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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
15/133

序章14、『そして、提案』


「改めて、自己紹介をさせてもらうよ」


 一瞬、それが誰なのかアズマにも理解が出来なかった。


「ボクの名前はマーリン。アーサー王伝説において、騎士王アーサー・ペンドラゴンに仕えた宮廷魔術師だ。よろしく、ノエル・アナスタシア」


 その一言一言は明らかに爽やかであり、何より真心が込められていた。それに加えて、ピシッと自然で美しい姿勢でマーリンがそう言ったのだ。もしや、この女のような男はマーリンではなく、『世界神秘対策機構』の送り出した刺客なのでは、とアズマが疑いかかるような現実だ。


「よ、よろしくお願いします。マーリンさん」


 それに対して、しっかりと椅子の上に座るノエルは、そう言って、さらに恐る恐るといった様子で、苦笑いをしながら首を傾げる。


「……ところで、何で土下座しながら話しているんですか?」


 どこか遠い場所を眺めるアズマは、そのノエルの言葉に違和感を覚えた。


 ――土下座。


 それに対して、若干の無視を含めながらマーリンは続ける。


「いや、お嬢さん。ボクのことは呼び捨てで、マーリンで良いさ。それはそうと、これからノエルちゃんとアズマのするべきことを挙げていこうと思う。それと、土下座についてはアズマに聞いてれくたまえ」

「……えっと、アズマ君?」


 何したんだコイツみたいな意味を含まれていることは、ノエルの表情を見ればまる分かりだった。考えてみて欲しい、マーリンの言い方だと、(事実だが)まるで女性に(それもアズマが知る限りでは二番目に美人な)土下座を強要しているかのように捉えられかねない。

 しょうがないと溜息を吐いて、アズマは演技くさい事実を口にする。


「あ、あのマーリンが約束を守った!? いや、それ以前に真面目な雰囲気で話せているだと!? ありえない……そうか、きっとこれは夢だ。夢じゃなきゃおかしい!」

「こ、これがっ!? これが真面目なんですか!? これは、むしろ、不真面目な気がするんですけど……?」

「おいおい、マーリンと言えばろくでなしだろ?」

「そんな『常識だろ?』みたいなノリで言われても困りますけどね!」


 我ながら酷いことをしているとアズマは思う。

 ただ、事情を話せば良いだけかもしれないが、何度も申し訳ないが、考えてみて欲しい。このノエル・アナスタシア、『添い寝』に対して何の抵抗を持っていないようではないか。素直にマーリンがノエルにした悪行を伝えたとしても、「えっと、何のことですか? 別に、悪いことじゃないと思いますけど……?」と真顔で言われかねないのである。そう、普通に考えてみれば、アズマが正しいはずなのだが、多数決の原理でアズマが悪になりかねない状況のだ。考えてみて欲しい、そんなことをされたら最後、アズマは悔しさとその他もろもろで発狂しかねない。

