序章13、『魔法使いの予言』
「やぁ、おはよう」
そして、そこには【魔法使い】が立っていた。
「アズマ、話がある」
「ん、どうかし……」
言葉が止まる。
ジトーと目を細くさせながら、呆れたようなアズマは叫ぶ。
「酒くさ! もう酒飲んでんのかよ!」
「っふ、祝い酒さ。まさか、あの奥手で人見知りのアズマが女の子を家に連れてくるとは。先代『剣聖』にも伝えなくてはいけないね。……それはそうと、昨夜はお楽しみでしたね」
「そうか、そうかよ。さっさとくたばれ、クソ淫魔」
「やれやれ、相も変わらず辛辣だね」
「オマエが余計なことを言うからだろ」
「いやいや、君ってどこか抜けてるからさ」
「それ……理由になると思ってんなら、もう死んだほうが良いぞ」
「いや、それは言いすぎだと思いまーす」
マーリンは真昼から安物のワインを片手に、一切酔っていないくせに酔ったような声色で淡々と語る。
「単刀直入に言うけど、ノエルちゃんが持っているのは【呪い】じゃない」
全身が凍った。
それは、どういうことだろうか。
「……なあ、何でそれを知ってんだ?」
「ボクは長生きだけはしているからね。昔にも似たようなことがあったのさ。ノエルちゃん――彼女は【呪い】と言う名の【運命】を持っているのさ」
「……【運命】?」
「そう、【運命】。……そうだね、この【世界】のシステムについて話しておいたほうが良いかな?」
ついて来てと、マーリンはそう言うと、スタスタと前に進み始める。その足取りや雰囲気からダイニングルームに向かっていることが分かった。アズマはそれに大人しく付いて行くと、
「アズマ、未来はどれほど長く続いていると思う?」
そんな哲学的な音が聞こえてきた。
「知らん」
「……ったく、君はいつも通りだな。じゃあ、たとえ話をしようか」
「くどい」
「……アズマ君、君の所為で話が進まないんだがね? 現実逃避はやめにしたまえ」
痛いところを突かれたアズマは、ついマーリンから目を逸らす。それは『浅はか』という言葉よりもアズマによく効くであろう言葉だ。
「……簡潔に話せ、ノエルには時間がない。解決策があるのなら、さっさと俺はそれを実行に移さないといけないんだ」
一度。
マーリンは溜息を吐く。
「【世界史】において絶対に成立する事象、それが【運命】だ。こればかりは【魔術師】やボクたち【魔法使い】ですら干渉することは出来ない。例えるとするのなら、【A】から【B】までの間に当たる事象は自由に変えられるけど、【A】と【B】という【原初】と【結末】だけは何をどうしても変えられないわけだ。だから、【神秘業界】ではそれを【運命】と呼んでいる。これに直接触れることが出来る人間は僅かしかいないが、【運命】を変えることは我々の中でも【大罪】を超えた【禁忌】とされている。多くの人間は、この【禁忌】に挑戦していずれも敗北している。それが悪目立ちしていることもあって、【大罪】に挑み敗北した人間――つまり、【大罪人】はボクと君しかいないわけなんだよ」
「……マーリン、何が言いたい?」
「ノエル・アナスタシアは『普通』じゃない。君がよく知っている『異常』な存在なんだよ。いわば、彼女は『運命に生かされる異能』を所持しているわけだ。過去にも、彼女のような人間は存在していたさ。……ボクが知る限り、彼女は七人目かな?」
「だから、どうした?」
「……君、今度こそ死んじゃうよ」
「それは、俺がノエルを助けない理由にはならない!」
「……いや、違うな。念のために言っとくけど、ボクは君の味方であって、ノエルちゃんの味方じゃないんだ。君がノエルちゃんを助けるのなら、ボクはそれに付き合うけど、それでも警告はさせてもらうよ」
足が止まる。
足を止める。
そうして、マーリンはこちらを向いた――彼女の向けるその目は、アズマはよく知らないモノだと言えた。
「――この一件で必ず誰かが死ぬ」
まるで。
その誰かがアズマか、それともノエルだと言っているかのように。
その声色は、アズマが知る限りで一番真剣そうなものだ。
いや、実際に真剣なのだろう。
それを直接、彼が耳にするのは、これが初めてだ。これからの人生で、あるかも分からない程に珍しいものだった。登場人物ではなく、物語自体を愛する彼女は、『終わり良ければ総て良し』を愛してやまない彼女が、ここまで介入しようとしている。
「……そうか。じゃあ、予言しといてやる」
足を前に出す。
