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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
128/133

第二章33、『参考資料・前半』


 2003年、7月中旬。

 トム・ジェイソンが【魔術師】による被害を受けてから一年が経過していた。

 彼の両親はその【魔術師】の手により意識不明の重体になり、彼自体は保護すると言う形で当時から【世界神秘対策機構】の頂点であった『ウムル・ノーデン・ラプラス』に引き取られることになる。また、この時点でもその【魔術師】は逃走しており、その危険性から賞金付きで指名手配されている。


「やぁ、君がトム・ジェイソンだね!」

「……」


 そのような状況で、彼に対してデリカシーもなく接触したのが、【世界神秘対策機構】の【参謀】である【パンドラ】……その義理の息子であった。

 彼は、くるぶし迄あるゆったりとしたローブを身につけており、それをひもで腰回りをしめていた。俗に言う、アルバという神父の服装である。

 彼は不思議と力を与えてくる笑顔を浮かべて、トム・ジェイソンへと手を差し出す。


「これから【煉獄の魔術師】をぶち倒しに行く予定なんだけど君も来る?」

「……放って、おいてくれ」

「おいおい、こう見えて僕は君の上司なんだぜ? と言うか、勘違いしてもらったら困るんだけど、うちの組織はタダで君を保護してるってわけじゃない。まったく、義理とは言え、息子にだって働かせるんだ、酷い話だよなぁ」

「……何をすればいい」

「物分かりがいいね。いや、それとも、聡明と言うべきか。……ま、冗談だよ。そんな調子で過酷な仕事を与えるつもりはないさ。もう少し、心の傷が癒えてから働いてもらうとするよ」

「……」

「どうして、君にこんな話をしたか、分かるかな?」

「その、【煉獄】とやらが、父さんと母さんをああしたやつだから……?」

「殺させはしないよ。ただ、悪いことをしたらどうなるのか、そう言うことは若いうちに知っておいた方がいいと思うからね」


 ま、君の方が年上なんだけど。

 青年はそう口にして笑うと、「これは愚痴なんだけどね」と下に俯く。


「【魔術師】には二種類の分け方がある。一つは『【神秘】を憎む者』、これは君が該当するはずだ。そもそも【魔術】って言うのは、理不尽と言い換えられた【神秘】に抗おうとした人間が偶然発見した世界のバグなんだ。ある意味、これが正しい【魔術師】としてのあり方と言えるだろうね」

「もう一つが、【煉獄】みたいな」

「そう、彼女のような【魔術師】の家系だ。過去に【魔術師】だった人間の一族が、それを生業として発展した形。忘れたいけないよ、【魔術】もまた、理不尽という名の【神秘】なんだ。いわば、報復を行なっていたのを、その所以を失ったが故に、その目的を失ったが故に、これまで通りの理不尽として形を変えてしまう。全部が全部、そうってわけじゃない。理不尽への怒りではないものを原動力とする人間が、もう一つの【魔術師】と言うべきだろうね」


 ちなみに、僕はこれだよ。

 失笑と共に彼はそう言った。


「彼女のような【魔術師】を減らすように、【世界神秘対策機構】の取った手段は簡単だ。……【神秘】によって人生を狂わされた人間を保護し、【魔術師】に育てる。もしくは、居場所のない人の居場所となることで【魔術】に依存させる。酷い話だろう、僕の状況よりも酷いかもしれない」

「何が「君は普通のままでいられる」


 言葉に言葉を重ねられる。

 誰よりも感情的に、その癖に死んだような声色で、うんざりしたような顔色で、『アズマ』はそう口にした。


「君に復讐はさせるつもりはない。誰も殺させるつもりはない。悪とか、善とか、そんなものを定義するなんて、それこそナンセンスだ。善も悪も、それ以上もそれ以下もないんだからね」


 彼は顔を上げる。

 それこそ、その佇まいは正義の味方のようで。


「……兎に角、説得されてもどうにもならないのが感情だからね。せめて、因果応報のその果てを見れば心の蟠りは何とかなるかなぁって…思ったんだけど、どうかな?」

「ーー行く」

「そうかい、トム・ジェイソン。……略してトムソンって呼んでいい?」

「そういえば、あんたの名前は……?」

「僕の名前? そうだね、言うのを忘れてたよ」


 『アズマ』。

 それ以上もそれ以下もないよ、と。

 口癖なのか、それとも決め台詞なのか、なんとも分からない声色だった。ただ、少なくとも、彼の、その『アズマ』の表情が、キメ顔であったことは今でも鮮明に覚えている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 話はこれで終わりではない。