 そんなわけで、マーリンにとって、これが真面目な行動であるという偏見をノエルに植え付ける作戦をアズマは実行することにした。

 我ながら酷いことをしているとアズマは笑っていた。


「二人とも、本人の前でそんなことを言わないでくれたまえ」

「おお、すまんすまん。ほら、ノエル。話を戻そう」

「え、えぇ?」


 きっと、上手く誤魔化せたことだろう。

 きっと、おそらく、そうなのだろう。


「それで、宮廷魔術師。この状況をどう見る?」


 アズマは【剣聖】として、そう口にする。

 ニヤリと、マーリンは笑った。その問いを心から待ち望んでいたのだろう、それはもう、含みもなく単刀直入にこう告げていた。


「まず一つ、ノエルちゃんの持つ【運命】――【呪い】は解呪可能だということ」

「……え? マジで?」

「本気だとも。そもそも、君の得た悟りを忘れたとは言わせまい」


 ――『それが世界であるのなら、俺に斬れない道理はない』。


 たとえ、それが世界の【運命】だったとしても。


「ノエル、これで誰も死なずに済む」


 自然と声を大きくさせて、アズマは大喜びする。


「……」


 なのだが、ノエルは何故だか無言でじっとアズマを見つめていた。


「あ、あれ? 嬉しくないのか?」

「嬉しいですよ。ですけど、アズマ君がこういうことで笑っているところを初めて見ましたので」

「お、おう? いや、まぁ、嬉しいならいいけどさ」

「喜んでいるところ悪いけど、ちょっと待ってくれるかな?」

「良いぜ、どんとこい」

「――アズマ、問題はここからなんだよ。【呪い】の解呪――それはアズマが【奥義】を使用することを意味している」


 そのマーリンの一言で、アズマはすべてを察する。


「お、【奥義】ですか?」


 しかし、何も知らないノエルは、興味深そうにそう呟く。


「……そういうことか」

「何か、問題があるんですか?」


 アズマは唇をかみながら、淡々と状況を説明する。


「ああ、俺が【奥義】を使うには、俺の『愛刀』が必要不可欠だ。――いや、裏技を使えばその【奥義】の劣化版は使えるんだが……」


 マーリンが言葉を繋ぐ。


「ああ、ボクが問題に出している以上、その不完全な【奥義】では物質世界はまだしも、精神世界にあたる【運命】――【呪い】を斬ることは出来ない」

「だから、まずは半年前に『世界神秘対策機構』に回収された俺の『愛刀』を奪還をしなければいけない」


 難易度は過去最高。

 けれど、勝機は無いわけではない。

 そこで、ようやく、マーリンは土下座を止めて、アズマに視線を向ける。


「アズマ、君はノエル・アナスタシアの命を救うために、ボクとノエルを除いた【世界】を、敵に回す覚悟はあるかな?」


 漫画や小説、人間なら一度でも考えたことがあるような壮大な話。それゆえに、まるでアズマを試すような物言いで、マーリンはそう尋ねる。

 対するアズマの返答は、即答だった。


「無かったらここにいない。無かったら俺じゃない」


 マーリンの視線がノエルに移る。


「ノエルちゃん、アズマはこう言っている。だからこそ、ボクは君にもまた問わせてもらう。……君は、最後の最後までアズマの味方でいてくれるかい?」

「もちろんです」


 こちらも簡潔ながら即答だった。

 それを聞いて、マーリンは満足したように笑う。


「なら、この問題は解決だ。君はそうだと言うなら、現実になったも当然だろうからさ」


 この時点で、アズマはすっかりマーリンの普段の姿を忘れ切っていた。それほどに、一種のカリスマと言えるほどの何かが、今のマーリンには纏われている。

 その雰囲気を崩さぬまま、マーリンは続ける。


「さて、二つ目だけど、これはこれからの方針についてだ」


 ――方針。


 そこで、本来は今後の方針を放すために集まったのだと、アズマは思い出す。アズマは、マーリンはこの場に形成されていた雰囲気をわざわざ壊して、それと共にアズマに対して本来の目的を思い出すように促したのだと悟る。


「この場所――【アヴァロン】は、一種の異世界のようなものでね。基本的に、誰にもここに訪れることはできない。一部の例外、【大罪人】のようなものを除いてね。だから、君たちの命は、この【アヴァロン】に入った時点で完全に保証されているわけだ。実質的に、こちら側はアズマが攻撃をするだけのルートってわけだよ。さて、人間が生きるには衣食住が必要だという話を一度は聞いたことがあるかな?」


