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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
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序章1、『行き当たりばったり』


 ――道に迷った。


 誰にも話しかけられずに、黒いローブの少年は憂鬱に襲われていた。

 いや、誰にも話しかけられないわけではない。実際には話しかけられるだろうし、ぎこちなく馴れない愛想笑いで話しかけさえすれば、相手が誰であろうが、……少なくとも、それが善人であれば潔く(?)対応はしてくれることに違いないだろう。

 しかし、考えてみれば簡単な話だった。

 ここはイギリスである。

 アズマは日本出身である。


「……そもそも言語が通じないよなぁ」


 正しくは言えば、この場所はイギリスの国境内に存在する小さな島であるが。

 手元にある親切にも日本語で書かれた地図と、平然と英語で書かれた看板を交互に何度も見ながら、アズマ・ノーデン・ラプラスは深い深いため息をついていた。

 言うなれば、アズマは一度でも見れば普通に忘れられにくいであろう外見を持っている。ミディアムの白い髪に、日本人の平均身長程度の背丈。その体格は細く、肌の色は色白いためにもやしなどと言われてもしょうがないかもしれない。その極めつけには、彼の親友が『神社の鳥居のように神秘的』と表現した紅色の瞳が輝いていた。


 道を少しでも歩けば、こんな変な男に対して視線は向かっていくと決まっていた。

 けれど、周囲の人間は少年に目を止めることもなく、通り過ぎていくだけだ。


「……どうしたものかなぁ」


 当たり前の話だった。

 彼の着ているフード付きの黒いローブには、本格的な『顔隠しのルーン』――顔を見たことのない相手は認知することが出来なくなる効能のある【魔術】的性質のある文字――が縫われているのだから、アズマに関われるなんてことは、まず彼らにはない。――少なくとも、『一般人』は、この少年が直接話しかけでもするか、あらかじめに少年のことを知っていない限りは、彼の存在に気づくことは出来ないだろう。大体が、彼の立っている場所を無意識のうちに避けて前に進んでいる。

 黒、金、栗、赤。――色とりどりな髪の色合いが少年の前を通り過ぎるが、少年の知る言語を扱えそうな雰囲気の人物は誰一人いない。


 少年は誰も見ていることもないからか、虚栄を無くして再び溜息を吐く。


「うん、どうしようか」


 確かに助けを求めるかのような唸り声をあげて、フードに邪魔をされて触れないながらも、ついつい癖で頭を掻こうとする。


「――約束に、どうやら約束に遅れてしまいそうだ」


 ただ周囲を、自分よりも年上に見える少年少女たちは通り過ぎていく。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アズマ・ノーデン・ラプラスは記憶喪失である。

 それゆえに、彼の人生はどう足掻いても一年と半年分しか語ることが出来ない。

 その一年と半年間は何をしてどうなったかというと、簡潔に言うのなら、すべての始まりとして『とある大災害に遭ってそのショックで記憶喪失になった』かと思えば、その末路が『歴代最高の実力と最低の名誉を持つ【剣聖】になっていた』という訳の分からない話だった。

 ただ、彼が唯一覚えていることは『自身が日本人であること』だけ、つまるところ、ただそれ一つだけだったのだ。

 そう考えてみると、未だに訳は分からないが、我ながらよくそれだけの情報だけでやっていけたなぁと、アズマは何と無しに思っていた。ただし、ここまでたどり着けたのは、様々な偶然という名の幸運が重なっていたからであり、すべてが彼の努力によるものではない。ある意味、彼は今、何となくここに立っていて、なんだかここに立ててしまっているようなものだ。

 何が言いたいかというと……彼の幸運はここで尽きてしまったと言う話である。


「やべぇな、ここにきて努力不足が俺にあだなしてきたよ」


 やはり、他人事のように彼は呟く。

 実際、彼は『仕事』が成功しようが失敗しようがどっちになろうがどうでもよかった。

 ただ、親友に「へーイ、引きこもり! ハッハー、ヒキニート!」と『仕事』を蹴ろうとしている旨を伝えてみると、そう彼女に返された結果、アズマがムキになって【パンドラ】からの『仕事』を考えなしに引き受けただけの話である。

 別に、『自分の必要性』だとか、どうでも良かったのだ。

 ただ、雰囲気や空気に振り回されているだけだった。

 だから、アズマは自分に出来ることはするつもりだ。

 けれど、この現実を見て、この『仕事』が自分の手に余るものなのではと、気づいて後悔している彼がそこには居た。


「どうしようかなぁ、ホント。どうしようもないよなぁ、コレ。どうしよっかなぁ、マコトに」


 だからこそ、アズマは唸っていた。


 『三枝学園』と日本名にされているから多分日本語喋れるだろと安易に考えていたのも、彼の失態だろう。周囲を歩いている所為との会話を盗み聞きしてみると、そのすべてがアズマの知らない言語によるものだ、つまり、おそらく、絶対に、会話は成立しない。

 そう、思い込んでいた。


「ヘルプ……助けて……いや、助ける、か? こんにちは、が確か、ハローだっけな? ああ、もう、なんで世界の標準語が日本語じゃねぇんだよ!」

 

 後のアズマが知ることになるのだが、暗記が苦手な人が古典の勉強をすれば、日本語を学ぶ留学生の気分が若干体験できるかもしれない。……話を戻すが、ご覧の通りにアズマは、うじうじと悩んでいるばかりで、一度も実際に話しかけたことはなかった。

 それゆえに、今や人類はスマートフォンなどに翻訳アプリやら翻訳サイトやらが存在していることを知れずにいた。いや、そもそもの話、彼は色々とやらかして、【理想郷】に半年間も閉じこもりっていたのだ。所謂、引きこもりニート――ヒキニート生活を過ごしていれば、人と話すことに億劫になってしまうのは当たり前なのである。


 言ってしまえば、【アズマ・ノーデン・ラプラス】という生き物は、記憶喪失ということを口実に周囲の人たちに面倒を見てもらい、それから巣離れするタイミングを逃してしまい、周囲の都合や空気に流されて、仮初の自分を演じ続けて善人づらをするだけの――内面はただの度胸がないヘタレになってしまっていた。


「とりま歩くか」


 言語が異なることを理由に、彼は挑戦もせずに、周囲と同じく――目的地が分からないという点を除いて――前に進み始めようと、一歩踏み出した。……ここで、若干話は変わるが、アズマは正義感と責任感が特別強い。

 ふと、何気なくあるなぁと認識していたぐらいの路地裏を見て、とあることに気が付いたのだ。


 ――女の子らしき人影が、五人組の男集団に囲まれていることを。


 無意識のうちだった。

 彼の『目的地』が変わる。……否、元々『目的地』が分からない部分を鑑みれば、決まった、というべきか。

 その足が方向性が変化し、女の子も含めて六人組の集団に声をかけていた。


「おい、何をしてんだ」


 男たちからの返事はない。

 言語がやはり通じないためか、無視をされる。

 代わりに、高い声が聞こえた。


「た、助けて!」


 聞き覚えのある言語。

 それ即ち、言葉が通じたことを意味していた。


「……っは」


 その事実にニヤリと笑い、アズマはポツリと呟いた。


「――了解した」


 次の瞬間。

 世界一しょうもない弱い者いじめが、始まった。

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