第二章35、『たった一つの冴えない想い』
つまるところ。
アズマ君の企てていた計画とは、あの十月の一連の出来事というわけだった。アズマ君が私を救う手段を得られなかった結果、発生してしまうことになるセカンドプラン。私を保護し、最後のひと時を幸せに過ごす計画。
【浮遊の魔法使い】という最大戦力、【魔弾の射手】という最強たる一手、それらを踏まえて行われた……苦し紛れの監禁計画。
(……母様はこれを知らなかった。だから、アズマ君に、【剣聖】に対して、私を守るように依頼したってこと? いや、でも、それだと、どうして、わざわざ、私とアズマ君を再会させるように……アズマ君がまた苦しむように行動したのかな?)
矛盾する。
いや、私はあの時点で、これについて気づくことができたはずだった。
「……」
騙された。
騙さないといけない理由があった?
そこまで思考が走り回って、私の心臓はきつくきつく絞めつけられたような感覚に襲われていた。久しぶりに、取り返しのつかないことをしたのだと、全身の鳥肌が止まらない。あの時のように、かつてのように、何も考えたくないと願ってしまうほどの、絶望が、私を蝕もうとしている。
「ノエル様?」
「私を、母様のところに連れて行って」
使命感だろうか。
自罰心だろうか。
「……今、パンドラ様は外出しておられます」
「じゃあ、私をそこに連れていって!」
「パンドラ様は!」
図書館では、とても聞けないような大声だった。
「っ!!!」
「現在、お会いになることはできません。以前の行動が問題となり、とある場所に監禁されていらっしゃるとのことです。先日は、ウムル様が、ノエル様に会えるのが、最後になるかもしれないからと、そのように考えた結果のご慈悲でございます」
「……ま、まって、つまり、アズマ君の計画は、この組織の、私に対する、方針だったってこと?」
「お忘れですか、ノエル様。貴女様の死が確定した瞬間、その死は別の方の死として置換されます。そんな【運命】を持っているのです! 本来なら、そのような【運命】を持っているのだとしたら、かのロンドン塔に監禁されることが決まっているのです。それを全力で回避していたのがパンドラ様で、この【運命】を何とかしようと奮闘していたのが『アズマ』様でございます!」
「……」
愛を疑っていた。
信じられなかった。
「パンドラ様は、最終的に監禁することが最善と考えになられました。ですが、それでも、義理と言えども、そんな結末を到底認めることができなかったのでございます。……だから、縋る想いだったのでしょう。それが世界である限り、その全てを一閃することができる【剣聖】へと至った、アズマ様にあの方は接触したのです」
無意識ながらに、気づいていたのだ。
自分は嫌われるべきなのだと、忌み嫌われて当然なのだと、嫌われることが当たり前だというのに、私に平然と接する彼らは、心の底からおかしいのだと。
だから、信じられなかった。
「……どこに、監禁されてるの?」
「分かりません。知っていたとしても、絶対に教えません」
「でも!」
「アズマ様に頼るのも駄目です。分かりますか、ノエル様。この状況が最善でございます。ここでパンドラ様を助けてしまえば、それこそ文字通りに世界を敵に回してしまいます」
「でも…‥」
私は、守られてばかりだ。
『そう、全ては貴様が弱い所為だ』
「ーーえ?」
『物理的にも、精神的にも、本来ならば産声をあげた時から自覚するはずの【転生者】という役割から目を逸らした貴様の弱さの所為で、救えたはずのモノも救えずに後悔のまま終わる。いや、救うではないな。救うまでもない存在を、救わないといけなくなった、という感じだな』
「ち、っがう」
『貴様は救われてばかりだな。誰かを救おうとする努力を、これっぽっちもすることはない。自らを救うわけでもない。何もしない、貴様はいつまでも失望しているだけだ。分かるか、六代目。貴様は望んでばかりなんだよ。だから、だからこそ、次は、次こそは、あの小僧を失うのだろうなぁ』
なら。
だったら。
守らなきゃ。
「……」
でも、どうやって?