 アズマはその会話を繋げるために、それに伴う言葉を紡ぐ。


「『食』は【アヴァロン】内にある畑で解決してるし、『住』は何故か【アヴァロン】内にあるこの巨大な城を使えば良い。となると、消去法で『衣』か」

「ああ、アズマやボクの衣服はもちろんあるわけだけど」

「……私のが、ないですね」

「そこでアズマ、君にはノエルちゃんの日常必需品を回収してきてほしい」

「い、いや、となると、俺はノエルの見られたくないものとかも、俺は見ることになるんじゃねぇか? それは、良いのかよ?」

「ん? 良いですよ、アズマ君ですし」


 平然とノエルはそう言う。


「うーん、出たよ。この謎の信用」


 アズマは呆れたようにそう呟く。

 それを無視して、ゆっくりと立ち上がりながら、マーリンは淡々と言う。


「じゃあ、回収作戦は人が少ない深夜に開始で。それまで、各自自由行動ね。はい、解散」


 そして、アズマは思い出した。

 同時に、ノエルは悟った。


「「……」」


 【魔法使い】のマーリンが、このシリアスをあのシリアスのままにしておくはずがないのだと。一瞬でシリアスがコミカルに変わってしまったことに、アズマとノエルは顔を青くさせて恐怖したという。

 それだけの、話だった。


「じゃ、男女仲よくむつまじく頑張ってねぇ」


 そう言って、彼女はこの場から立ち去って行った。

 やはり、酒の匂いが香っている。

 それだけの話だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 さて、これからどうしたものかと、アズマは頭を掻く。

 そんな中、声が響いた。


「――今からでも遅くないんじゃないですかね?」

「えっと、な、何が?」


 その一言にアズマは動揺する。

 何故か、彼女のその一言を聞いて、寒気がしたのだ。

 どうしようもない恐怖のようでそれは恐怖ではない、悪意から作られた言葉ではない――そんな何かを感じ取ったのだ。

 ノエルは微笑みながら続ける。


「私の【呪い】? ってやつを警戒している人たちに、私の身柄を引き渡すことですよ。きっと、アズマ君って、本来なら私を狙う側の人間なんですよね? だったら、何かの手違いでこんなことになってしまいました、ってことにすれば良いじゃないですか?」

