが目的はただ一つ」


 【転生者アナスタシア】は語る。


「――誰も傷付かず、苦しまない世界の創造だ!」


 誰かも望んだ御伽噺を。


「そりゃたいそうな夢だ。……だが、やり方が破綻しているな」

「知りもしないくせに、よくそんなことが言えるものだな」

「なら言ってみろよ、否定を恐れずに」


 誰かに良く似ている。

 【転生者アナスタシア】は嬉々として子供が夢を語る時のように、純粋無垢に目を輝かせる。

 場違いにもほどがあった。


「――まず、この世から強者を吾輩たちのみにする。そうすることで、実質的に弱者しかいない世界を成立させる。考えてみろ、戦争や喧嘩、そういった荒事でいつも苦しむのは誰だ? どれもこれも弱者だろう? 勝者になろうと、弱者になろうと、その結果に関係なく苦しむのは弱者だけだ。――だから、弱者のみの世界を作り出す。誰かが戦争を起こした時、強者たる吾輩たちだけが戦い、そして苦しむ。弱者は平和を享受する。これが吾輩たちの答えだ」


 アズマはそれに耳を傾けながらも、彼が紡ぎ出す【模擬刀~虚構~】の雨は止むことはなかった。それでも、そんな我ながら随分と失礼なことをしていると思いながらも、話すのを止めようとしない【転生者アナスタシア】に若干引きながら、ポツリと【剣聖】はどうでも良さそうに呟く。


「あっそ」


 【転生者アナスタシア】が目指したものは、【絶対悪】ではなく【必要悪】だった。

 成るべくして、【無敵】を目指した存在だった。簡潔に言えば、そこまでで、それを素晴らしいことだと思いながらも、彼はそう告げる。

 感情によって、隙を作り出すために。


「――そろそろ、余興は終わりだ」


 そう言って、【転生者アナスタシア】は拳銃の銃口を向けるような仕草をした。いわゆる、【銃聖】のあるはずのない弾丸を放とうと、静かに銃口に手をかけていた。それこそ、やはり、予想通りに行動であり――


「……」


 ――それを彼は見逃さなかった。

 彼女が引き金を引くよりも早く、右と左の両方で、【転生者アナスタシア】に向けて、【剣聖】は【模擬刀~虚構~】を投擲する。

 そして、初めて【転生者アナスタシア】はそれを避けた。絶対防御以外の抵抗を、ついに行ったのである。

 必然的に【転生者アナスタシア】――ノエルの体が宙に浮く。

 まさに無抵抗な状態。今ならば、一閃を加えることは容易にできた。自然と、【剣聖】の足に力が入った。そして、一歩踏み込もうとした瞬間に。


 ――【転生者アナスタシア】は引き金を引く。


 簡単なモーション。

 当然、弾丸が放たれた。

 その一瞬の中の刹那のことだ。


「【エンチャント――」


 魅了を意味する言葉を、【転生者アナスタシア】は零す。

 次に、愛にまつわる伝承を多く持つ全能神の武器の名を唱えた。


「――ケラウノス】」


 まるで、呪文のようだった。

 たったそれだけの一言で、放たれた弾丸は雷鳴に破裂する。

 その光景は、まさに【奇跡】のようだった。


「っがぁぁぁ!」


 ――【ケラウノス】、それは古代ギリシャ語における『雷』である。同時に、ギリシャ神話の主神であるゼウスが振るう【神器】としても知られており、同神話最強の武器としても広く認知されている。伝承曰く、ゼウスがこれを放った瞬間に、【ケラウノス】……雷霆は空間を満たし、威力は勿論のことティターン達は強烈な光で目を潰され、随分と苦しめられたと語られている。それだけならまだしも、古い神話において、世界の始まりであるカオスをも滅ぼされているとのことだ。

 【剣聖】の体中に水を浴びたように衝撃が走る。

 意識がチカチカと点滅する。

 視界もまた、絶えた。














 静寂が、屍山血河の世界を支配する。


 それは、嵐の後の静けさを醸し出していた。

 視界が悪い。

 雷鳴による熱で発生した煙によって、【剣聖】や【転生者アナスタシア】の周囲が一切見えなくなっていた。

 ――そんな中。


「やはり、勝てないか」


 ポツリと、【転生者アナスタシア】は静寂を破る。

 残念そうに、呟いていた。


 ――確かに、視界は悪い。


 けれど、目には見えずとも、【転生者アナスタシア】には【剣聖】が何処で倒れているのかが分かっていた。


「おそらくは、貴様にも勝機があったのだろうな」


 それゆえに、一歩近づく。


「だが、それでも、【無敵】を目指す吾輩たちに勝てるはずがない」


 だからこそ、二歩近づく。


「ああ、結末は初めから決まっていた」


 そう言って、三歩近づく。

 当然にように、以前のアズマのように、ただ勝った気になっていたからこそ、不完全な【無敵】を纏う【転生者アナスタシア】は気づけていなかった。



「――そうかよ」



 【剣聖】はまだ、立っている。


「――でもさ」


 【無敵】を目指す【転生者アナスタシア】にとって、元から【素敵】を成す【剣聖】が――天敵がそこには立っている。



「――敵なら、ここにいるぜ」


 初めて。

 アズマはアズマとして。

 心の底からニタリと笑った。


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