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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
13/133

序章12、『目が覚めると』


 目が覚める。

 その視線の先は見慣れた天井で、自分が寝ている場所が――そこが、寝なれた自分自身のベットなのだと気が付くのにアズマは十秒要した。若干の違和感を覚えつつも、彼は本当に深い溜息をつく。


「……生きてたか」


 眠っていたにしては、随分と疲れたような声であった。もしかすると、眠っていたつもりだったが、実は気絶してしまっていたのかもしれない。アズマは左手を顔に当てると、その違和感の一つが何なのかを悟った。


(――アイツを倒した後……何があったんだっけ?)


 【魔弾の射手】との戦闘以降の記憶がない。あの後、アズマはノエル・アナスタシアを迎えに学校中を探し回ったのは確かだ。それをした覚えは彼にはなく、それだけでなく、どうして【アヴァロン】の自分のベットで寝ているのかも不明だ。……少なくとも、【アヴァロン】に辿り着けている時点でアズマが自分自身の力で辿り着いたのは間違いないだろう。同時に、意識が朦朧としている中で、この選択を取れていたことに、アズマは安心していた。

 【アヴァロン】に侵入できる人は限られている。

 それに加え、【アヴァロン】の今の支配者であるマーリンは、現状はアズマの味方をしていることもあって、今の状況は籠城戦をするにはもってこいだった。


「……ノエルは、何処だ?」


 ふと、起き上がろうと右横を見る。

 すると、そこでは、噂をしたからか、ノエル・アナスタシアがアズマと同じベットに入ってスヤスヤと眠っていた。……ちなみに、アズマの右腕は枕のように何故か扱われている。おそらく、善人である彼女のことだから念のために自分に付き添ってくれていたのだろうが、きっと眠くなって、最終的に一緒に寝ればいいや、などと考えたのだろうと、やはり寝起きとは思えない疲れ切ったような表情で、アズマは何と無しに憶測をつけた。

 そして、その視線を再び天井に向けて、その次にまた横を見る。


(……え?)


 そして、アズマの思考がクラッシュした。

 それと同時に、投獄されていた最初の時に、『変態マーリン』が一方的に、それも無理やりに教えてきた情報のうちの一つが、レコードみたいに脳裏で浮かぶ。


 添い寝。

 添い寝とは、寝ようとする相手に寄り添って同じように寝る行為のことである。正しく言うと、これには二つの意味――形があり、一つは『同じベットに寄り添って寝る場合』と、もう一つが『別々のベットで隣通しになって寝る場合』である。基本的には幼い子供が母親にされる行為とされているが、状況や場合によっては、恋愛関係にある男女が行う場合もある。その場合に見込まれる効果はさまざまであり、愛情を感じることが出来たり、リラックスをすることを出来たり、体調の変化に気が付くことが出来る、などなどエトセトラエトセトラな効果が存在している。

 ――情報源はみんなの【夢幻の魔法使い】マーリンからでした。


 元々、ノエルが自分と一緒になって寝ているという時点で、もう冷静な判断のようで滅茶苦茶な判断を取っているアズマだったわけだが、ここで頭を振り、ついでに再び視線を天井に向けて『冷静になれ』とアズマは自身の頬を本気で叩く。

 ヒリヒリと痛む頬をさすりながら、ふと『痛いと言えば』と思い出す。


 ――手の痛みがない。


 そのことに気が付いて、咄嗟に右手と右腕をアズマは見てみるが、


「っ!」


 ……不可抗力でノエルの無防備な寝顔を視認してしまった。

 一度目を瞑り、必死に無心になりながら――安らかに眠るノエルを起こさない程度に動くことで――なんとか、自身の腕を確認してみる。


「……ん――」

「……」


 嫌そうな顔が見えた。けれど、目が覚めたわけではないようだった。なんとか無事に取り出せた(?)手を見ると、そこには怪我一つない色白く綺麗な細い腕と、同じく色白い手があるだけだった。

 まるで、最初から傷なんて無かったように思えてくる。


(――マーリンの【回復魔術】か?)


 そして。

 することもなくなったので、アズマは再びベットに伏せることにした。正しくは、自身が変な気を起こす前に、しっかりと眠ることで、そうなることを回避しとこうという発想による行動と言えるだろう。出来れば、二度寝後にノエルに起こしてもらった方が何か責任を取らなくて良いような気がしたからでもあった。

 ……ただ、運が良いのか悪いのか。


「――ん」

「あ」


 と、ノエルは起きてしまった。

 彼女は眠そうに目をこすりながら、ボソボソと眠そうな声色を見せてきながら、ゆったりと言葉を続ける。


「……おはよう…ございます」

「あ、ああ、おはよう、ノエル」


 と、何事もなかったかのように爽やかに挨拶するアズマだったが……内心では相当焦っていた。色仕掛け――ではなく、女性と肌が接触したり、しっかりと顔を合わせたりと、その手の話は誰かさんのおかげで耐性が付いてしまっていたのだと彼は思い込んでいたが、それとはまた違ったそれを目の当たりにして、随分と久しぶりにその心を震わせる。


(――あ、あのノエルさん。どうして近づいて来るんですか? あ、あの、近くない? 近くないですかね、ノエルさん? あれ、可愛くね? これ、可愛いわ。あれ、年上だよね? なんで、こんな俺よりも年上のくせに幼そうな仕草が出来るわけ? 待って、待てよ。もしや、幼馴染時代の俺って、つまり、ノエルとは、そ、添い寝をするまでの関係性だったってわけかよ! なるほど、なるほど。……いや、ホントにどうしようか?)