ガンを飛ばすように、喧嘩を買うかのように、その事実が心から不快なのだと言い表すように、彼は敵に向けることは無いような鋭い目線を彼女に向ける。
「――この一件、俺が誰も死なせない」
「……」
目が合う。
マーリンは真っすぐとアズマの眼を捉えており、そこに動揺は見られない。むしろ、そう口にしたアズマを誇りに思っているような――むしろ、その言葉を最初から知っていたかのように、その目は和やかだったのだ。
「そうか、君もそうなんだね」
「……なに?」
「何でもないよ、知人を君に重ねてしまっただけさ」
彼女はそう言って、再び前に体を向ける。
「これで、この話は終わりだよ」
彼女は前に進み始める。――きっと、話したいことはすべて話し終えたのだろう。マーリンの足取りは、先程よりも軽いものになっていた。その足取りを具体的に言うのであれば、まるで朝食を楽しみに待つ子供のようなそれだ。
「あぁ、今日の当番は俺だっけ?」
「ボクがしてあげよう、疲れているだろう?」
アズマはそれに従い、静かに付いて行った。
世間話だろうか、マーリンは御調子者のように口を開く。
「それはそうと、アズマ。君、ボクに何か言うべきことがあるんじゃないか?」
「覚えはないが……?」
「ほら、ノエルちゃんが君の腕を枕代わりにすることで、そうすることで『添い寝』をしてもらえたのは、誰のおかげかな?」
「……ああ、そうか。アレはやっぱり、テメェの仕業か」
また、足が止まる。
足が止まった。
今度はアズマが先で、マーリンが後だった。正しくは、足を止めたのはアズマだけだろう。マーリンは足を止めたのではなく、全身を強張らせていることがよく分かる。少なくともそれは、五感から得た情報を元に取った行動ではないだろう。
「あ、アズマ?」
「……」
それは、殺気だ。
殺気だった。
「ど、どうしたんだい、その殺気は? アハハ、それは今、必要ないよね? よね? その、何というか、それに、確か、君にとって、『テメェ』は敵を指す言葉なんじゃないかな? アハハ、ボクは君の味方だって言ったじゃんか! ほ、ほら、昨日の傷だって、ボクがいなかったら君は死んでただろうね? なぁんて、【魔法使い】ジョークだよ。人はあの程度で死ぬことはないって、心配しなくて良いよ」
「ああ、それはありがとう。それはそうと――」
アズマは、あるはずのない刀――【模擬刀~虚構~】を握る。
「――確かテメェ、不老不死だったよな?」
「……それが、どうかしたかな?」
「俺って、不老不死が大好きなんだ」
「不死身フェチか、珍しい性癖だね。……いや、これは遠回しな告白か!」
「茶化すな、真面目な話だ」
「……はい」
「話を戻すが、俺は不老不死が大好きだ。だって――」
苦笑いをしながら、マーリンは息をのむ。
「――いくら斬っても死なないだろ、マーリン?」
「っふ、舐めるなよ。ボクはこう見えて世界に十一人しかいない【魔法使い】の一人だ。さあさあ、最終決戦をはじめ――ぐへ!」
トム・ジェイソンをも打倒した拳骨をマーリンに繰り出しながら、アズマは心底イライラしたように言う。アズマ自身、大きな違和感を覚えていたのだ。流石に幼馴染だからと言って、記憶を失っている幼馴染相手に、それも再会した最初の日――次の日――に『添い寝』をするなんて色々とおかしい。
淫魔の囁きに煽てられたのなら、それはもう、おかしくない話であった。
「それに、【魔法使い】の数は十人だっつーの、クソ淫魔が」
「……イタタ。それはそうと、アズマ」
「なんだ? まだ変なことを口にする余裕があるのかよ?」
「いや、そうじゃなくて、ノエルちゃんを呼んでくれ」
「あ、どうしてだよ?」
「今後の方針を決めようと思ってね」
「あのマーリンがまともなことを言った、だと!? 不味い、まずいぞ! またキャメロットでアーサー王にモードレッドが叛逆するぞ!」
これが、世界史における第二次カムランの丘の始まりである。
もちろん、冗談だ。
「……はぁ」
何だろう、そのため息はいつもアズマがマーリンにしているものだ。何故、この流れで、自分が悪いような匂いが漂い出すのだろうかと、アズマは戦慄する。せめて、他人の振り見て我が振りなおして欲しい。
「はいはい、呼んでくるよ」
「よろしい」
「それと、あとでノエルに土下座しろよ?」
「……はい」
それは随分と珍しい、しょぼんと落ち込むマーリンだ。
珍しいものばかり見れる朝であった。