「大丈夫ですか、ノエル様」
「大丈夫だよ」
私は弱い。
強くない。
「目が、覚めただけ。イドラさん、案内してくれてありがとう。案内は十分だから、だから、もう自由にして良いよ。私なんかのために、時間を使うなんて勿体無いから」
「ですが「一人にして」
【転生者】としての責務を、果たそう。
「お願い、一人にして」
前に進む。
道なんて分からない。
もう何も考えたくない。
迷いたくない。
苦しみたくない。
嫌だ。
嫌だ。
もう、嫌だ。
私のせいで、みんなが不幸になる。
「あ、ノエルじゃん」
思わず、足を止める。
「なになに、迎えに来てくれたん?」
その代わりに、思考が回る。
一番会いたくなかった犠牲者に、会ってしまった。
「……」
「ノエル?」
「……」
「えっと、ノエルさん?」
「……」
「何か、あったのか?」
怖い。
逃げたい。
来ないで。
やめて。
「アズマ君」
「なぁに?」
「私が死んだら、私を忘れてください」
「……それは、どういうこと?」
「アズマ君が私を助けてくれた後の話ですよ」
もしくは、アズマ君が私を救えなかった時の話。
「苦しかったんですよ、私。アズマ君が死んだって、そう聞いて、信じられなくて、それで、忘れられないで、ずっと苦しかったんです。……アズマ君はそれと同じぐらい苦しんでいるので、こんな苦しみ方はしないで良いんですよ?」
「……苦しみに、それ以上もそれ以下もない。何より、君が俺を忘れていなくて良かった。忘れられるのは、寂しいからね」
私も寂しいよ、アズマ君。
いつになったら、私を思い出してくれるの。
「ところで、一人称、変えてます?」
「お、気づいたか。まぁ、うん、元々、一人称はこれだったからな。……何というか、俺って言ってたのは、相手に舐められないようにするためだったんだよ。でも、まぁ、必要ないだろ、君との会話では」
「ふぅん」
「今のところはノエル限定かなぁ。他の連中は気味が悪いって言うだろうし」
「……これからどうするつもりですか?」
「イドラの付き添い、ついて来ないでくれよ。……それこそ、プライベートの話だからさ」
「忙しい人ですね」
「君ほどじゃないよ」
彼はそう言って、静かに笑う。
「それはそうと、ウムルに仕事を頼まれてな。それで、今夜は帰るのが遅くなりそう……だから、先に寝ててくれ。そんでもって、明日には【魔法会議】ってやつに向かわないといけないらしい。……君も来る?」
「良いんですか、私なんかが?」
「悪くても良くするさ、君の頼みなら」
「…‥贅沢ですね」
「今日はあんまり構えないからな」
「なるほどです」
優しい人だ。
私には勿体ないほどに。
「ところで、ノエルさん」
「何ですか?」
「どうして、そんなにも距離を作ってるんですかね?」
「……ハグしたいんですか?」
「いや、そう言うわけじゃなくて」
「ハグしたいんですね?」
「いや、あの」
「ハグ、してくれないんですか?」
「……」
「ふふ、やっぱり、アズマ君はアズマ君ですね。――イドラさんなら魔導図書館にいますよ、多分。私は用事があるので、失礼しますね」
「え、あ、ハグは?」
「……やっぱり、したいんじゃないですか」
「いや、そうじゃなくて」
「嫌なんですか、私とのハグは?」
「え、えぇ、まぁ、そーじゃなくて」
「大好きですか、そうですか。……ヘンタイ」
「っ、ぁ、あぁッ!?」
「早くお仕事、終わらせくださいね」
「……」
「寝ずに、待ってますから」
可愛いなぁ、アズマ君は。
私だけのモノに、なってくれたら嬉しいのにな。
――ガラにもないことをして、我ながら吐き気がしてしまった。




