表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
16/133

序章15、『ちょっとした、約束』



~日記~



 パンドラから彼女の娘であるノエル・アナスタシアの護衛の任を言い渡された。

 早速【アヴァロン】の外に出て、いつの間にか道に迷ってしまうが、イザベラ・ダーレスという名の暴力系頭脳派少女の協力もあり、無事にノエル・アナスタシアと合流することに成功する。

 その後、我ながらどうかと思う『あの態度』から安定した協力関係を得られるのかを危惧していたが、どうやら彼女は『記憶を失う前の僕』を知っているようだった。

 そのためか、僕がアナスタシアと再会するたびに、彼女との距離感がだんだんと縮まているような気がする。


 ――というよりも、いつの間にか添い寝されている時点で好感度が元々マックスになっているように思われる。


 このことから、『記憶を失う前の僕』はノエル・アナスタシアとは念密な関係を築いていたと考えられる。

 よって、もう少し馴れ馴れしく接しても良いのかもしれない。

 それもまた、普段よりも気を使わなくても良いし、さらに彼女が僕に心を開いてくれる時間が縮まるかもしれない。

 ……何より、僕は彼女と仲良くなりたい。

 ただ、正直に言うと、彼女から向けられている感情が大きすぎて辛い。

 何しろ、今の僕は彼女を知らない。

 同時に、今の彼女は『以前の僕』を知っている。

 『今の僕』が『昔の僕』に押しつぶされてしまいそうで、怖い。

 そのため、『今の僕』の思想を伝えたことは、ある意味良かったかも知れない。

 彼女の言動を見る限りでは、自分ではない誰かに自分の意思を押し付けることは『本能的に嫌っている』ように感じられる。

 よっぽどのことが――彼女が自身の感情の制御が出来ない状況にでもならない限りは、僕も壊れることはないだろう。


 それはそうと、どうやら今夜はようやくまともな料理が食べれるらしい。

 今夜に開始予定の例の『作戦』についてアナスタシアと話し合いを終えて、今後について話すと、僕とマーリンの出来ることから考えて、彼女が料理を担当してくれることになった。

 そのおかげで、おそらくは僕の遺伝子に刻まれているだろう『日本料理』を食すことが出来るようだ。

 楽しみである。

 それと、もしも今後、彼女に「添い寝してくれー」と言われても、全力で回避するべきだ。


 アレは心臓に悪い。


 ――まぁ、いい意味でだが。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 自分の部屋で日課の日記をアズマが書いていると、背後のドアから三回分のノック音が聞こえてくる。確か、三回は親しい間柄の相手に対して行われるものだった気がする。あのマーリンなら洒落てこんなことをしそうで、アナスタシアもアナスタシアで普通にしそうだ。……日記に書いていたことも、あながち間違いではないようだった。

 さらにノエルらしき声が、扉越しに話しかけてくる。


「食事の準備が出来ましたよ!」

「うん、分かったよ。今行く」


 アズマはそう簡潔に告げながら、座っていた椅子から腰を上げる。そうすることで視界に入ってきた自分の部屋は、半年の月日を過ごせば見慣れたものだったが、それでもアズマは、何もない――といってもベットや椅子、机など生活に必要最低限のものは存在している――簡素な部屋に多少の不満を覚えていた。

 今はそんなものは関係ないと、首を振って扉を開くと、エプロンを着ているノエルの姿が見えた。そして、流石にないかと、アズマは胸をなでおろす。……マーリンじゃあるまいし、アナスタシアはちゃんと普通にエプロンを着用していたからである。


「てか、そのエプロンって誰の?」

「えっと、マーリンさんが貸してくれたものですけど……何か、不味いですかね?」

「……多分、大丈夫だろ」


 不味くない、と言い切れないところが流石マーリンである。そのことに苦笑いをしつつも、これ以上はただでさえ地に落ちている名誉が、今度は地獄に落ちそうなので、アズマは憐みを覚えて話を逸らすことにする。