「ま、僕に【煉獄の魔術師】を倒せるほどの実力はないんだよねぇ」

「……あれだけカッコつけてたのにか?」

「【魔術師】には強力な縁が必要なんだ。どんな性別なのか、どんな名前なのか、どんな職業なのか、どんな容姿なのか、どんな声なのか、どんな性格なのか、それらがより一致しているものであるほど、その【魔術師】の【魔術】はより強固なものになりやすい。その分、親が【魔術師】だったりする人は、その縁を辿ってその【魔術】を使うことができるんだ。だから、無個性なやつは不利なんだよ。……例外は、あるけどね」

「……例外?」

「【白銀の魔法使い】、『ウムル・ノーデン・ラプラス』。あの【魔法使い】はありとあらゆる概念を召喚することができるんだ。分かりやすく言うなら、男に女としての概念を与える、みたいな。『内容を召喚する魔法』らしいけど、詳しくは分からないな。……話を戻すけど、これさえ使えば、強力な縁を結ぶことができる。【魔術】を貰い受けることができるんだよ。それこそ、あの人は新しい【魔術】を作ることが趣味でね。あの人から【魔術】を与えられて【魔術師】になった人は多いんだ」

「……それで、今どこに向かってるんだ?」

「同業者だよ、あの人のね」


 『アズマ』がそう言って足を止めたのは、古ぼけた扉の前だった。

 と言っても、扉の先が好き勝手に変わってしまう教会において、その扉の外見でその先を予想できるわけではない。


「【浮遊の魔法使い】」

「……?」

「有名人だよ、悪い意味でね。日本と他の国は【神秘】と言う側面において、ものすごく仲が悪いんだ。ま、日本がアメリカにしたことを踏まえれば、当然の反応だろうけど」

「?」

「今となっては、【魔術】や【魔法】はスタンダードな技術なんだけど、日本では違う。外国とあまり接触したことがなかったからか、それとも別の要因からか。あの国では【魔術】や【魔術】ではなく、【霊術】や【霊能】といった技術が発展しているんだ。逆に言えば、【魔法使い】としての才能を持って産まれた彼女の境遇を考えることは容易い。大凡、差別や偏見から逃げてここに来たんだろうね」


 逃げた先でもされてるみたいだけど。

 彼はやはり失笑する。


「ま、おかげさまで協力を要請しても忙しくないってわけだよ。この調子で良くして、こっち側に引き込んでやるんだぁ」

「……それ、僕も含まれてる?」

「それは君が決めると良い。僕は、狂ってない奴を巻き込むつもりはないよ」


 彼はそう口にして、会話を切り上げる。そして、「そろそろかな」と小さな声で呟いて、扉の取っ手へと手を伸ばし、握った。

 ガチャ、と。

 一種の安心するまでに昇華された効果音を耳に響かせると、徐々に向こう側の光景が露わになる。


「天月さーん、終わりましたかぁ?」

「ご期待通りだぜい」


 具体的には、自分の一つ上の年齢の女性が下着の姿だった。


「……すまないね、天月さん。僕には心に決めた人がいるんだ。だから、特に期待はしていなかったんだよ。君はどうだい、トム・ジェイソンことトムソン君」

「お、あ、ばか! 早く扉閉めろ!」

「期待してたみたいですよ、彼」

「いやぁん、えっち」

「ち、違う! と言うか、どうして棒読みなんだ!? 恥じらえ!」

「いやぁ、別に裸を見られたわけじゃあるまいし。所詮、下着でしょ? 水着とさほど変わらんじゃないか、少年」

「クッソ、まとも倫理観を持ってない! 早く閉めてくれ、『アズマ』!」

「えぇ、どうしよっかなぁ」


 ニヤニヤと二人は笑う。

 ここで言えることは一つある。

 【魔術師】も【魔法使い】もクソだ。

 特に、あの二人は。


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