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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
14/133

序章13、『魔法使いの予言』


「やぁ、おはよう」


 そして、そこには【魔法使い】が立っていた。


「アズマ、話がある」

「ん、どうかし……」


 言葉が止まる。

 ジトーと目を細くさせながら、呆れたようなアズマは叫ぶ。


「酒くさ! もう酒飲んでんのかよ!」

「っふ、祝い酒さ。まさか、あの奥手で人見知りのアズマが女の子を家に連れてくるとは。先代『剣聖』にも伝えなくてはいけないね。……それはそうと、昨夜はお楽しみでしたね」

「そうか、そうかよ。さっさとくたばれ、クソ淫魔」

「やれやれ、相も変わらず辛辣だね」

「オマエが余計なことを言うからだろ」

「いやいや、君ってどこか抜けてるからさ」

「それ……理由になると思ってんなら、もう死んだほうが良いぞ」

「いや、それは言いすぎだと思いまーす」


 マーリンは真昼から安物のワインを片手に、一切酔っていないくせに酔ったような声色で淡々と語る。


「単刀直入に言うけど、ノエルちゃんが持っているのは【呪い】じゃない」


 全身が凍った。

 それは、どういうことだろうか。


「……なあ、何でそれを知ってんだ?」

「ボクは長生きだけはしているからね。昔にも似たようなことがあったのさ。ノエルちゃん――彼女は【呪い】と言う名の【運命】を持っているのさ」

「……【運命】?」

「そう、【運命】。……そうだね、この【世界】のシステムについて話しておいたほうが良いかな?」


 ついて来てと、マーリンはそう言うと、スタスタと前に進み始める。その足取りや雰囲気からダイニングルームに向かっていることが分かった。アズマはそれに大人しく付いて行くと、


「アズマ、未来はどれほど長く続いていると思う?」


 そんな哲学的な音が聞こえてきた。


「知らん」

「……ったく、君はいつも通りだな。じゃあ、たとえ話をしようか」

「くどい」

「……アズマ君、君の所為で話が進まないんだがね? 現実逃避はやめにしたまえ」


 痛いところを突かれたアズマは、ついマーリンから目を逸らす。それは『浅はか』という言葉よりもアズマによく効くであろう言葉だ。


「……簡潔に話せ、ノエルには時間がない。解決策があるのなら、さっさと俺はそれを実行に移さないといけないんだ」


 一度。

 マーリンは溜息を吐く。


「【世界史】において絶対に成立する事象、それが【運命】だ。こればかりは【魔術師】やボクたち【魔法使い】ですら干渉することは出来ない。例えるとするのなら、【A】から【B】までの間に当たる事象は自由に変えられるけど、【A】と【B】という【原初】と【結末】だけは何をどうしても変えられないわけだ。だから、【神秘業界】ではそれを【運命】と呼んでいる。これに直接触れることが出来る人間は僅かしかいないが、【運命】を変えることは我々の中でも【大罪】を超えた【禁忌】とされている。多くの人間は、この【禁忌】に挑戦していずれも敗北している。それが悪目立ちしていることもあって、【大罪】に挑み敗北した人間――つまり、【大罪人】はボクと君しかいないわけなんだよ」

「……マーリン、何が言いたい?」

「ノエル・アナスタシアは『普通』じゃない。君がよく知っている『異常』な存在なんだよ。いわば、彼女は『運命に生かされる異能』を所持しているわけだ。過去にも、彼女のような人間は存在していたさ。……ボクが知る限り、彼女は七人目かな?」

「だから、どうした?」

「……君、今度こそ死んじゃうよ」

「それは、俺がノエルを助けない理由にはならない!」

「……いや、違うな。念のために言っとくけど、ボクは君の味方であって、ノエルちゃんの味方じゃないんだ。君がノエルちゃんを助けるのなら、ボクはそれに付き合うけど、それでも警告はさせてもらうよ」


 足が止まる。

 足を止める。

 そうして、マーリンはこちらを向いた――彼女の向けるその目は、アズマはよく知らないモノだと言えた。


「――この一件で必ず誰かが死ぬ」


 まるで。

 その誰かがアズマか、それともノエルだと言っているかのように。

 その声色は、アズマが知る限りで一番真剣そうなものだ。

 いや、実際に真剣なのだろう。

 それを直接、彼が耳にするのは、これが初めてだ。これからの人生で、あるかも分からない程に珍しいものだった。登場人物ではなく、物語自体を愛する彼女は、『終わり良ければ総て良し』を愛してやまない彼女が、ここまで介入しようとしている。


