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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
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序章20、『敵の敵は味方……らしい』


 アズマは今、溜息を吐くことを全力で我慢していた。

 ぐっすりとアズマが寝ていたのは、どうやらノエルの部屋だったらしい。それも、随分と長い時間寝ていたようで、部屋に掛けられていた時計の針は夕方の六時を指していた。


「……」


 そして、早くノエルの待つ【アヴァロン】に戻りたいアズマは、ジトーッと不満げに天月とトムを見つめながら、他に行き場がないのかノエルのベットの上に座り込んでいた。

 何故にアズマが不機嫌なのか?

 理由は簡単だ。

 天月未来はビンを片手に大きな声で叫ぶ。


「ほら、ワインだぜい!」

「いりませんよ、天月先輩」

「酒を飲もう!」

「ですから、飲みませんよ」

「ふざけよう!」

「何故ですか!」


 そして、ついにトム・ジェイソンも怒鳴り声をあげた……が、天月は反省するそぶりを見せようとはしない。


「……」


 この会話を聞いていると、つい帰ってしまおうかなぁと思ってしまった。

 シリアス口調で作戦会議が何たらこんたらと言いだした天月を信用してしばらく過ぎたが、話は一向に進んではいなかった。何故に【魔法使い】という人種は、己の命を懸けてでも自然と作られたシリアスをさも当然なまでにコミカルへ変えたがるのだろうか?

 ただ、アズマとしては、【アヴァロン】にいる限り、ノエルに危険が及ぶ可能性はないに等しいと思っていたので、現状に対して大して焦りは感じてはいなかった。……が、早くノエルに会いたいので、わざわざ呆れている素振りを表に出してみると、某天月とは違い真剣に話を進めたがっているトム・ジェイソンはナイス判断とそれを拾い上げる。


「ほら、先輩。流石の【剣聖】も呆れかえってるじゃないですか」

「そうだそうだ、忘れてた」


 すると、天月は思い出したような口ぶりをする。――コイツ、今からでも倒してしまっても良いような気がする。引き留めるだけ引き留めて、忘れてたはないだろう。

 何はともあれ、ようやく話が進むのか、と肩の力を落としてアズマは尋ねる。


「……で、作戦会議ってのは?」

「【剣聖】! 君も酒を飲め!」


 話がズレる。

 否、未だにズレていた。

 この時、アズマとトムの何かが、ぷつりと切れた。


「なんでだよ! てか、俺未成年だから!」

「【剣聖】、馴れ馴れしく先輩に話しかけるな!」

「オマエは何なんだよ! 【浮遊の魔法使い】にだけ敬語使いやがって! なんだ、先輩リスペクトしてますぅって奴かよ! そもそも、敵であるはずの俺の前でなにイチャイチャしてんだよ!」

「そうだぞ、トム・ジェイソン! なにわっち以外の【剣聖】とイチャイチャしているんだ!」

「それだとオマエが【剣聖】みたいに聞こえるんだけどなっ!?」

「話をちゃんと聞いてない奴が割るんだぜい!」

「そうだ、僕は先輩にしか興味がない!」

「……愛の、告白……だ、と?」

「もう、滅茶苦茶だな、おい……」


 ふと、アズマはここで思い出す。

 だからこそ、顔を顰めながら言ってやった。


「な、なんなんだ、コイツら」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 数分後。

 ワインではなく、紅茶の入ったティーカップを片手に、風雅に天月は呟く。どうも、【魔法使い】は紅茶を好むようだった。


「――アズマ・ノーデン・ラプラス」

「……なんだ?」


 先程よりも不機嫌を極めたような声色で、アズマはそう返す。


「……話を戻そうか」


((……やっとか))


 その言葉を聞いて、同時に常識人はそう思う。

 コトン、とティーカップを机の上に置き、代わりに天月は箒を右手で掴む。


「――わっちたちの目的は『ノエル・アナスタシアの安全確保』だった」


 【運命】を斬る、という目的を持つアズマからすれば、それは第一にクリアしなければならないアズマからしてみれば、天月のその発言は予想通りの言葉だった。

 けれど、謎が解けれてみると、新たな謎が生まれてくる。

 何故、敵であるこの二人は、アズマを助けたのか?