「……良くねぇよ」


 そう言いながら、寒気の理由に気が付く。


「後悔しますよ、私を助けたら」


 それは何処かで聞いたことがあるような言い草だったのだ。少なくとも、ノエルではない誰かが。

 遠い昔に、自分に対して言ったような、記憶の何処かに覚えのある言い草。

 誰かにノエルが似ていて、ノエルが誰かに似ていた。

 何かを断念したような顔をしながら、アズマはゆっくりと起き上がり、その名前を交えながら淡々と呟く。


「ノエル、オマエさ、今だけ【パンドラ】に良く似てるよ」

「……母様に?」


 自己犠牲。

 彼女は世界に自らを捧げていると、そう耳にしたことがある。


「ああ、そういう、自分にとって都合の悪い方向性に脅しで持っていこうとする癖がさ。本当に、よく似てる」


 自分の不利益よりも、他人の利益を優先するわけでもなく、ただそれが世界のためになると、そんな訳の分からない合理的思考で、己を陥れていく、そんな利己を失った人間性。

 アズマが【パンドラ】を嫌う――その気持ち悪さ。


「え、えへへ」

「あ、あれ? なんでそこでノエルは照れてんの?」

「へ? い、いえ! その、えっと、ありがとうございます!」

「……俺個人としては、あまり似てほしくないんだけどな」

「そ、そういうアズマ君だって、あのマーリンさんにどこか似てますよね? 何処か達観しているようで、人の善性を信じているところ」

「それ、馬鹿にしてる? それとも、褒めてる?」

「もちろん、褒めましたよ! 褒めてくれた相手を馬鹿にするとか、まるで私が性格の悪い人みたいじゃないですか!」

「……そうだな」


 ふと、そこまで話して気が付いことが一つある。


「アイツと――マーリンと話したのか。……変なことされなかった?」

「い、いえ、特に何もされませんでしたけど」

「そうか、何か変なことをされたらすぐに俺に言うんだぞ。すぐさま報復もといぶった斬ってくるからさ」


 気づけは、話がズレていた。

 けれど、今はこれがちょうどいいのだと、アズマは苦笑いをする。

 さっさと起きて朝食でも作ろうとアズマは思いベットから降りると、ノエルは言葉でアズマを引き留める。


「何で、アズマ君は」


 一瞬、ノエルは躊躇するような素振りを見せる。


「私を助けてくれるんですか?」

「……だって、助けなきゃ死んじゃうだろ? 俺は誰も殺したくないし、誰も死なせてくないんだよ。なんせ、好きな死に方は老死な俺だぜ。なんなら、死なないのもありだ。そう考えると、不老不死とか、それにマッチした最高の存在って思わない? ま、俺はただ、助けたいやつを助けるだけなんだよ」


 ふざけながらそう告げるアズマだったが、対するノエルは苦笑いをしていた。


「えっと、アハハ、駄目ですね、私。日頃、そんなことは考えてなくて」


 ――深刻そうな話になる度に、アズマは必死に話をズラそうとする。


 ふと、何故か今、理由もなく思った。

 ノエルにだけは、自分の思いを告げても良いのではないかと。


「あぁ、うん、そうか。……えっと。ノエル、一つ良いか?」

「なんでしょうか?」

「……ちょっとした話をしたいんだ」

「話、ですか?」

「……笑うなよ、あんま人に知られたくない奴だし」

「ええ、聞かせてください。アズマ君のする話なら私は大歓迎です」


 ポツリと、あっけなく言う。


「――他人の死は、自分の死なんだ」


 首をかしげながらノエルは尋ねてくる。


「……つまり、私はアズマ君で、アズマ君は私、ってことですか?」

「あー、違う……わけでもないが」

「ん?」

「……例えば、俺たち人間ってのは【世界】と言う名の機械の【歯車】で、そんで【歯車】が死ぬ度に――壊れる度に、その【世界】という名前は、もとい名称は一切変わらないけど、その【世界】が内包する性質や内容はまったく別のものに変化してしまう。俺たちの過ごす【世界にちじょう】ってのは、有意義とも、ガラクタとも、人によって在り方が変わる存在なんだ。……ここまでは、オッケー?」


 アズマがそう尋ねると、ノエルはこくりと可愛らしく頷く。


「つまり、誰かが死ぬだけで【世界】はその在り方を変える。それによって、その所為で、これまで通りに振る舞うことが、もう二度と出来なくなってしまう。その所為で、これまでの自分が死んでしまう。誰かが死んだら、それに空気を読んだ風に、それに連鎖するように、それに同調するみたいに、周囲の人も死んでしまう。どれだけ素晴らしかったとしても、これまでの自分でいられなくなってしまう。だから、俺にとって、他人の死は自分の死なんだ。俺は死にたくない。だから、俺は誰も殺さないし、誰も殺されないように必死に足搔いているんだ」


 ――ありふれた日常を追い縋る者。


 それがアズマ・ノーデン・ラプラスが、誰もが認めるアズマ・ノーデン・ラプラスであるために、己に定めた『仮初の理由』だった。


「だから、俺は俺の日常を守るために、オマエを守って見せる」


 助ける『意味』は既に見つかっている。

 ならば、助ける『理由』はどこにある?


 ――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ない――ないっ!


 ゆえに、『軽薄』なのだ。

 浅はかと呼ばれてしまう。


「――え、えっと」


 ノエルは顔を赤くさせながら、気まずそうに何かを言おうとする。

 そこでッはとして、アズマは作り笑いで話を逸らそうとする。


「えっと、ハハ、やっぱ、おかしいかな、いやぁ、ホント、嫌だなぁ。やっぱり、俺って、浅はかだよなぁ。それ以上も、それ以下もないんだから……」


 ノエルはニコリと笑う。


「私は、好きですよ」

「……」

「その考え方、私も好きですよ」

「――それなら、良かった。本当に良かったよ、心底ね」


 その言葉に彼は救われた。

 救われてしまった。


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