「……そうか。じゃあ、予言しといてやる」


 足を前に出す。

 ガンを飛ばすように、喧嘩を買うかのように、その事実が心から不快なのだと言い表すように、彼は敵に向けることは無いような鋭い目線を彼女に向ける。


「――この一件、俺が誰も死なせない」

「……」


 目が合う。

 マーリンは真っすぐとアズマの眼を捉えており、そこに動揺は見られない。むしろ、そう口にしたアズマを誇りに思っているような――むしろ、その言葉を最初から知っていたかのように、その目は和やかだったのだ。


「そうか、君もそうなんだね」

「……なに?」

「何でもないよ、知人を君に重ねてしまっただけさ」


 彼女はそう言って、再び前に体を向ける。


「これで、この話は終わりだよ」


 彼女は前に進み始める。――きっと、話したいことはすべて話し終えたのだろう。マーリンの足取りは、先程よりも軽いものになっていた。その足取りを具体的に言うのであれば、まるで朝食を楽しみに待つ子供のようなそれだ。


「あぁ、今日の当番は俺だっけ?」

「ボクがしてあげよう、疲れているだろう?」


 アズマはそれに従い、静かに付いて行った。

 世間話だろうか、マーリンは御調子者のように口を開く。


「それはそうと、アズマ。君、ボクに何か言うべきことがあるんじゃないか?」

「覚えはないが……?」

「ほら、ノエルちゃんが君の腕を枕代わりにすることで、そうすることで『添い寝』をしてもらえたのは、誰のおかげかな?」

「……ああ、そうか。アレはやっぱり、テメェの仕業か」


 また、足が止まる。

 足が止まった。

 今度はアズマが先で、マーリンが後だった。正しくは、足を止めたのはアズマだけだろう。マーリンは足を止めたのではなく、全身を強張らせていることがよく分かる。少なくともそれは、五感から得た情報を元に取った行動ではないだろう。


「あ、アズマ?」

「……」


 それは、殺気だ。

 殺気だった。


「ど、どうしたんだい、その殺気は? アハハ、それは今、必要ないよね? よね? その、何というか、それに、確か、君にとって、『テメェ』は敵を指す言葉なんじゃないかな? アハハ、ボクは君の味方だって言ったじゃんか! ほ、ほら、昨日の傷だって、ボクがいなかったら君は死んでただろうね? なぁんて、【魔法使い】ジョークだよ。人はあの程度で死ぬことはないって、心配しなくて良いよ」

「ああ、それはありがとう。それはそうと――」


 アズマは、あるはずのない刀――【模擬刀~虚構~】を握る。


「――確かテメェ、不老不死だったよな?」

「……それが、どうかしたかな?」

「俺って、不老不死が大好きなんだ」

「不死身フェチか、珍しい性癖だね。……いや、これは遠回しな告白か!」

「茶化すな、真面目な話だ」

「……はい」

「話を戻すが、俺は不老不死が大好きだ。だって――」


 苦笑いをしながら、マーリンは息をのむ。


「――いくら斬っても死なないだろ、マーリン?」

「っふ、舐めるなよ。ボクはこう見えて世界に十一人しかいない【魔法使い】の一人だ。さあさあ、最終決戦をはじめ――ぐへ!」


 トム・ジェイソンをも打倒した拳骨をマーリンに繰り出しながら、アズマは心底イライラしたように言う。アズマ自身、大きな違和感を覚えていたのだ。流石に幼馴染だからと言って、記憶を失っている幼馴染相手に、それも再会した最初の日――次の日――に『添い寝』をするなんて色々とおかしい。

 淫魔の囁きに煽てられたのなら、それはもう、おかしくない話であった。


「それに、【魔法使い】の数は十人だっつーの、クソ淫魔が」

「……イタタ。それはそうと、アズマ」

「なんだ? まだ変なことを口にする余裕があるのかよ?」

「いや、そうじゃなくて、ノエルちゃんを呼んでくれ」

「あ、どうしてだよ?」

「今後の方針を決めようと思ってね」

「あのマーリンがまともなことを言った、だと!? 不味い、まずいぞ! またキャメロットでアーサー王にモードレッドが叛逆するぞ!」


 これが、世界史における第二次カムランの丘の始まりである。

 もちろん、冗談だ。


「……はぁ」


 何だろう、そのため息はいつもアズマがマーリンにしているものだ。何故、この流れで、自分が悪いような匂いが漂い出すのだろうかと、アズマは戦慄する。せめて、他人の振り見て我が振りなおして欲しい。


「はいはい、呼んでくるよ」

「よろしい」

「それと、あとでノエルに土下座しろよ?」

「……はい」


 それは随分と珍しい、しょぼんと落ち込むマーリンだ。

 珍しいものばかり見れる朝であった。


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