「ところで、何を作ってくれたわけよ」

「それは見てからのお楽しみですよ。何が出るのか、ワクワクしていてくださいね!」

「ああ、了解。お望み通りに、ワクワクしとくよ」

「――それと、アズマ君。これを先に渡しておきます」


 思い出したかのように、彼女はそう言って差し出してきたのは、世間一般でよく見る類の金属で出来た鍵だった。


「……家の鍵か?」

「はい、そうですよ。渡し忘れないように、今のうちに渡しておこうと思ったんですよ」


 アズマはその鍵を受け取ると、カーゴパンツの右ポケットにしまう。ある意味、鍵を無くした際の責任を押し付けられたようにも見えるが、実際はノエルからの熱い信頼と信用の表しなのだろう、と無理矢理に意識をズラす。

 そんなノエルは、にこにこと笑いながら続ける。


「そういえば、【アヴァロン】に来てからずっと気になっていたんですけど、何で地面に大量の木刀が刺さっているんですか?」

「ん、ああ。あれは、俺の作品だよ。いわば、趣味だな。置き場がなかったから、とりあえずはそこら辺の空いてるところに刺しているだけどな」


 アズマが【アヴァロン】に来てからしていたことは、大きく分けて三つだ。

 一つ目が寝て起きて食べて洗っての普通の生活。

 二つ目が【剣聖】としての実力を磨くために日々行っていた特訓もとい修行。

 三つ目が暇を持て余して【剣聖】とも関連付けられる『趣味とっくん』である木刀作りだった。


 ノエルはそれを聞いて、目を輝かせる。


「ぼ、木刀を作れるんですか!」

「ああ、作れる。――表面を削ってな。やすりで滑らかにしたり、あとはまぁ、色々しているよ。例えば、【アヴァロン】の中にある丈夫そうな気を探して、それで見つけたら【模擬刀~虚構~】で斬り倒す。それで、そこからが繊細な作業でな。初めの頃は何となくで作ってったんだが、だんだんとこれが面白くなってきてさ。――木材に対する負担を少なくできる形を考えたり、いかに叩きつけた相手に痛みを与えずに気絶させられるかを考えたりして、まぁこれが楽しいんだよ。結果的に、こんな感じで白いと目では完成形に見えるけど、実際は失敗している木刀がそこら辺に大量に刺さっているわけだ。他にも――」


 アズマはたぶん、コミュ障である。

 自分の好きな話になると、ベラベラとペラペラと話し出すタイプの人種である。

 そもそも、木刀作りを純粋にカッコいいと思っているのは、きっと中二病の人間くらいで、本来ならば、とてもじゃないが、女の子との会話で出すべき話題ではない。

 そんなアズマを見て、流石に不味いと思ってくれたのか、ノエルが言葉に言葉を重ねて遮ってくれる。


「貰っていいですか!」


 ……たぶん、止めてくれたのだろう。

 きっと、会話を止めるために言い出したことなのだろう。


「じゃあ、今度、ノエル専用の木刀を作ってやるよ。どうせ、【アヴァロン】に引き篭もって暇になるんだ」

「ええ、いい暇つぶしが見つかりましたよ。――ああ、それと、マーリンさんですが」

「どうかしたのか?」

「いえ、ただ、もう席についているというだけです。あと、まだ昼間なのに、ワイン飲んでます」

「ああ、それがマーリンのデフォルトだよ。それがアイツという生き物だ。俺が憧れている、『人間』としての在り方だ」


 楽しそうにアズマは、言葉を紡ぐ。

 話は自然と、木刀作りからマーリンについてへと移行していた。

 この時、ノエルの中では、

 『木刀作り』<『親友語り』の方程式が若干成立していた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 追伸

 これからの生活はより楽しいものになると確信した。

 ここに新しい情報を記入する。

 ノエルは料理が上手である、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