 脈絡もない話だが、アズマは得意なのは白兵戦である。

 対人戦(?)は大の不得意だと豪語できるほどに苦手なのである。

 何より、記憶喪失以降に関わった女性が、イギリス随一の刀鍛冶師であり先代の【剣聖】であるアズマの師匠だったり、その師匠の弟子の同郷の女の子だったり、高圧的な姉弟子だったり、例の【パンドラ】だったり、中身が男の女の体を持つクソったれで人でなしのマーリンだったりと、個性的なメンバーだらけだ。……それに加えて、ただでさえ耐性がない『普通』で攻められてしまい、本当にアズマは焦っていた。

 そんなアズマの焦りも知らずに、特に慌てた様子も見せないノエルは眠そうに眩しすぎる笑顔を向けた。


「あったかいですね、アズマ君は」

「――ノエルの方が、あったかいと思うなぁ。ほら、俺って、冷え性だし?」

「そうでしたね。小さい頃は、いつも私にそれを押し付けてきたんですよ、君は。ただでさえ寒いのに、そんなんだから私に嫌がられたんですよ?」


 やはり、笑顔が眩しい。

 アズマからしてみれば、それは初めて見る類の代物だ。


(――何その小学生的思考法、我ながら何してんだよ。……駄目だ、ふざけられない。何だ、なんだよ、この感覚っ!?)


 そんなアズマを見て、あからさまに面白がるような表情をノエルは浮かべた。

 更に近づいて、彼女は言う。


「手、貸してください」

「――手?」

「私の手で、温めてあげます。一晩中、私が枕として右腕を使ってしまいましたからね。随分と、冷やしてしまったはずです」


 それこそ、アズマの経験不足だった。

 その感情は罪悪感によく似ていて、尚且つそれではないと言える代物だ。


「お、おう」

「……やっぱり、冷たい、ですね。そういえば、よく聞く話ですけど、優しい人は、手が冷たいというものがありますね。今も昔も、君は優しいんですね」

「――そう、か」


 段々と落ち着いてきたことをアズマは自覚する。そして、そのおかげで意識がはっきりしていたこともあってか、同時にそれを飲み込めていた。


(――優しくなんかない、甘いだけだ)


 いつもなら、口にしていたはずの常套句だった。


「そ、それにしても寒いですね。もう少しつめてください。おしくらまんじゅうで温め合いましょう」

「――良いのか?」

「……? アズマ君は寒くないんですか?」

「いや、寒いけど」

「だったら、しましょうよ」

「……いやぁ、これ以上はやめておいた方が良いんじゃないかなぁ?」

「ははぁん、さては恥ずかしいんですね?」

「俺はオマエの知るアズマじゃない」

「勘違いしないでくださいよ、アズマ君。私はただ、今のアズマ君を知りたいだけなんです。……それに、嫌なら嫌と言ってくださいよ。私は別に、嫌じゃありませんから」

「……」

「無言は、了承としてみますよ」

「……」

「し、します、からね?」

「――です」

「……え?」

「恥ずかしいので止めて欲しいです。それに、こう言うのは、もっと、お互いのことを知ってからするべきだと思うし、その、あれだ。……無償でそういうことをされるのは、俺は全然慣れてない。アンタがされてよかったとしても、本当にそうかって疑う俺がいる。嫌ってわけじゃない……けど、あぁ、なんだろうなぁ。とにかく、やめておこう。せめて、俺がアンタを助けられた後にしてくれ」

「……意気地なし」

「あぁ?」

「……その上、短気、ですか。本当に、昔と何も変わっていませんね」


 バサァ、と。

 震えるような冷気が体中を走る。


「ちょ、ノエルっ!?」

「寒いでしょう?」

「そりゃあなぁッ!?」

「私も寒いです」

「そりゃそうだろうなぁッ!?」

「次は、こうはならないことを願っていますよ、アズマ君」

「……あぁ、努力するよ」


 ノエルはベットから立ち上がると、そのまま窓の方へと向かう。


「……ああ、【アヴァロン】、でしたっけ?」


 そう言いながら、勢いよく窓を開けた。

 のどやかな風が吹き、やはりそれで体は震える。


「ああ、みたいだ。……ところで、その判断って、俺がとった?」

「は、はい。そうですけど……まさか、覚えてないんですか?」

「ハハ、お恥ずかしながらね」


 何が恥ずかしいのか分からないままにアズマはそう告げる。

 記憶がないことには馴れた話だったが、それでも、それだけ意識の薄い状況で、【アヴァロン】に向かう判断を下し、それと共に無事に【アヴァロン】に辿り着けたことをアズマは嬉しく思っていた。


(添い寝する方が恥ずかしいがな!)


 と、内心嘆きながら。


「まさか、昨日の怪我でさらに記憶喪失に!」

「いや、そこまでじゃないから、大丈夫だって」


 集中過多で記憶が抜けてしまうことは、昔ながらにアズマの持つ悪い癖の一つだ。この悪い癖を最後に出したのは、確か『英雄』七人と先代『剣聖』を撃破した際のはずだ。それほどに、【アヴァロン】への帰り道は、無気力なアズマにとって興味深い時間だったのだろう。


「……そうですか、それは良かった」

「さぁ、新しい朝だ。気分を変えて、頑張ろう!」

「えぇ、その通りです。早速ですが、歯と顔を洗いたいです!」

「案内するぜ、ついて来な!」


 自棄になっていた。

 互いに、自棄になっていたのだ。

 そんな自棄みたいな、朝が始まった。


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