序章19、『合法侵入』
一晩過ぎた。
けれど、アズマが帰ってくることはない。
木々は揺れる。
花たちは咲き誇る。
美しき自然は、己の生き様をまっとうしている。
「やれやれ、これは不味いな」
溜息を吐きながら、マーリンは欠伸をする。
――次に、銃声が鳴った。
それとほぼ同時に、マーリンの額を弾丸が撃ち抜く。
「――言ったはずだけどね、ボクは不死身だってさ」
唇を噛みながら、マーリンは、本来なら死亡するほどの痛みを堪えながら、それを悟られないように、淡々と呟く。
――侵入者。
また、銃声が鳴る。
「同じ手は食わないよ」
ノーモーション。
不自然に軌道を変えていく弾丸に――美しいモザイクが掛かり、そのまま闇に溶けていくように、その姿を消していく。
現実が夢に溶けていく。
(――大方、アズマの後をつけていたノエルちゃんの刺客が、それを利用して入って来たってところか)
そう結論付けて、マーリンは大きな声で言う。
若干、キレ気味に。
「警告だ! これ以上、ボクの世界を荒らすというなら容赦はしない。【夢幻の魔法使い】の名に懸けて、侵入者諸君を徹底的に叩きのめすと誓おうじゃないか!」
すると、背後から獄炎が放たれる。
「――だから、無駄だって」
それと同時に、銃声が鳴る。
その音を聞いたマーリンは、いつものように【魔法】を使おうとするが、ここで違和感を感じる。
そこに、弾丸はない。
代わりに、雷鳴が走る。
「っ!」
持続する痛み。
(ボクが不老不死だって分かっての攻撃か!)
それを受けながら、それでもマーリンはふてぶてしく笑う。
そして、それらが同時に、マーリンに対して放たれる。
「――『従え』」
時が、止まったようだった。
弾丸。
雷鳴。
獄炎。
それらが、マーリンを目前に、その動きを止める。
背後。
物音が鳴る。
「――『殺せ』」
マーリンを狙っていたこれらの『魔術』は、その方向性を変えて、その物音が鳴った場所へと放たれる。
すべてが消えた。
――否、物陰が一つ。
「ああ、可哀そうに。それらが魔術なのだとすれば、縁は『不死鳥』に『狙撃手』、そんでもって『神の怒り』かな? ――そして、それらを食らって無傷の君は、『無敵』と言ったところかな?」
薄汚れたローブを着た中性的な子供。
その顔は、フードで隠れて見えない。
それでも、淡々とマーリンは続ける。
「『魔術』は、その性質上、一人の人間に一つしか使用することしかできない。なら、今のところは、侵入者は四人か」
ごそりと、その子供は動き出す。
「――動くな、死にたくないのなら」
マーリンの静止を無視して、その子供は自らを隠すフードを脱いだ。
……。
絶句ではない。
唖然でもない。
遺憾を込める。
トランプの一を見せつけられたような気分だ。
「――なるほど」
と、マーリンは何とも言えないような表情をして宣言する。
「――ならば、手加減は必要がないな!」
その時、時空が歪んだ。
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目が覚めると、アズマの目の前には、何の見覚えのない風景が広がっていた。
すべてがおぼろげだった。
そこで、アズマは気が付く。
正しく言えば、真っ白な天井が広がっているのだと。
「おっ、目を覚ましたね」
その声が、アズマの意識を完全に醒ました。
「――【浮遊の魔法使い】!」
咄嗟にあるはずのない刀を握り、そのまま地面に足をついて立ち上がる。
咄嗟に、立ち上がる。
目の前には、女の子らしい部屋が広がった。
誰の部屋だと、自然と思うが首を振る。
その部屋に、なに不自然なところがないように、殺し合っていた一人の少女がそこに立っていた。
そして、同時に気が付く。
「……あ、れ?」
アズマ・ノーデン・ラプラスは、【浮遊の魔法使い】天月未来に敗北したはずだった。ならば、アズマの行く末は、『世界神秘対策機構』からの報復を受けるか、あの場で死亡するかの二択だった。
そのはずだった。
手錠もない。
何も拘束はない。
まさに、自由だった。
ミスなのだとしたら、ミスでは済ませられない話だった。
ガチャリ、と扉の開く音が鳴る。
咄嗟にアズマは、そちらにも視線を向ける。
「武器を下ろせ、【剣聖】」
同時に、声が聞こえてくる。
とてもありふれた声。
けれど、アズマはその声の主の名を覚えていた。
「――それに、【魔弾の射手】!?」
「僕たちは貴様の味方ではないが、貴様と同じく『世界神秘対策機構』の敵対者だ」
それに合わせるように、アズマの知る【魔法使い】のようにお茶らけながら天月は続ける。
「いわゆる、敵の敵は味方と言うわけだよ。アズマ・ノーデン・ラプラス君、わっちたちはノエル・アナスタシアの味方だぜい」
が、最後に笑みを消す。
「――さて、早速だけど、作戦会議を始めようか」
それが、彼女たちの目的だったのだから。