 その謎を解き明かすために、天月はさらに言葉を続ける。


「……だったんだけど、わっちたちはやっと分かったよ。【剣聖】との戦いで、ようやくそれが、完全に理解が出来た」


 トム・ジェイソンは続ける。


「……僕たちにノエルさんは救えない。僕はノエルさんを救うために【魔術師】になったんだけど、それは間違いだった」


 後悔。

 そんな感情が、その言葉から伝わってくる。

 皮肉げに天月は笑う。


「わっちたちは【奇跡】をもってノエル・アナスタシア君を救おうとした。けど、その【奇跡】が原型である【魔法】や【魔術】を扱うということは、わっちたちは神様の真似事をするってことになる。考えてみれば、分かることだった。わっちたちの知る神様は、【世界】の秩序を守るために生まれた存在だぜい。だからこそ、神様を理解する上での人知の最大点である【奇跡】もまた、【世界】のためにふるわれるはずなんだぜい。――この力は【世界】のためにしか使うことは出来ない」


 普段の彼女を知るのなら、これほどの長い台詞を聞く機会は、彼女が噂話を話している時ぐらいだろう。

 それほどに、彼女は夢中になっている。


「偽者の神様である限り、僕らは感情のままに動くことは許されない。これ以上は、僕たちには何もできない――だがなっ!」


 トム・ジェイソンは、悔しげにそう告げていた。……が、彼はアズマに近づき、


「っ!」


 すぐに首を振って、アズマの胸ぐらを掴んだ。無気力で大人しそうなその外見に反して、その瞳はメラメラと何かに燃えている。


「――【剣聖】、その力の本流は【奇跡】ではなく、『努力』なのだと聞いた! 合理的にしか行動できないクソったれの神様の力を借りずに、貴様ならノエルさんを救えるのだと! だから、誓え! 貴様のすべてを懸けて! ノエル・アナスタシアを、僕たちの代わりに救うことを、誓えッ!」


 アズマは知らない。……ノエル・アナスタシアとトム・ジェイソンの明確な関係性を。

 そもそも、本当に味方と思っていいのかも分からないでいる。


「……言われなくとも、そのつもりだ」


 けれど、アズマは人の善性を信じることにした。

 その、己にとっての正義を。

 無言で、けれど、何処か満足そうに笑みを浮かべながら、トムはアズマの胸ぐらを放す。

 その様子を静かに見ていた天月は、その口を開く。


「――アズマ・ノーデン・ラプラス、君にわっちたちの理想を託す」


 ただ、己の後輩を助けるために、夢中になった理想を押し付ける。


「……貴様が、ノエル・アナスタシアを救ってはくれ」


 トム・ジェイソンがそう言い終えた瞬間、アズマにとって聞きなれない音がノエルの部屋に鳴り響く。その三人ともが、その突然の音にビクリとするが、その次に天月が右ポケットからスマートフォンを取り出して――その表情を変える。

 それは、恐怖だ。


「はい、もしもし。――本当ですか? で、でも、どうやって! ……はい、了解しました」


 敬語。

 それだけで、何か異常な事態が起きたのだとアズマとトムは悟る。

 天月は通話を切ると、アズマの方を向きながら叫んでいた。


「アズマ、【理想郷】へ急いで!」

「……何かあったのか?」

「第三勢力による襲撃だ!」

「っ!」


 天月の『襲撃』の『撃』の時点でアズマは既に動き出していた。玄関から出ることも惜しく思い、すぐそこにある窓を開く。

 自然と、下が視界に入る。

 高いとしか言えない。


「急げ! 万が一、間に合わなか」


 焦ったような顔をしているトム・ジェイソンの言葉を塗りつぶして、


「オマエらの理想は俺が代わりに成し遂げる」


 そう告げて、自らの手で開けた窓からアズマは飛び降りる。


 ――その高さは数十メートル。


 何もしなければ、即死。

 だからこそ、体にかかる不自然さを気味悪く思いながら、何もない空間にあるはずのない刀を投げつけると、そこにあるはずのない刀は突き刺さった。

 【剣聖】にはもう、己の切り札を惜しむ気はない。

 だからこそ。

 その刀を足場に、アズマは最短距離で前に進む。

 救うべき人の元へ。


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